第36話 心中の理由 其の一

 コポコポコポコポッ……


 俺はここにいる全員分のコーヒーを淹れる。

 エルフ達は飲むのは初めてだろうからミルクと砂糖は多目に入れておいた。


 アリアとルネは嬉しそうに受け取る。


「ありがとうございます! んー、いい香り!」

「キュー!」


 慣れたもんだな。

 コーヒーはこの世界の住人の舌にあうみたいだ。

 次は女エルフにコーヒーを渡す。


「熱いぞ」

「あ、ありがと…… さっきはごめんなさい……」


 ほう? ちょっとツンとしてるが、いい子じゃないか。

 男の方はまだ警戒が解けてないので、黙ってカップを受け取る。


「フリン、大丈夫よ。敵じゃないわ」

「本当か? 彼は人間だぞ!」


 他にも魔人と竜神もいるがね。

 まぁ敵じゃないということだけ分かってくれればいい。

 俺も座ってコーヒーを楽しむ。


「ふぅ、美味いな。お代わりが欲しかったら言ってくれ。まずは自己紹介をしようか。俺はタケ。見ての通り人族だ。だがこの世界の人間ではない」

「この世界の? 一体どういうことなの?」


 俺はエルフ達に自分が異世界から来たことを話す。

 異界を渡り歩き、そしてアリアと出会い魔女王と戦うことを決意したこと。

 大陸最南端の国バルルで魔女王達と戦い勝利したこと。

 そして今度はヴィジマから魔女王軍を追い出すためにここに来たことを。


 二人は目を丸くして俺の話を聞いていた。


「信じられない……」

「そうね。でも魔人であるアリアと竜人のルネと一緒にここにいる。タケの言っていることは本当みたいね」


 女エルフの方が理解が早くて助かる。

 まぁ、アリアが彼女の警戒を解いてくれたのが大きいけどな。


 次は彼等の番だ。一体何があったのか聞かなければ。


「すまんが君達のことを話してくれないか?」


 俺の問いに二人は目を合わせる。

 どうやら敵ではないことは分かってくれたようだが、まだ味方でもないからな。

 だがエルフが答える前にアリアが二人に話しかけた。


「サシャさん、大丈夫ですよ。先生の言っていることは本当です。きっと二人の助けになりますから!」

「キュー!」


 アリアとルネに気圧されたのか、サシャという女エルフがポツポツと語りだした。


「ふぅ…… 分かったわ。それじゃ私からね。サシャ、これが私の名前よ。見て分かると思うけどダークエルフなの。南の森の出よ」


 サシャか。種族はダークエルフ。

 中々の美人さんだな。サシャに続いて男が口を開く。


「フリン…… 北の森のエルフだ」

「フリンか。よろしくな。でさ、なんで二人は死のうとしてたんだ?」


「「…………」」


 どうやら答え辛いみたいだな。

 黙りこんでしまった。

 ちょっと空気が重くなってしまったので、他のことを聞くとしよう。


「ごほん…… 俺がこの国に来た理由はさっき言った通りだ。魔女王軍をヴィジマから追い出す。それで奴等はこの国のどこにいるか分かるか?」

「あちこちさ。だが森の深くには入ってこられない。森を分けるベルテ川に沿って陣を構えてるみたいだな」


 川沿いか。俺はこの国の地図を地面に書く。

 ヴィジマは日本でいうところの関西辺りに位置してるはずだ。


「森の位置、川、敵陣、分かる範囲で書いてくれ」

「そうだな…… こんな感じだ」


 フリンは枝を使い、地図にサラサラと描いていく。

 川はこの国を二つに割るように流れており、敵陣はその川沿いに二つ。

 フリンは描きはしなかったが、恐らく小さな拠点、補給線は無数にあるだろう。


「ありがとう。なんとなくだが理解出来た。戦況はどうなってる?」

「戦況か…… 元々エルフは数が少なくてね。あまり殺されることはなかったよ。でも僕らだけでは魔女王達と戦えない。だから森の深くに逃げたんだ」


 フリンは悔しそうに言うが、むしろ賢明だ。

 逃げるのは臆病でもなんでもない。

 死んでしまってはそれで終わりだからな。

 敵の数が多い場合はまず安全なところまで逃げて体制を整えるべきだ。


「そうか。なら多くが生き残ってるな。そういえばエルフとダークエルフは住んでる場所が違うのか? 北と南に別れてるんだっけ?」


 だとしたら一度戦力をまとめる必要がある。

 連携をとってもらわないといけないからだ。

 敵戦力が大きい場合は戦略に頼らざるをえない。

 情報共有していない状態で戦力が分散していては勝てるものも勝てない。


「一度エルフのお偉いさんに会いたいんだが、可能か?」

「そ、それは…… すまない、僕達の種族の恥を晒すようで言い辛いんだが…… 今はそれどころじゃないんだ」


 それどころじゃないだと? 

 自分の国が他種族に支配されようとしてるってのに?


 もしかして二人が心中しようとしていたことと関わりがあるのかもな。

 二人には言い辛いだろうが、聞いておかないと話が進まないだろう。


「頼む。知っていることを全て話してくれないか? 理解出来ないままでは、俺もどう動いていいか決められないんだ」

「「…………」」


 再び黙りこんでしまった。

 アリア、出番だ! 

 アリアに視線を送ると、察してくれたのか、二人に声をかける。


「フリンさん、サシャさん。話してください。心配無いですよ。先生は絶対この国を助けてみせますから! ここにいる私とルネがその証拠です! 種族なんて関係ありません! 先生と一緒に戦えば絶対勝てます!」

「キュー!」


 アリアは力強く二人を説得する。

 ルネは多分分かってないが、何となく空気を読んでくれたみたいだ。


 その説得を聞いて二人は諦めたように笑った後……


「ははは…… しょうがないな。それじゃまずは僕から話すよ。あのね、この国は魔女王が攻めて来る前から戦争をしていたんだ。いや、していると言ったほうが正しいね」

「戦争を? 誰とだ?」


 ヴィジマの隣の国は竜人の国バルルと、たしか獣人がすむ国マルカだ。

 竜人達はエルフを信用するなとは言ったが、直接関わりがあったようには思えない。


 なら獣人と戦っていたのか? 

 エルフと獣人か。イメージ的に仲が悪そうだしな。


「相手は獣人か?」

「獣人? ははは、違うよ。彼らとはほとんど接点は無いしね。僕達北のエルフが戦っていたのは…… 南の森に住むダークエルフさ」


 ダークエルフと!? 同じ種族だろ? 

 争う必要があるのか? フリンは淡々と説明を続ける。


 元々エルフとダークエルフは仲が悪かった。

 理由は分からないが、お互いを見下していたそうだ。

 まぁ肌の色だろうけどな。

 他の世界でも同じような差別はあった。

 もちろん地球でもいまだに肌の色で差別する馬鹿者はいる。


 どこの世界も同じだな。

 人は自分と違う物を持つ者を受け入れたくないのかもしれない。

 だがエルフはお互いを嫌うだけで、争いになることはなかった。


 彼らは寿命は長いが、出生率が低く人口が少ない種族らしい。

 争いで死ぬくらいなら別々の場所に住むということがお偉いさん同士の話し合いで決まったそうだ。


 それから川を挟んで北のはエルフの領地、南はダークエルフの領地と決まった。


 だが三百年前、川の中に魔石を多く含む鉱脈が見つかった。

 この領有権を巡って仲が悪かった両種族は更に険悪になり、戦争が始まったとのことだ。

 それが現在も進行中だとさ……


「なるほどね。分かったよ。つまりこの国には三つの勢力があり、その全てが争ってるってことか」


 エルフ対ダークエルフ対魔女王ってことだよな。

 この国はバルルよりヤバイぞ。

 下手に協力すれば二つの勢力と戦うことになる。

 エルフだけに協力すればダークエルフと戦いになるかもしれない。

 その逆もあり得る。


 魔女王は絶対敵だから必ず戦うことになる。

 ならエルフ、ダークエルフの両方を仲間にする必要がある。


 あれ? 一つ疑問が浮かぶ。

 フリンとサシャは、つまり敵同士なんだよな? 

 でも明らかに恋人同士でもある。

 これはどういうことなんだ? 


 戦場で花開いた恋。

 これが心中しようとした原因なんだろうか?

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