第41話 混水摸魚 其の三

 パチパチッ


(美味しそうな匂いがするのー)


 ルネが焚き火で焼く肉を見つめている。

 もうすぐ出来るから待っててな。


「サシャ、すごかったよ! 惚れなおした!」

「ほ、本当!? フ、フリンが守ってくれてると思ったから集中出来たの……」


 エルフのバカップルは料理の手伝いもせず、イチャイチャしてる。

 時々軽くキスとかしてるがムカつく。


 料理の手伝いをしてくれてるアリアは二人を見つめながら野菜を切っている。


「いいなぁー……」


 憧れがあるんだろうな。

 とても羨ましそうだ。

 だがアリア、あれは人から顰蹙を買うからな。

 人前でキスとかしないように。


 っていうか、包丁持ってるんだから危ないぞ。


「ほら、よそ見しないで。指切るよ」

「だ、大丈夫です! って、あいた!」


 ほら言わんこっちゃない。

 ざっくりと指を切ってしまった。

 俺はオドを練りつつ、アリアの指を握る。

 そしてオドを傷口に流す!


 パアァッ


 指を握る俺の掌の中から光が漏れる。

 これで大丈夫。傷は綺麗に無くなっている。


「刃物を持ってる時は気を付けるんだ」

「は、はい! 先生ありがとうございます……」


 ちょっとトラブルもあったが、料理が完成。

 俺達の初勝利を祝って少し豪華な夕食にすることにした。


 みんな食べながら今日の戦いを振り返る。


「やっぱりサシャが勇ましかったよ!」

「アリアの魔法ってすごいのね!」

「ルネ、かっこよかったよ!」

「キュー!」


 みんな楽しそうだな。よほど嬉しかっただろう。

 おしゃべりをしながら食事を進めた。



◇◆◇



「ふー、美味しかった。先生、私お皿片付けますね」

「キュー」

「あれ? 手伝ってくれるの? ふふ、ありがとね」


 アリアとルネは水場に向かう。

 せっかくだ。二人に任せよう。

 ここにいるのは俺とフリン、サシャだけとなった。


 こいつらの前ならいいか。

 懐からタバコを取りだし火を着ける。


「ふー…… 久しぶりに吸った気がするな」

「あれ? あんたタバコなんて吸うの? 私、その匂い嫌いなのよね」


 なにぃ!? この世界にもタバコがあるのか!

 よかったー…… もうすぐ切らすとこだったんだ。


 サシャが言うには、ヴィジマでタバコを吸うのはシャーマンだけらしい。

 精霊の声を聞く時に吸うそうだ。

 後でもらえる約束をしたので、しばらくはタバコに困らないだろう。


「全くタバコの何がいいんだか…… でさ、明日も戦うんでしょ!?」

「あぁ。そのことで話があるんだ」


 皆は嬉しそうに今日の戦いを話していたが、俺が思ったことを二人に話す。

 敵はこちらの作戦に見事に引っかかってはくれたが、俺達の攻撃でほとんど被害を出してはしない。


 これは明らかにおかしい。

 敵の中に強力な魔法を使える者がいるはずだ。

 恐らく傷付いた城壁は元に戻っているだろう。


 俺の話を聞く二人の表情が暗くなっていく。


「そんな…… それじゃいつまで経っても勝てないじゃないか!」

「そうだよ! このままじゃ奴等の足止めしか出来ないじゃない!」


「それでいいんだ。しばらくは霧分身を使った攻撃を繰り返す。そこで二人には覚えて欲しいことがあるんだ。そのうち俺達の攻撃を見たエルフ、ダークエルフが出てくるはずだ。そりゃあれだけ激しくドンパチやってりゃな。俺達の攻撃を見た者は必ず俺達に接触してくる。

 で、コンタクトを取ってきた者がエルフだった場合、フリンが俺達を従えて魔女王軍と戦ってることにしてくれ。ダークエルフの場合はサシャの出番だ」


 二人は俺の話を聞いてキョトンとした顔をする。

 最初に口を開いたのはサシャだ。


「なんでそんなことするの? 直接里に行って協力してもらうようお願いしたほうが早くない?」


 俺だってそうしたいさ。

 でもな、他種族に排他的な考えを洗脳に近い形ですりこまれてるエルフ達に協力してもらうにはもっと今日のような勝利を重ねていく必要があるのだ。


 俺達の活躍を見て、俺達に協力すれば勝てるという認識を広める必要がある。

 そうでなければエルフ達は動いてくれないだろう。


 これが今回の作戦でもある兵法三十六計の一つ混水摸魚。

 平たく言えば世論操作だ。

 エルフ達が俺達が望む行動を取ってくれるようになる下準備ってとこだな。


 ここまで話してようやく二人は理解してくれた。


「へぇー…… タケ、あんたが強い理由が分かった気がしたよ。そんなこと思いもしなかった。あんた一体何者なんだい? どこでそんな知識身に付けたのさ?」


 どこと言われたら、ビジネス書と歴史シミュレーションゲームと漫画だ。

 昔から三國志とか水滸伝とか好きだったしな。

 孫子の兵法は社会人になってからだけどな。


 それにサシャは俺が強いと言ったがそれは間違いだ。

 そりゃ多少腕には自信はあるが、最強というわけではない。

 不老長寿ではあるが不死ではない。

 死ぬ時は簡単に死ぬのだ。


 だから俺は力ではなく、知恵に頼る。

 これが俺が異世界で生き抜くために身に付けた教訓だ。


「俺は強くないさ。生きるのに必死なだけだよ」

「そうは思えないんだけど……」


 フリンは訝しげに俺を見つめる。


「そんなことないさ。ところでフリン、明日はお前が主役だ。いい啖呵を考えておいてくれよ」

「そ、そうだったね。でもサシャみたいに上手く出来るかな?」

「ふふ、大丈夫よ。ねぇ、今からテントに戻って考えましょ」


 そう言ってまたイチャイチャし始める。

 考えるとか言って、二人っきりになったら裸で仲良くし始めるんだろうな。


 フリン達は手を握って自分達のテントに向かう。


「明日は遅刻するなよ!」

「分かってる! タケ、今日はありがとう!」

「明日も勝ちましょうね!」


 二人が去った後でアリアが戻ってきた。


「あれ? 二人はどうしたんですか?」

「お帰り、あいつらは自分達のテントに戻ったよ。それじゃ俺達も休もう。明日も戦いがあるからな」


 三人でテントに戻る。

 いつものようにルネは俺の腕を枕にして眠る。

 俺も目を閉じると、眠気が襲ってくる。


 こちらに被害は無かったとはいえ、疲れてるんだろうな。


「先生……?」


 アリア? なんだ、眠れないのか?


「どうした?」

「あ、あの…… まだ言ってないことがあって。実は私達が戦ってる時、森の中から気配がしたんです。遠かったからはっきりは分からなかったけど、私達のこと見てるみたいにでした」


 本当か!? なら運がいいぞ。

 もしアリア達の様子を伺っていたのが魔女王軍なら、何らかの攻撃を仕掛けてくる。

 だが、様子見だけということはエルフである可能性が高い。


 アリア達がいたのは南の森だったな。

 そこはダークエルフが支配する森だ。

 明日はアリアとサシャが一緒に行動する予定になっている。


 うまいことすれば明日にでも俺達に接触してくるかもしれないな。


「そうか、教えてくれてありがとな。でもなんで先に言わないんだ?」

「ご、ごめんなさい。私も勝ったのが嬉しくて浮かれちゃったんです。早く言うべきでしたね」


 策を使う戦いにおいては情報を得るのが何よりも重要になる。

 アリアには報連相の大切さをしっかり教えておいた。


 それじゃそろそろ寝るとするか。  

 みんな、明日も頑張ろうな。

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