第51話 軍議

 コポコポコポッ コトリッ


 人数分のコーヒーをテーブルに置く。


「お? すまんな。これはいい香りだな。異界の飲み物か?」


 テオはコーヒーを飲むのは初めてだったな。


「この世界にもある実から作った。バルルに自生していたんだ。飲みながら話そう。まずは俺達の戦力を確認したい。テオ、戦いに参加してくれるダークエルフはどれくらいいるか分かるか?」

「お前達の噂が南の森中に広まってな。あちこちから集まった。詳しくは分からんが、各集落から百人は集まっている。一万人は超えているだろう」


 一万か。それは心強い。

 詳しい数は後で調べてもらおう。

 編成を行うには具体的な数字が必要だ。


「それじゃフリン。お前も知っているだろうが、エルフの長であるキリィからは協力は得られなかった。これからはお前がエルフの指揮を取ってくれ。で、数なんだが……」

「ぼ、僕がみんなの上に立つのか。緊張しちゃうな……」


 と、自信無さそうに言うが、フリンはリーダーとしての素質はある。

 言葉は柔らかいが、すさまじい戦闘力を誇る。

 彼の能力である魔導弓は矢を必要とせず、魔力の矢を放つ。

 それだけではなく貫通というギフトを持っている。


 正確無比な射撃から繰り出される強力な一撃は目を見張るものがあった。

 エイムだけでいったらフリンの方が上だろう。


「ふふ、大丈夫よ。フリンならやれるわ」

「サシャ……」


 俺達がいるのに二人はイチャイチャし始める。

 俺達は見慣れたもんだが、ここにはサシャの父親であるテオもいるのを忘れてないか? 

 ほら、額に青筋を立ててプルプルしてるぞ。


「ごほん、うおっほん! そういうのは後でやってくれ」

「ご、ごめん! エルフの数か…… 五千から六千の間ってとこだと思う」


 へぇ? 予想以上に集まってくれたんだ。

 少なく見積もっても一万五千人。

 だが魔女王軍と正面からぶつかるには数が少ない。

 仕方ないな。援軍を頼もう。


 俺はルネに伝わるよう意識しつつ話しかける。


「ルネ、お願いがあるんだけどいいかな?」

(はいなのー。何をすればいいの?)


「デュパにお願いしてもらいたいんだ。一万人ほど援軍を送ってくれってね。それと国境からここまでの間に補給拠点を作っておいて欲しい。食料と医療物資、出来れば武器も持ってきてくれって」

(全部覚えられないのー)


「ははは、ごめんな。それじゃ後でゆっくりやろうか」

「キュー!」


 好戦的な竜人のことだ。援軍要請には応えてくれるだろう。

 何より長老たるデュパは魔女王軍と戦いたがってたしな。


「竜人さん達も来るんですか? でも魔女王軍ってかなり多いですよね。私達勝てるかな……?」


 とアリアが心配そうに聞いてくる。

 大丈夫だよ。そりゃまともに戦えば勝ち目は無いだろう。

 だが十倍の兵力差を跳ねのけ、歴史的大逆転で勝利した戦いだって存在する。

 まぁ勝つには入念な準備が必要だがね。


 そのために必要なのは情報だ。

 テーブルの上にはテオに準備してもらった地図が置いてある。

 この国には魔女王軍の拠点が二つあったはずだ。

 その一つを昨日俺達は落としたことになる。残るは一つ。


「テオ、魔女王軍の拠点はどこにあるか分かるか?」

「やつらの拠点か。それならここだ」


 コトリッ


 テオは人型の人形を地図の東側に置く。

 国境に近いな。敵も援軍を送りやすいだろう。

 それに魔女王軍は森を焼いているとも聞いた。

 身を潜めながらのゲリラ戦は出来ないだろうな。


 この戦いに勝つには霧分身を使いながら包囲戦を仕掛けるしかないだろう。

 それと地の利も利用させてもらう。

 俺は人形を地図の上、魔女王軍の拠点の正面に置く。


 コトリッ


「これは?」

「竜人達をここに配置する。指揮を取るのは俺だ。アリアの霧分身を使いながら敵を撹乱しつつ押える」


 アリアが本気を出したら十万人ぐらいの分身は作れる。

 大軍勢を相手に敵は簡単には攻めてこられないだろう。


 次だ。北側に人形を置く。


「これはフリン達エルフに担当してもらう。今回はエルフとダークエルフの混成はしない。純粋にエルフだけの部隊だ」

「サシャと一緒に戦えないんだ…… でもなんでエルフだけなんだ?」


「逃げ道を確保するためだよ。もし死にそうになったらそのまま北の森に逃げろ。長であるキリィはダークエルフとの休戦協定を結んでくれたが、ダークエルフが森に入るのは許さないと言った。

 もしダークエルフが森に入ったのがバレたら、俺達は魔女王軍とエルフの両方を相手にしなくちゃいけなくなる。勝ち目が無くなるどころか、全滅するかもしれないだろ」


 可能な限りリスクは排除しておきたいからな。

 さて次だ。南に人形を三つ置く。

 残ってるのはダークエルフだ。


「この数は? ここは私達ダークエルフの担当でしょ?」


 とサシャが尋ねてくる。


「ダークエルフは水竜族と一緒に行動してもらう。そして三つに編成を分ける。一つ、魔女王軍を攻める主力部隊、ベルテ川を遡って隠密に拠点の後ろに周る水竜奇襲部隊、そして森に潜み、万が一撤退する場合それを補助する部隊だ」


 ベルテ川はヴィジマの南方寄りに流れている。

 川があると攻める場合障害になるが、それを逆手に取れる者がいるなら利用しない手はない。

 今回の戦いで鍵を握るのはダークエルフ率いる南の部隊だ。


 これで大まかな割り振りは終わりだ。

 その後は練兵方法、撤退するタイミング、進軍する日程を決めて、軍議を終了する。

 ふー、なんか喋り疲れた。一服したい気分だ。


「これで今日の軍議は終わりにしよう。出発は竜人達がここに到着してから三日後。それまでに各自準備を整えておいてくれ」

「「「…………」」」


 ん? みんな黙って俺を見つめている。どうした?


「俺の顔に何かついてるか?」

「違いますよ。やっぱり先生ってすごいなーって思ってるだけです。ふふ、先生に任せてればどんな戦いでも勝てちゃいそうですね」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、俺はいつでも不安だらけだ。

 俺は異世界転移を繰り返す中で、多くの戦いを経験してきた。

 死にたくない。常にそう思ってきた。

 ならば俺自身強くなるしかない。だが個人の能力では限界があるからな。

 だから俺は人を動かした。そして勝ち続けてきたんだ。


「あんまり持ち上げないでくれ。俺にだって失敗はあるからな。それじゃ今日は終了だ。俺はテントに戻るよ。明日は昼頃に軍議を始めよう」


 俺の声に従い、皆で天幕を出る。

 すると……


「キュー……」

「どうした? ははは、疲れたんだな。ルネ、おいで」


 ルネを抱っこすると、すぐに寝てしまった。

 幼いルネにはつまらなかったんだろう。


「それじゃアリア、戻ろうか!」

「はい! んふふ、先生、今日は私がごはん作ってもいいですか?」


 満面の笑顔で聞いてくる。

 そうだな。俺も疲れたし、お願いしちゃおうかな。


 ギュッ


 おや? アリアが強引に腕にしがみついてくる。

 こら、ルネを抱いてるんだから……


「ふふ、腕組んでもいいですか?」

「組んでから言うんじゃないよ。ははは、別に構わないさ」


 なんだか断るのも無粋だし、俺達はそのままテントに戻ることにした。

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