第56話 ユン

 敵軍まで残り五百メートル。


 俺がグレネードランチャーを構えた時…… 


 俺達は信じられない光景を目にすることになる。



 フッ



 目の前にいた魔女王軍が消えた。


 文字通り一瞬でいなくなった。


 まるで霧のように……!?


「先生!」

「全軍停止! その場で待機! ルネ! 俺の思考を常に読んでおけ! 指示を出したら即伝えるんだ!」

「キュー!」


 竜人達はこれから戦おうとした相手が突然消えたことで焦っている。

 理解出来ないのだろう。


 俺も分からないことだらけだ。

 だが一つだけ分かることがある。それは……


 敵に策を使って戦う者がいるということだ。

 それも俺達が使った戦術と同じ霧分身を使った。

 だが霧分身はこの世界では存在せず、アリアに俺が発動方法を教えたはずなのに……


「タケ様! ベルテ城から敵兵が出てきます! その数およそ五千!」

「どうする!? このまま突撃するか!?」


 とベルンドは言うが、俺の答えは……


「待機だ。俺の指示が出るまで攻撃はするな。それと俺が前に出る。みんなはこの場にいてくれ」

「前に!? 駄目です! 危ないです!」


 アリアは俺を止めるが考えあってのことだ。

 敵は俺達を策を使い混乱させた。

 だが自ら手の内を見せて近付いてくる。

 ここで戦いを続けるのは愚策だ。

 奴等は二の手、三の手を用意しているはず。


 だったら下手に戦うべきではない。

 それに手の内を見せてこちらにやって来るということは、魔女王達は俺達に何らかの接触を図ろうとしているはずだ。


 万が一俺を襲ってきても、五千程度の兵士だったら相手にしても生きて逃げることは出来る。


 だがアリアはそれを許してはくれなかった。


「絶対に駄目です! 先生に何かあったら……」

「大丈夫だって。あいつらが何を考えてるかは知らん。だが戦うつもりはないはずだ」


「だったら私が前に出るって言ったら認めてくれますか!?」

「…………」

 

 むぅ。答えることが出来ない。

 もし俺とアリアの立場が逆なら止めるだろうな。

 だが敵の真意を知る必要はある。だったらやることは一つ。


「一緒に来てくれ。だが手は出すな。万が一奴等が攻撃を仕掛けてきたら全力で逃げろ」

「はい! 先生は私が守りますからね!」


 守るって…… ははは、それは心強いな。

 俺はもう一度ベルンドに指示を出してから、アリアと二人で敵軍に向かって進んでいく。


 ザッザッザッザッザッ ザッ


「ん? 先生あれ!?」

「あぁ。分かってる」


 魔女王軍が動きを止め、そして一人の重装な鎧を着た者が前に出てくる。

 腰に剣を差して、手には槍を持っている。

 立ち振る舞いから分かる。

 


 達人だ。



 俺は咄嗟に男に向け分析を発動する。



名前:???

年齢:???

種族:人族

HP:5807 MP:2511 STR:9999 INT:6814

能力:槍術10

付与効果:魔女の息吹き(魔法無効化)



 強い…… 人の身でありながらこの強さかよ。

 STRがカンストしてるなんて。

 ここまで強い奴に会うのは久しぶりだ。


「せ、先生、あの人……」


 アリアは男を見て震え出す。

 彼女は強い。だからこそ分かるんだ。

 絶対に敵わないということが。

 強者が放つ独特の威圧感を感じているのだろう。


「大丈夫だ。俺の後ろにいろ」

「は、はい……」


 俺はアリアの前に立つ。さてどう出るかな……

 俺が本気で戦えばこの男に勝つことは出来るだろう。

 無傷とはいかないだろうけどな。


 それに男の後ろには五千人近い魔女王軍が控えている。

 男を倒したとしても、手負いの俺がアリアと一緒に逃げることが出来るだろうか?


 まぁそれは最悪の事態だ。

 俺の予想通りだったらこいつらは俺に手を出さない。


 男が更に近付いてくる。

 俺も男に向かって歩き出す。


 ザッザッザッ


 男が足を止める。必殺の距離なんだろうな。

 それは俺も一緒だがね。


 男は槍を構えて……!



 ザクッ



 地面に突き刺す!

 ん? こいつ何をする気だ?

 男は槍から手を離し、兜を外して俺に顔を見せる。


 男は…… 俺から見てもかなりの男前だ。

 三十歳前後だろうか?

 長い黒髪を後ろで束ねている。

 そして開いた右手に左の拳を当て、俺に頭を下げる。


 俺もそれに釣られて、つい一礼をしてしまった。

 こいつ、戦う気は無いな。少し安心出来そうだ。

 敵には違いないので油断はしないでおこう。


 男は顔を上げてから……


「お初にお目にかかります。私はユンと申します。魔女王ルカ様、そして軍師であるリァン様の配下であり、大将軍を務めさせていただいております。

 貴方は反乱軍の大将とお見受けしました。間違い無いですな?」


 ユンさんね。ご丁寧な挨拶だことで。

 俺も返しておくか。


「タケオだ。大将になったつもりはないんだけどな。取り合えず俺が責任者だと思ってくれて構わないさ。

 で、こうして攻撃もせずやって来たんだ。何か用があるんだろ? さっさと話してくれ」

「私にそれを伝える権限はございません。私は貴殿をお連れするようリァン様に仰せつかっただけです」


 こいつの上司か。会うべきか? 

 罠の可能性も捨てきれない。

 ここでユンという男と話しているだけでかなりの危険を冒しているんだ。

 ちょっとかまをかけてみるか……


「いいぜ。リァンって奴に会おう。だが俺がリァンを殺すとも限らないだろ? その危険を知ってのことか?」

「はい、もちろんです。リァン様は私がこの命にかけてもお守りします。それに…… ははは、貴殿は愚か者ではない。絶対にそんなことしないでしょう」


 こいつ…… 俺の考えを見透かされているようだな。

 恐らくユンという男は悪人ではない。

 敵ではあるが、自分の仕事に忠実なだけなんだろう。

 だからこそ恐ろしい。

 こういった奴は上の指示をやり遂げる。

 突然俺を殺せと命じられたら迷いなく殺しにかかるだろう。


 迷うな…… 

 だが俺も魔女王軍が何を考えているのか知りたい。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず…… 

 行くしかないか。


「会おう。だが条件がある。人質としてあんたにはここに残ってもらう」

「私を? 別に構いませんが、私に人質としての価値はありません。それにリァン様は貴殿を傷付けるつもりはありません」


「だが俺だって命懸けで敵陣に行くんだ。それに俺はお前達を信用してないからな。この条件が飲めないならリァンには会わない。この話はなかったことにしてもらう」

「しょうがありませんな。では……」


 ユンは甲冑を脱いで武器を捨てる。

 それだけじゃ駄目だ。ユンは強い。

 武器を持たずとも一軍に匹敵する力を持っている。


「すまんがあんたに魔法をかける」

「魔法を? ははは、構いませんが無駄でしょう。私はルカ様に祝福を頂いております。魔法の類いは一切効かないのですよ」


「それはどうかな?」


 俺は体内でオドを練ってから…… 

 発動!


【止まれ】

「…………」


 俺は時間操作を発動する。俺の魔法はマナを使わない。

 つまり魔法のようでありながら全く別の系統の能力だ。

 だから相手が魔法無効化を持っていようとも関係無い。だが……


 クラッ

 

 くそ、やはり魔力のほとんどを持っていかれた。目眩がする。

 時間操作は強力で便利な能力ではあるが、燃費が悪い。それも相手の強さに応じて消費するMPが増える。

 今の俺は魔力枯渇症一歩前といったところか。


 動きの止まったユンを見てアリアが驚いているな。


「せ、先生、何をしたんですか?」

「動きを止めただけだ。アリア、万が一俺に危険が及ぶようならユンを殺せ。頼めるか?」


「こ、殺すって……」

「大丈夫だ。目を閉じて喉を突けばいい。それじゃ行ってくる」


 俺はベルテ城に向けて歩き出すと、魔女王軍の兵士が俺の前に立ち……


「ご案内します」

「…………」


 慌てている様子は見られない。

 ユンが人質に取られたってのにな。


 このやり取りだけで分かる。

 これが本当の魔女王軍か。強敵だ。

 ここまで統制の取れた者を相手するのは初めてだ。


 俺はとんでもない奴等を相手にしているのかもしれない。

 まぁ負けるつもりは無いんだがな。


 さあ、ベルテ城に向かおう! 

 リァンって奴の顔を拝んでやらないとな!

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