第50話 残る者と去る者
「んふふ、ありがとうございます! さぁ行きましょ!」
ふぅ、ようやくアリアの抱擁から解放された。
笑顔でみんなが待つ天幕に入っていく。
うーむ、言ってしまったな。
アリアのことを一人の女性として魅力を感じていることを。
泣き止んでもらうために咄嗟に言ってしまったことだが、俺の本音でもある。
今までアリアの未来を想い、口にすることはなかったのだが……
少し後悔もあるが、考えるのは後にしよう。
今はエルフ達のトップと話し合う必要がある。
俺も天幕の中に入る。
天幕の中には大きなテーブルがあり、右にフリンとエルフの長、左にサシャとその父親であるテオが座っていた。
アリアはルネを抱いて手前に座ってるから俺もその横に座る。
さて始めるかな。まずは挨拶からだ。
「俺達に協力してくれたことを感謝する。自己紹介の必要は無いだろうが、俺はタケ。人族だが異世界人だ。魔女王とは何の関係も無い。安心してくれ」
「ふん、茶番は止めたのだな」
と、エルフの長が皮肉を言ってくる。
そうだった。俺はフリン達の従者っていう設定だったな。
ということはダークエルフの長であるテオも知っているのだろう。
「あぁ。俺はフリンとサシャの従者ではない。だが共に戦う仲間だということは信じてくれ。ところであんた名前は?」
「人族に名乗る名など無い! だいたいなんだ! こんなところに呼び出しおって! 薄汚いダークエルフの陣地などにいられるか! さっさと要件を話せ!」
「なんだと!? もう一度言ってみろ! 切り刻んで魚の餌にしてやる!」
ジャキンッ
エルフの長とテオが剣の柄に手をかける。
うわ、ほんと仲が悪いんだな。
「父さん、落ち着いて!」
「長もです! 僕達は言い争いをしにきたんじゃありません!」
二人の説得を聞いて柄からは手を離してくれたが、顔に殺気が滲み出ている。
「キュー……」
突然始まった罵り合いが恐かったのだろう。
ルネが泣き出してしまった。
「大丈夫よ。先生、私達外に行ってますね」
「あぁ、その方がいいだろうな。すまんが頼めるか? それとサシャとフリン、お前達も外に出てくれ」
本当だったらみんな参加してくれた方が話が進めやすい。
だが今の状況を考えると、三人で話すほうがいいだろう。
こうなったら若者に聞かせたくないことも話さなくちゃならんしな。
俺の指示を受け、アリア達は天幕を出ていった。
ここにいるのは俺とテオ、そしてエルフの長だ。
「ふん、まったく忌々しい」
「まぁそう言うなよ。もう一度聞く。あんた名前は?」
「キリィ……」
「そうか、キリィさんか。いい名だな。それじゃテオさん、キリィさん。今までの経緯を話す。聞いてくれるか?」
俺はバルルでの出来事、そしてヴィジマに来てサシャとフリンに出会ったことを話す。
もちろんエルフ、ダークエルフに協力してもらうために一芝居打ったこともだ。
「……というのが今までの流れだ。あんたらを騙すことになってしまった。それについては謝罪する」
「だが結果的に魔女王に勝つことが出来た。タケ、お前の力は認めざるをえまい。そ、それと…… 娘を守ってくれたことは感謝する」
テオが少し面白くなさそうに口を開く。
彼はダークエルフの責任者ではあるが、その前に可愛い娘の親でもある。
サシャを心配して戦いに協力してくれたんだろうか?
聞いてみるか。
「なぜ俺達に協力を?」
「言う必要があるのか? 勝てる戦だと思ったからだ。サシャに会いに行ってから昨日までのお前達の動きは把握している。だがあのドラゴンはどこに行ったのだ? 突然消えてしまったが……」
そうか、ルネのことは知らないんだ。
「さっき出ていった女の子だよ。ルネは竜神でね」
「竜神だと!? 聞いたことがある。普段は人族に近い姿をしているが、変化して敵を喰い殺す恐ろしい種族だったな。そんな怪物を仲間にしているとは……」
「ルネはそんなゲテモノ食いじゃないさ。いい子だぞ。ドラゴンの大群はアリアの魔術で作った分身だよ」
「で、ではお前達は今までたった五人で戦ってたというのか!?」
まぁそういうことだ。
俺が使った作戦の一つ、混水摸魚。
これは世論操作のことだ。
この国の住人たるフリンとサシャが先頭に立って魔女王軍と一歩も引けを取ることなく戦っている。
多くのエルフ達に勝てるかもしれないという希望を持たせることが出来た。
そして反客為主。これは本来は敵に仕掛ける計略だ。
いったん従属あるいはその臣下となり内から乗っ取りをかける。
フリンとサシャに前に出て広告塔になってもらい、結果として多くのエルフ達を動かすことに成功した。
最初は少ない人数で戦い、そして多くの仲間を得て、俺達は初戦に勝利することが出来た。
他種族に排他的な考えを持つエルフ達を動かすにはこうするしかないと思ったからな。
「ぐ…… だがそんな回りくどいやり方をせずとも……」
「なら正面から出向いてお願いしたら協力してくれたか?」
「「…………」」
二人とも黙ってしまった。
ほら言わんこっちゃない。
時には仲間を騙すことも戦には必要なのだ。
さぁ二人は俺の計略をどう取るか?
まず動きがあったのはテオだ。テオはワナワナと震えてから……
「く…… ふはは…… わはははは! これは一本取られたな! こうなってはお前に協力するしかあるまい! 我らダークエルフは今回の勝利を喜んでいる。魔女王にはこのままヴィジマから出ていってもらおう! 我らの力、存分に使ってくれ!」
そう言ってテオは俺に手を差し出す。
握手か。ふふ、豪快な奴だな。
サシャの父親らしい。
乱暴なところはあるが真っ直ぐな男だ。
彼は信じるに値するだろう。
ガシッ
俺とテオは力強く手を握り合う。
で、エルフの長であるキリィはどう思ってるかな?
このままエルフの協力も得られるといいのだが……
だがキリィは俺とテオを冷たい眼差しで見つめている。
「ふん、我ら高潔なエルフはお前達に協力するつもりはない。これで失礼させてもらう」
ガタッ
キリィは席を立ち、天幕から出ていこうとする。
それを見たテオは怒鳴り声でキリィを止めようとするが……
「待て! 貴様、この期に及んで逃げるつもりか!? エルフだけで魔女王軍を退けられると思ってるのか!」
「これ以上話すつもりはない。ダークエルフの長よ。次に会う時は共に殺し合うことになるだろう。我らはお前達に殺された仲間の恨みを忘れてはいないのだからな」
「おのれ……!」
テオはキリィに向け、剣を抜こうとする。
気持ちは分かるが今は駄目だ。
それに話はまだ終わってないからな。
俺は天幕の入口に立つ。キリィが出ていけないようにな。
「なんだ? どけ、薄汚い人族が」
「俺の名はタケだ。覚えておけ。恐らくあんたを説得しようとしても無駄なんだろうな。別にいいさ。だが聞きたいことがある。それには答えてもらうぞ」
キリィがエルフの長である以上、種族総出での協力は得られない。
目を見て分かった。
こいつは偏見で凝り固まった心の持ち主だ。
こういった奴は何を言っても無駄だろう。
俺が聞きたいことは二つある。それは……
「エルフの中にも俺達に協力したい者はいるだろう。そいつらはどうするんだ?」
「フリンについていった者か。私はな、本当はフリンを裏切り者として殺すよう言ったのだ。だが血の気の多いバカ者共はフリンを助けようとしてな。私はそれを止めにここにきたのだ。
この戦いに参加した者はエルフの面汚し。裏切り者だ。二度と里の地は踏ません。追放だ」
なるほど。
ダークエルフほど数は多くないだろうが、ここに残るエルフの協力は得られそうだな。
「それともう一つ」
「まだあるのか?」
「あぁ、あんたエルフだけで魔女王軍に勝てるとは思ってないよな? だからこの国での戦いが終わるまででいい。その間だけ俺達にちょっかいを出さないでくれ。魔女王は俺達とダークエルフ、そしてここに残ったエルフだけで何とかする。
魔女王軍がヴィジマを出ていったら好きなように殺し合いをしてくれて構わない」
要は停戦協定だ。
この条件を飲んでくれたら俺達は後ろを気にすることなく魔女王軍と戦うことが出来る。
戦力を余計なところに割り振る必要が無くなるのは大きいからな。
「いいだろう。だがこちらにも条件がある。我らの領土である北の森には入るな。もしダークエルフが我らの森に入ったのであれば……」
「分かった。その条件でいい」
「では失礼する」
俺はキリィに道を譲ると、一瞥もせずに天幕を出ていった。
「これで良かったのか?」
と、テオが尋ねてくる。
欲を言えばエルフの協力も欲しかったが……
全て上手くいくとは思っていないさ。
「あぁ、テオさん。これから俺達だけで魔女王軍と戦わなければならない。さっそくだが軍議を始めたいんだが」
「テオで構わない。ふふ、それに大将はお前だろ? 私はお前に従う。今回勝てたのはお前のおかげだからな。しかしタケよ、お前は何者なのだ? お前の恐ろしいまでの力もそうだが、見たことも聞いたこともない軍略を使う。故郷では軍師だったのか?」
いや、歴史書が好きだっただけさ。
孫子の兵法とか兵法三十六計はビジネス書としても売られてたからな。
まさかその知識が異世界で訳に立つとは思わなかった。
「趣味が高じてってとこさ。俺はサシャ達を呼んでくる。テオは地図を用意しておいてくれ!」
「分かった!」
これで戦う支度は整った。
さぁ軍議を始めようか!
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