第54話 ヴィジマでの決戦 其の一

 カンッ カンッ カカンッ


 森の中に棍がぶつかり合う音が響く。


 ブォンッ


 アリアの鋭い払いが俺の首を狙う。速いな。

 避け……られない。受けるしかないだろう。


 カァンッ


 棍は弾かれ、俺の手から勢いよく飛んでいく。

 俺は武器を失ったわけだ。


「取った! 先生覚悟!」


 アリアは棍の先で俺の水月を狙うが…… 甘いな。


 俺は既に次の行動に移っている。

 突きは強力な攻撃だ。自身の力を一点に集中出来る。

 達人ともなれば切先の無い棍でさえ人体を鎧ごと貫けるだろう。

 だが所詮直線的な攻撃だ。軸をずらせば簡単に避けられる。


 クルッ


「えっ!?」


 アリアの突きは空を貫くのみ。

 勢いを殺せないアリアの胸元に肩口を叩き込む。なに、軽くだ。


 ドスッ


「きゃあ!」


 ドサッ


 アリアはたまらず尻もちをついた。

 立ち上がるか? と思ったか半べそで俺を見上げる。


「ふえーん、また負けちゃったー」

「ははは、まだ攻撃が素直過ぎるんだよ。そんなんじゃ簡単に避けられちゃうぞ」


「あーぁ…… 棍を弾いた時は勝ったと思ったのにー」


 むふふ、それも作戦の内なんだな。

 俺はわざと棍を手放したんだ。

 武器を失った瞬間にアリアは勝ちを確信した。

 そこに隙が産まれるんだ。俺はそれを利用しただけ。

 まぁそれはアリアが傷付きそうだったので言わなかったが。


「さて、いい汗もかいたことだし、そろそろ行こうか!」

「はい! ふふ、やっぱりいつも通りに過ごす方が気楽ですね」


 そういうことだ。

 俺達はこれからヴィジマにある魔女王の第二拠点に攻撃を仕掛ける。

 アリアはガチガチに緊張してたから組打ちに誘ったんだ。

 

 結果としてアリアは落ち着きを取り戻してくれたしな。

 さて皆がいる天幕に移動するか。



◇◆◇



「遅いぞ! 何をしていたんだ!」

「すまないなテオ。野暮用だ。で、みんな集まってるな」


 天幕の中には俺とアリア。

 ルネと竜人族の代表ベルンド。

 エルフを指揮するフリン。

 そして主力部隊を率いるサシャとテオがいる。


 俺とアリアも席について、最後の軍議を始める。


「さてと…… もう説明の必要は無いだろう。本日正午にマルカ国境近くにある魔女王の拠点、通称ベルテ城に向かう。飛竜の報告では敵の数は二十万を超えるとのことだ。俺はバルルではほとんど自軍に被害を出さなかったが、今回は違う。この戦いでは多くが死ぬかもしれない。

 だが必ず俺達は勝てる。みんなの力が必要だ。俺達で魔女王をヴィジマから追い出そう」


「「「おう!」」」


 細かい説明はもうしてあるしな。

 これ以上言うことは無い。


「では時間になったら各自東に向かってくれ。エルフは北の森を。ダークエルフは南の森。俺と竜人はベルテ川沿いを進む」


 その言葉を最後に俺は天幕を出ようとするが、フリンとサシャから声をかけられた。


「タケ、今までありがとう。こうしてサシャと戦えて明るい未来を想像出来るだけでも夢のようだよ」

「うん、私あんたに出会えてよかった。本当にありがとね」

「おい、なんかフラグっぽいから止めろ。そういうのは勝ってからにしてくれ」

「フラグ? なんのことだ?」

「まぁこっちの話だ。それじゃ次会うのは祝勝会だな」


 簡単に別れを告げておく。

 まったく、あの二人は…… 

 戦い前にあんなこと言うんじゃないよ。


「先生、フラグってなんですか?」

「あぁ、フラグっていうのはだな……」


 俺はアリアとくだらない話をしながらテントに戻る。

 付近には竜人達が集まっていた。

 これからしばらくこいつらと行動することになる。

 みんな頼んだぞ。


 そして太陽がちょうど真上に見える位置に来た。

 出発の時間だ。

 俺とアリア、ルネが外に出ると、竜人達は今や遅しと俺達を待っていた。

 よし、景気づけに一発かましとくか。


「みんな! 突然の呼び出しに関わらずヴィジマに来てくれたことを感謝する! これから魔女王軍がいるベルテ城に向かう! この戦いにはお前達の力が必要だ! 俺の指示通り戦えば俺達は勝てる! 行くぞ!」

「「「おー!!」」」


 ザッザッザッザッザッザッ


 竜人達は東に向かって進軍を開始。

 エルフが言うにはベルテ城はここから歩いて三日だと言っていた。

 だが道中補給拠点を作る時間も考えると戦いは五日後だろう。


 もし遅れるようならルネの経路パスを使う。

 数人だが伝令役としてエルフ部隊に竜人を動向させているのだ。

 やはりルネを連れてきて良かった。

 彼女がいるかぎりどんなに離れていても情報を共有出来るからな。


(えへへ、褒められちゃったの)


 こら! 心を読むんじゃないの。何度も言ってるだろ?


(ごめんなさいなのー)


 気を付けるんだよ。

 さてと、俺達も行こうかな。ルネ、おいで。


(はいなのー)


 俺はルネを抱いて竜人達と共に東に向かう。

 アリアはまるでピクニックに行くみたいな顔をして俺の横を歩いていた。



◇◆◇



 俺達は順調に東に向かう。

 共に進む竜人達からも笑い声が聞こえてきたりと、今から戦争をする緊張感が感じられない程だ。

 さてそろそろ日が暮れる。今日はここまでだな。


「止まれ! 各自休むように! 建設部隊はここに補給拠点を作ってくれ!」

「おう! 任せてくれ!」


 ガタイのいい竜人が百人程森に入っていく。

 魔女王の城のような強固な拠点は必要無い。

 食料や武器が足りなくなったらここから物資を送ってもらう程度の物だ。


 土を掘って、整地して、切り出した木材で壁を作っていく。

 夕日が沈む頃には補給拠点が出来上がった。


「ふふ、流石ですね。竜人さんって意外と器用なんですね」

「あぁそうだな。でもなるべくここは使わないようにしたいんだが……」

「どうしてですか?」

「分からないか? 補給拠点に頼るってことはそれだけ戦いが長引いてるってことなんだ。俺達の世界ではこういう言葉があってな。兵は勝つを貴び、久しきを貴ばずってな」

「どういうことですか?」


 これは孫子の兵法にも書かれている。

 要は戦争で勝つことは大事だが、長引くのはよくないってことだ。

 戦争が長引けば兵士は疲弊し、土地は荒れる。

 例え勝利したとしても国は荒れ果て立て直すのに時間がかかる。


 戦いは短ければ短いほどいい。

 戦わずして勝つっていうのが理想なんだがね。

 そうはいかなそうだしな。


「へー、確かにそうですね。ふふ、やっぱり先生ってすごいですね」

「すごくないって。俺は昔の人が言ったことを覚えただけさ」

「ううん。先生のすごさってそれだけじゃないと思いますよ。覚えてますか? 先生はテオさんとベルンドさんが仲良くしてたのを不思議に思ってたでしょ? あれは先生のおかげなんですよ。

 先生はみんなをまとめて、お互いを知る時間と機会を作ってくれました。それに私達を導いて、魔女王に勝ったじゃないですか。みんな先生のことを信じてるんです。この人なら大丈夫。ついていこうって思えるんです。だから自然とみんな仲良くなれるんですよ」


 ムードメーカーってこと? 

 あんまり自分の評価に興味は無いが、俺ってそういう人間なのかな?


 でもアリアに褒められるとなんか嬉しくなるな。

 ふふ、かわいい弟子にご褒美をあげるか。


「アリア、今日は俺がごはんを作る。何が食べたい?」

「ラーメン!」


 ラ、ラーメンですか…… 

 たしか小麦粉があったから作れなくはないけど、今から麺を打つのはなぁ…… 


「ごめんな、今から作ると時間がかかるから他の物でもいい?」

「えー、それじゃタンメン!」

「麺以外で頼む……」


 ははは、今度作ってやるよ。

 俺達は楽しい夕食を終え、明日に備えて早めに寝ることに。


「アリア、頑張ろうな……」

「はい…… 絶対に勝ちましょうね……」


 

 そして俺達が出発してちょうど五日目の朝……



 俺達は魔女王軍の城、ベルテ城の前に辿り着いた。



 だがそこで目にしたのは……



 地平線を埋め尽くさんばかりの魔女王軍の兵士だった。

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