第55話 ヴィジマでの決戦 其の二

 カーン カーン カーン


 ん? この音は? 警鐘か?

 目を覚ますと見えるのはテントの天井。

 まだ夜が明けていない。まさか夜襲をかけられたのか?

 俺の隣ではルネとアリアが眠っている。

 緊急事態だ。彼女らをゆすって起こすと……


(もうちょっと寝るのー)


 ごめんな、起きてくれ。今から状況を調べる。

 ルネは北と南の森にいるエルフに知らせてくれないか?


(分かったのー)


 ルネは目を擦り、のそのそと起きだす。


「どうしたんですか……?」

「アリア、出るぞ。ルネを頼んでいいか?」

「は、はい!」


 テントを出ると、警鐘を聞いた多くの竜人が狼狽えている。

 警鐘を管理するのは斥候部隊。

 俺達の中で唯一空を飛べる飛竜族だ。

 彼らは陣の先頭にいるはず。話を聞きにいかないと。


 薄暗い陣の中を進むと、後ろから声をかけられる。


「タケ! 警鐘だ!」

「ベルンドか。ちょうどよかった。お前も一緒に来てくれ」


 竜人族の援軍を率いるベルンドも起きてきたか。

 俺達は共に飛竜族のもとに向かう。


「警鐘が三回…… 第二戦備態勢だな」

「あぁ。まずは状況を把握しよう。お? あそこだな……」


 本陣から少し離れたところに飛竜達はいた。

 みんな狼狽えている。落ち着かせてあげなくちゃ。


「どうした? 何があった?」

「ベ、ベルンド様! 敵です! すごい数です! あれをご覧ください!」


 飛竜達はベルンドに簡素な望遠鏡を手渡す。


「タケ様もどうぞ」

「俺はいい。アリアに渡してくれ」


 俺は自前のがある。

 魔銃スナイパーライフルには高性能のスコープがついているからな。

 魔銃を発動し、スコープを覗く。

 まだ夜だから敵影は見えない。だが…… 

 なるほど。警鐘が鳴るわけだ。


 スコープの倍率から考えてベルテ城まで十キロといったところだろう。

 見えるのは地平線を埋め尽くさんばかりの松明の灯りだ。

 これが全て敵兵だとしたら……


「タケ様、ベルンド様、ど、どうしたらいいでしょうか……?」


 飛竜族は震えている。彼らは先行して上空からも様子を見ていたはずだ。

 国境付近まで偵察していたはず。


「マルカから援軍があったのか?」

「いいえ! 物資の搬入はありましたが、あれだけの敵兵は来ておりません! ま、まるで地から湧いて出たようです……」


 くそ、訳が分からない。

 もしかしたら俺達が知らないような魔法を使ったとか? 

 相手は魔女王だ。その存在は謎に包まれているが、強大な力を持っている。

 こういった芸当が出来るのかもしれない。


 とにかく今出来ることは……


「お前達は引き続き偵察を頼む。動きがあったら知らせてくれ」

「は、はい! お前達、行くぞ!」


 バサッ バササッ


 俺の指示を受け、飛竜達は飛び立っていく。

 次だ。やれることをしておかないとな。


「ベルンド、竜人達にいつでも出られるよう伝えておいてくれ」

「攻めないのか? お前のことだ。策で何とか出来んのか?」


「お前なぁ…… 俺は神様じゃないんだぞ。あの数をまともに相手に出来るわけないだろ。それに今はまだ夜が明けていない。松明の灯りは見えたが、兵士ではない可能性もある。何も分からない状況なんだ。下手に手は出せないさ。

 彼を知り己を知れば、百戦して殆うからずだ」

「どういうことだ?」


 孫子の言葉だ。勝つには情報が必要ってこと。


「いいか。夜が明けるまで待機。絶対に攻めるなよ。ルネ、経路でエルフに待機だって伝えておいて」


(はいなのー。みんな待機せよなのー)


 これで伝わると思うが、なんか迫力にかけるな。

 はは、ルネらしい。

 俺はルネの頭を撫でると嬉しそうに笑ってくれる……のだが、体が震えている。

 恐いんだな。大丈夫。絶対なんとかしてやるからな。


(ぐすん…… きっとパパなら私達を助けてくれるの。えへへ、もう泣かないよ)


 そうか、強い子だ。


「それじゃ俺達も一旦テントに戻ろう」

「はい!」

「キュー!」


 俺達は自分達のテントに戻り、皮鎧を装着する。

 夜が明けるまで後三時間ってところだろう。

 ならやることは一つ!


「ルネ、一緒に寝ようか」

「キュー」


 俺はルネを抱いて横になる。どうせやれることは無いな。


「せ、先生! 寝るんですか!?」

「あぁ。今やれることはない。だったら少しでも寝ておかないと。徹夜出来るほど若くないからな。アリアは寝ないのか?」

「緊張して眠れるわけないですよ…… 先生は恐くないんですか!?」


 恐い? そりゃもちろん恐いさ。

 戦う前はいつだって恐い。俺は臆病者なんだ。

 死にたくない。生きて地球に帰りたい。

 その想いで俺は戦ってきた。強くなった。


 だからだよ。

 絶望的な数の兵を敵が有していても俺は勝つ。負ければ先はない。

 訳の分からない異世界で死ぬことになるなんてごめんだ。

 それをアリアに伝えると……


「で、でも…… それだったらなんで私を助けてくれたんですか? チキュウに帰りたいんだったら私を見捨てて転移を繰り返せば、いつかは帰れるんですよね?」

「それね…… ははは、ララァにも同じこと言われたよ。でもさ、しょうがないじゃん。一度知り合ってしまったんだから。困ってる人を見たら放っておけないんだよ。性格だろうな。

 それにさ、ここまで来ちゃったし、俺は最後までアリアに付き合うつもりだ」


「最後までって……」

「何言ってる? もちろん魔女王に勝つまでだ。途中で投げ出すつもりはない。ほら、アリアもさっさと横になりな。俺は少し寝てるから……」


 目を閉じるとアリアのすすり泣く声が聞こえてくる。

 しまった。勇気付けるつもりが泣かせてしまったか。


 俺が眠りに落ちる前に、アリアに背中から抱きしめられた。

 むぅ、今日だけだぞ。



◇◆◇



 カーン カーン カーン


 本日二回目の警鐘。さて時間だな。既に戦う準備は終えている。


「アリア、行くぞ」

「うーん…… お、おはようごじゃいます……」


 ふふ、ちゃんと眠れたみたいだな。

 ルネを抱いてテントを出るとベルンドが俺のテントの前で待っていた。


「寝てたのか?」

「あぁ。お前は?」


「グルルルル…… 血がたぎってしまってな。夜が明けるのをずっと待っていた」

「戦闘狂かよ。早死にするぞ。それじゃ行くか!」


 俺達は竜人達と共に陣を歩く。

 竜人族の声が聞こえてきたが、悲壮な会話は聞こえてこなかった。

 むしろ俺とまた戦えることを喜んでいるような…… 

 だがその明るい声は一瞬で絶望の声に変わる。


「おい! 見ろ!」

「な、なんだ、あの数は……」

「これほどまでとは……」


 竜人達は次々に驚きの声をあげる。

 なるほど。望遠鏡を使うまでもない。

 

 夜に見た松明は全て魔女王軍の兵士だったのだ。


 地面が兵士の着る甲冑の色で覆いつくされている。


 遠目から見ると、まるで黒い大地のようだ。

 その光景を見たベルンドは、声を震わせながら俺に尋ねてくる。


「タ、タケよ…… この数相手にどうやって戦えばいいのだ……?」

「ん? 参ったね。この数は確かに予想以上だ。作戦変更だ。包囲戦から釣り野伏に切り換えるしかないだろうな。

 魔法、弓を使う者はこの場に待機。剣と槍が使える者は敵陣に攻撃を仕掛ける。だが防御を優先しろ。適当なところで撤退の合図を出す」


 釣り野伏は部隊を三つに分け、左右の部隊を伏させておき、機をみて左右の部隊が敵を攻撃し包囲する戦い方だ。

 この敵の数だ。ほとんど効果が無いだろう。

 だが俺達にはエルフの森がある。

 敵を誘いだしてから地の利を活かしゲリラ戦を仕掛ければ活路が見いだせるかもしれない。


 最悪バルルまで撤退する可能性もある。

 だが今のバルルは俺の指示を受け堀を建設しているはずだ。

 ベルンドの話ではほとんど完成しているとのこと。

 それを利用すればこちらにも勝機はある。

 ダークエルフに森を捨てろと言うのは心苦しいが、死ぬよりはマシだ。


(それをみんなに教えればいいの?)


 おや? ルネ、仕事が早いな。頼んでもいいか?


(はいなのー)


 ルネが経路を発動し、全軍に俺の指示を伝えてくれる。

 フリンもサシャも俺の指示に従ってくれるようだ。


 それじゃ行くか!


「アリア! 霧分身を頼む!」

「はい!」


 ポゥッ ポゥッ ポゥッ


 アリアの水魔法である霧分身が発動される。

 俺とアリア、それと竜人族の突撃部隊の分身が現れる。

 すごい数だな。アリアは本気だ。五千の兵士が数十万に見えるくらいの分身だ。

 ルネもドラゴンに変化している。数万を超えるドラゴンの群れだ。

 これが本物だったら短期決戦も狙えるのだが……


 まぁいないものはしょうがないさ。

 やれることをやって、そして俺達は勝つ!


「行くぞ!」

「「「おうっ!」」」


 俺達は地平線を埋め尽くさんとする魔女王軍に向け進軍を開始する。



 距離はおよそ十キロ先だ。



 俺達は進む。残り五キロ……



 更に進む。冷や汗が出てくる。残り四キロ……



 誰も喋らなくなる。残り三キロ……



「私負けませんから……」



 アリアが呟く。残り二キロ……



 上空にいる飛竜が俺に大声で……



「敵兵、動き始めました!」


 来たか。残り一キロ。敵兵は目の前だ。


「構えろ!」


 ジャキンッ


 竜人達が剣を抜く! 


「行けー!」

「「「おー!!」」」


 俺も既に魔銃を発動してある。

 乱戦に特化し、広範囲攻撃が可能なグレネードランチャーだ。

 弾丸は俺の魔力で出来ている。たっぷりとオドを込めた特製の弾だ。

 こいつをお見舞いしてやる…… 


 敵軍まで残り五百メートル。俺がグレネードランチャーを構えた時…… 



 俺達は信じられない光景を目にすることになる。

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