第40話 混水摸魚 其の二

 森の国ヴィジマを流れるベルテ川。

 この横に数万人は収用出来るであろう石造りの城が建っている。

 まともに戦うには敵と同数以上の兵力が必要だろう。


 だが俺達はここにいる五人のみで戦いを挑む。

 俺は北の森に。フリンとアリアは南の森。

 そしてドラゴンに変化したルネと主役をしてもらうサシャは川沿いに移動する。


「そろそろかな……」


 俺は魔銃ハンドキャノンを空に向ける。

 トリガーに指をかけ……


 ガォンッ カッ


 撃った弾は閃光弾だ。

 はるか上空で星のような光を放つ。

 これが作戦開始の合図となっている。


 サァァッ


 辺りに霧が立ち込め始める。

 俺は魔銃ハンドキャノンから別の武器に持ちかえる。

 乱戦ならこれだよな……


 俺は城に銃口を向ける。そろそろだな。


 ドドドドドドドッ


 川沿いの道から地鳴りが聞こえ始める。

 来たな。


「キュー!」


 音の正体はルネだ。

 もちろんドラゴンに変化している。

 それが地面を森を埋め尽くすほどの大群で城に向かっていく。


 カーン カーン カーン


 城から警鐘の音が鳴り響く!


「敵襲! 総員配置に付け!」

「な、なんだ!? 竜だ! 竜の大群だ!」

「なんだあの数は!?」


 大群といっても本体は一匹のみ。

 アリアの霧分身で作った残像だ。

 ルネは攻撃が届かないはるか後方にいるはず。


 ドドドドドドドッ……


 ルネの大群は城の前に止まる。

 そして大きく口を開けて……


「「「「「キュー!」」」」」


 ドゴォォォンッ


 ブレスを放つ! 

 今だ! 俺は魔銃グレネードランチャーを森から撃ち込む! 


 ドゴォォォンッ ズガァァァンッ


 俺の攻撃に呼応するように南の森からフリンが魔導弓を、アリアが氷弾アイスバレットを放つ!


「うわぁっ!」

「頭を出すな!」


 魔女王軍は突然の襲撃に戸惑い、打って出られない。

 そりゃそうだ。  

 三方向から雨のように攻撃しているからな。

 しかもアリアの霧分身により、実際の数より多くの攻撃に見えるはずだ。


 兵士達は城に籠って出てこられない。

 そろそろいいだろう。

 タイミングはサシャに任せてある。


「キュー!」


 ルネが一言鳴いて空にブレスを放つ。

 これが合図だ。おれは発砲を止める。

 南の森からの攻撃も止んだ。


「い、一体何が……? おい、誰かこっちに来るぞ! 構えろ!」


 城壁の上から兵士が叫ぶ。

 奴等が見たのは悠然と城に向かって歩くサシャの姿だ。


 ズシャッ


 サシャは歩みを止め、大声で叫ぶ! 

 台本通り頼むぞ!


「聞け! 私は南の森のサシャ! お前達に死を運ぶ者だ! 一人残らずお前達を殺す! 覚えておけ!」

「キュー!」


 こらルネ! お前は黙ってていいんだって! 

 姿はドラゴンだけど、声がかわいいから迫力にかけるんだよな。


(ごめんなさいなのー)


 次からは気を付けるんだよ! 


「ふ、ふざけるな! 耳長め! これでも食らえ!」


 魔女王軍の兵士達はサシャに向かって矢を放つ。


 シュパッ キィンッ


 剣術を得意とするサシャを射るには遠すぎるな。

 見事な太刀捌きで矢を全て打ち落とす。


「ならばこれでどうだ! ヘルフレイム!」


 ゴウンッ


 地面から火柱が立ち登り、サシャを焼こうとするが……


「ふん、温いわね」

「そ、そんな……!? 魔法が効かないだと!?」


 炎はサシャにまとわりつくだけで全くダメージを与えることが出来ない。

 さすがは魔法無効化マジックキャンセル持ちだな。


 サシャは呆れたように笑い、言葉を続ける。


「つまらない連中…… 城に籠って出てこられないのね。人族ってのは臆病者の集まりなのかしら? 興醒めしたわ。明日また来るから。今度は相手をしてもらうわよ」

「…………」


 サシャは踵を返し、城から去っていく。

 むふふ、ここまでは作戦成功だな。


 サシャが去ってしばらく経つと霧が晴れていく。

 おっと、そろそろ戻らないと。

 俺も待ち合わせの場所まで戻ることにした。



◇◆◇



 ガサガサッ


 いてて。戻って来るのも一苦労だ。

 木々の間を縫って、顔に当たる枝を退かして先に進む。

 待ち合わせはエルフ領である北の森の端だ。


 みんな戻ってるかな? 

 そろそろ待ち合わせ場所だ。だがそこにいたのは……


「キュー!」


 ガバァッ ドサッ ペロペロペロペロ


 ルネがいた。ドラゴンに変化したまま俺に飛びかかってくる。

 俺は押し倒されたまま、顔をペロペロ舐められた。


「こ、こらルネ! 止めなさい!」

(パパー、お帰りなさいなのー)


 キュゥゥゥンッ カッ


 ルネの体が光を放つ。

 そしてルネはいつもの可愛い姿に戻っていた。

 そして嬉しそうに俺の胸に顔を埋めてくる。  

 ははは。ルネ、よく頑張ったな。


(いっぱい火を吐いたのー。とっても疲れたのー)


 よしよし、後でおいしい物を作ってやるからな。

 ここにはルネがいる。

 ということは行動を共にしていたサシャが俺達を笑顔で見つめていた。


「すごいわね。こうして見てると本当の親子みたい。人族のこと誤解してたのかな?」

「色んな奴がいるからな。いい奴も悪い奴も含めてな。それとサシャ、君もよくやった。いい啖呵だったぜ」


「からかわないでよ。でもあいつらのことを思い出すと……」


 おや? サシャが両肩に手を置いて震えている。

 怖かったのか? 


「大丈夫か?」

「ふ…… うふふ…… あはははは! やったわ! 初めてあいつらに勝った! 私達相手に何も出来なかったわ! あいつらの顔見た!? あー、面白い! あはははは!」


 大丈夫だった。

 作戦が上手くいったのがそんなに嬉しかったのか。

 確かにサシャの言う通り、事は上手く運んだ。

 幻影を使ったとはいえ、俺達五人で数万人を相手に戦ったんだ。

 しかもこちらの被害は無し。喜ぶのも無理はない。


 サシャは今回の戦いを大勝利と思っている。

 だがこちらの攻撃で敵の被害は城壁に傷を付けたくらいだ。

 死んだ兵士はいないだろう。


 これは少し予想外だった。

 簡単に岩を砕くことが出来る俺の魔銃をもってしても城壁を砕くことが出来なかった。

 恐らく城壁に強い魔法耐性が付与されているはずだ。


 そんな芸当が出来る者が魔女王軍にいる。

 注意しておかないとな…… 

 ともあれ今は勝利の喜びに水を差すまい。

 伝えるのはみんなが集まってからだな。


「あはははは! あー、おかしい…… ふふ、こんなに笑ったのは久しぶりよ。ねぇ! 明日も戦うんでしょ!」

「もちろんだ。だが今日はしっかり休もう。もうすぐフリンとアリアが帰ってくるはずだ」


 ガサガサッ


 繁みの中から物音が。後ろを振り向くと……


「サシャ!」「フリン!」


 アリア達が帰ってきた。

 フリンはサシャのもとに駆け寄り、しかと抱き合ってからキスを交わす。

 そういうのは二人っきりになった時にしてくれないかなぁ……


「先生!」


 ガバァッ


 アリアもよほど嬉しかったのか、俺に抱きついてくる。

 うーむ、これはどうするべきか。

 諌めるべきなんだろうが、今回の作戦の成功はアリアのおかげだ。

 かわいい弟子を誉めるのも先生の役目だよな?


 俺は軽くアリアを抱きしめる。なに、軽くだ。


「せ、先生?」

「よくやった。アリアは自慢の弟子だよ」


「そ、そんな…… 嬉しいです……」


 アリアは顔と長い耳を真っ赤にする。

 いかんなぁ。ちょっとかわいいと思ってしまう自分がいる。

 これ以上は駄目だ。アリアを引き離……


 グイィッ


 引き離……!


 グイィッ ギュウゥゥッ


 アリアが離れない…… 

 ははは、しょうがないな。

 今はみんなでヴィジマでの初勝利に酔いしれるとするか。

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