第59話 難民 其の一

「水…… 水をくれ……」

「誰か食い物を……」

「痛いよ…… 痛いよ……」

「死にたくない……」


 エルフの国ヴィジマ。その隣の国であるマルカから大波のように傷付き、骨と皮だけになったような痩せこけた獣人が押し寄せる。


 そしてヴィジマの象徴たる森の半分は燃えており、黒い煙が空の色を変えている。


 俺はその光景を茫然と見つめることしか出来なかった。

 色んな思考が頭を過る。


 先程面会した魔女王軍の軍師リァン。あいつはヴィジマとマルカを放棄した。

 顔色一つ変えずに支配していた二つの国を捨てたのだ。

 俺はあいつの真意が分からなかった。


 この光景を見て気付く。これはリァンの策略だ。

 俺がバルルで仕掛けた兵糧攻めをここでやりかえしてきたんだ。


 絶望とくやしさが去来する。


 ちくしょう……


 ちくしょう。


 ちくしょう! くそ! してやられた! ちくしょう! 


 駄目だ! 怒り過ぎて何も考えられない! だったら!


 俺は両手を広げ、自分の頬を思いっきり叩く!


 バチーンッ


 いでぇ! よし! リセット完了! 切り替えていこう!


「せ、先生、どうしたんですか!?」

「アリア! それとルネとベルンド! 来てくれ!」


 俺の呼びかけに応え三人が集まる。今はやれるだけのことをしよう。

 先のことはまだ考えてはいけない。獣人達を助けることが先決だ。


「アリアは回復魔法が使える者を集めてくれ。属性は問わない」

「え? な、何をする気ですか?」

「怪我している獣人を治療する。重傷者を優先してくれ。やれるか?」

「は、はい!」


 アリアは竜人達に向かって叫ぶ。

 医療班はアリアに任せるか。


「聞いてー! 回復魔法が使える人はこっちに来てー!」


 アリアの呼びかけに魔法が使える竜人が集まってくる。

 頼んだぞ。俺も後で合流するからな。次だ。


「ベルンド、兵站を全て使い切ってもいい。すぐに炊き出しを始めてくれ」

「あ、あぁ。だがこの人数だ。二日分あるかどうかだな……」

「構わない。次の食料は何とかする」

「グルルルル…… 分かった。任せておけ」


 ベルンドも自分の仕事に取り掛かる。


(私は何をすればいいの?)


 補給拠点にいる竜人と連絡を取ってくれ。ここに食べ物を運んでってね。

 それとバルルにいるシバにも余ってる食べ物を準備しておくように伝えてくれ。

 飛竜にはバルルまで戻って、急ぎで食べ物をここに運ぶようにお願いして。


(分かったのー)


 ルネ、頼むぞ。それじゃ俺も仕事に取り掛かろう。

 押し寄せる獣人達に向かって叫ぶ!


「怪我をしている者は右に進め! 動ける者は左へ! 飯を用意する! 重傷者がいたら竜人に知らせてくれ! それとお前達の中で元気がある者はここに来て誘導を手伝ってくれ!」

 

 俺は繰り返し叫ぶ。この人数だ。後ろまで聞こえるはずがないからな。

 だが俺の問いかけに反応してくれたのか、ガタイのいい獣人が集まってくる。

 戦士だろうか? 竜人並に大きい体をしている。

 こいつは…… 虎だな。獣人というよりは二足歩行の虎という感じだ。


「お、お前は人族!? なぜ人族がここにいる!? ここはエルフの国では……?」

「んなことはどうでもいい! 喋る元気があったら手伝え!」

「わ、分かった! 怪我をしている者は右だ! 動ける者は左へ! おいルー! 部下に伝えろ! 我らも手伝うぞ! 誘導を手伝うのだ!」

「おぅっ!」


 虎の指示を受け、部下なのか分からんが熊がそれに応える。

 彼らの助けを得て、大きな混乱もなく誘導は済んだ。

 よし、それじゃ次の仕事に取り掛かろう。

 アリアを手伝いにいかないと。


「お、おい。私達にも何か手伝わせてくれないか?」


 虎獣人が話しかけてくる。手伝ってくれるのは嬉しいが…… 

 もしかしたら間者が紛れ込んでいるかもしれない。

 マルカから難民がやってきたのは間違いなくリァンの策だからな。

 今は遠慮しておこう。


「気にするな。腹減ってるだろ? あんたも喰ってこい」

「そ、そういうわけには…… いや、分かった。そうさせてもらう。私はフゥ。傭兵団を経営している。お前がここの責任者なのか?」

「そんな感じだ。話は後で聞く。それじゃ」


 俺はフゥと名乗った虎と別れ、アリアのもとに向かう。

 そこは数えきれないほどの怪我人で溢れかえっており、皆苦しそうにうめき声をあげている。


「大丈夫!? 今治してあげるからね! 癒しをディアルマ!」


 とアリアが必死に回復魔法をかけている。

 どうやらアリアのもとに重傷者が集まっているようだ。

 いい判断だ。アリアは元々魔法の才能があるからな。

 繊細な魔力コントロールも出来る。


「頑張ってるな。俺も手伝う」

「先生! 来てくれたんですね!」

「あぁ。おーい! 特に怪我が酷い者はここに来てくれ! 歩けない者がいたら知らせてくれ!」


 俺の声に反応したのか、ぞろぞろと怪我を負った獣人が集まってくる。

 最初は幼い猫の姉妹に連れられた母親だ。意識が無いな。

 胸元をザックリ斬られている。危なかった……

 もう少し手当が遅れたら彼女は死んでいただろう。


「うえーん…… ママを助けてー」

「よしよし。よく頑張ったな。今助けてあげるからな」


 俺は母親を寝かせて気を流し込む。

 気功で相手を癒す時は重症度合いに応じて消費するMPが増える。

 母親の傷は癒えたが、やはりそれなりのMPを使ってしまったようだ。

 怪我人は数万人はいるだろう。俺達だけで間に合うだろうか?


「ん…… こ、ここは……?」

「あ! ママ! ママー! うえーん……」


 母親は目を覚ました。安心したのか子猫の姉妹は母親に抱きついて泣き出す。

 よかった…… 

 間に合うかじゃないな。間に合わせるんだ。


「アリア! それと他のみんなも聞いてくれ! 絶対に怪我人を死なせるな! 治療は生命維持のギリギリでもいい! 魔力を節約しろ! より多くを救うことが優先だ! だが魔力が切れそうな時は休め! 無理はするなよ!」

「はい!」「おう!」「分かった!」


 俺の指示を受け、アリア、竜人達は治療を続ける。

 そしてようやく夕日が沈む頃……


癒しをディアルマ……」


 アリアが最後の怪我人に魔法をかける。

 顔色が悪いな。魔力枯渇症一歩前だろう。

 それは治療に携わった全員に言えることだが。もちろん俺も含めてな。

 うぅ…… 目眩がする。もう限界だな。


 俺とアリアは背中合わせに座る。

 そうしないと倒れそうでな。


「アリア、よく頑張ったな……」

「ふふ、先生程じゃないですよ…… 私の倍は獣人さんを助けてたじゃないですか……」


 そうか? 夢中で気を流し続けてたから、気付かなかった。

 だが獣人の傷は完治したわけではない。

 死なない程度に魔法をかけただけだ。引き続き治療は必要だろう。


 それは明日だな…… 

 まずは俺達がしっかり休んで魔力を回復させないと。


(パパー。こっちに来て欲しいのー)


 ルネ? 経路を使ってルネが話しかけてくる。どうしたんだ?


(フリン君とサシャちゃんが戻ってきたのー。お話があるみたいなのー)


 そうか。今動けなくてな。もう少し休んだらそっちに行くよ。


(待ってるのー)


 フリン達か…… 北の森は焼けちゃったんだよな。被害も確認しないと。


「アリア、もう少しだけ休んだらルネのところに戻る」

「はい……」


 力無くアリアは応えると、静かな寝息が聞こえてきた。

 俺も少しだけ眠ろう。長い話になりそうだしな。

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