第31話 休日 其の二

 魔女王軍との戦いに勝利し、俺は竜人達を動かす前に休息を取らせることにした。

 休むということも重要だからな。

 今頃竜人達はどんちゃん騒ぎをしているに違いない。

 酒の飲めないアリアを気遣い、どう時間を潰すか考えていたら二人で外に出ないかと誘われてしまった。


 俺も今日は何もする気は無かったので、彼女のお誘いを受けることにした。

 で、二人で陣を出て外を歩いているのだ。

 だがここは湿地帯であり、しかも雨期ということもあり湖と見間違うほどの沼があちこちに点在している。

 ピクニック向きの場所ではないよな。


 だがアリアはそんなことを気にする素振りを見せず、鼻歌交じりで俺の先を歩く。


「ふんふふーん。あ! あった!」


 アリアはバシャバシャと泥を跳ね上げ走っていく。

 彼女の向かう先には小高い丘があり、その頂上には大樹が生えている。

 あそこなら地面も乾いてそうだ。

 俺もアリアの後を追う。


「ふぅ、疲れたな」

「ふふ、先生ったらおじさんなんだから。お腹空いてませんか? 準備しますね!」


 今日はアリアがもてなしてくれるんだったな。

 それじゃお言葉に甘えるか。

 アリアは水魔法を使いポットでお湯を沸かし始める。

 俺は鞄から敷布を取り出し、その上に座って待つことにした。


 少しすると嗅ぎ慣れたいい香りが…… 

 コーヒーだな。

 アリアはカップに入ったコーヒーを差し出してくれる。


「どうぞ!」

「ありがとな」


 カップを受け取り一口飲むと…… 

 ちょっと薄いな。

 もう少し濃い方が好みだがここでは無粋な事は言うまい。


「美味いよ。淹れるのが上手くなったな」

「ほんとですか!? ふふ、これからは私が先生のコーヒーを淹れてあげますからね! それとお腹空いてませんか? サンドイッチ作ってきました!」


 アリアは鞄の中から包みを取り出す。

 そこには定番ともいえるハムと葉野菜を挟んだサンドイッチが。

 なるほど、これでザ・ピクニックだな。

 二人でコーヒー片手にサンドイッチを頬張る。


 葉野菜のシャクシャクした歯ざわりが心地よい。

 特に際立った美味さは無いが、こういった場所で食べる料理ってどうしてこんなに美味く感じるのだろう。


「んふふ、美味し」

「そうだな。アリアは意外と料理上手なんだな。いいお嫁さんになるぞ」


「ほ、ほんとですか! そ、それじゃこれからもがんばっちゃおうかな……」


 また顔と耳が真っ赤になる。

 こういった仕草は見ていてとてもかわいいと思う。

 アリアは意外と男殺しだな。


 アリアはサキュバスの特性を受け継いでると聞く。

 本人は曰く、受け継いでるのは角だけだと言ったが、時々本気で可愛いと思ってしまう自分がいる。


 それにしてもサキュバスか…… 

 前に訪れた世界ではえらい目に会った。

 男の精を吸って生きるというのは本当で俺も危うく捕まりかけたんだよね。

 嫌な思い出だ。


 そんなことを考えつつ、二人で何気ない会話を楽しみながら遅めの昼食を終える。

 お腹も満足し、大樹に背を預けゆっくりした時間を過ごす。


 丘から見る景色はとても綺麗だった。

 実際歩いてみるとそうは思わなかったが、地面が夕焼けのオレンジ色の光を反射し、幻想的な雰囲気を醸し出す。


「わぁ…… 先生、見てください」

「あぁ。綺麗だな。それにしてもよくこんな場所知ってたな」


「ふふ、ベルンドさんから聞いたんです。ここは竜人族のデートスポットなんですって。ベルンドさんもここで奥さんにプロポーズしたって言ってました!」


 へぇ? トカゲのくせにやるじゃないか。

 脳筋そうに見えて意外とロマンチストなんだな。

 今度からかってやろ。


 その後も景色を眺めつつ、くだらない話をする。

 というよりアリアから質問攻めにされた。

 かみさんの話もリクエストされたのでもう一度話すことに。

 あまりいい思い出ではないので、話したくなかったのだが、不思議と話しても胸が痛まなかった。


 アリアはポヤーっとした顔で話を聞いている。


「はぁ…… ほんと素敵な話…… いいなー、私もそんな恋がしたいなぁ」

「ははは、アリアにだっていつか恋人が出来るさ。出会いなんてどこに転がってるか分からない。それに気付かないだけかもよ」


「き、気付いてるもん……」


 小声で言いつつ俺をチラチラ見てくる。

 うぅ…… その顔は止めなさい。

 俺だって男だぞ。

 ちょっと気持ちが揺らいでしまうではないか。


 これはいかんぞ。

 これ以上いい雰囲気になっては。

 アリアの想いに応えたい気持ちはある。

 だが今はその時ではない。

 

 まずはこの世界を魔女王の手から救い出すことが先決だ。

 それに彼女には選択の自由がある。

 この先俺より好きな男を見つけることもあるかもしれない。

 だがその時までに俺が彼女に下手に手を出してしまえば、望まぬ不老長寿を与えてしまうことになる。


 それは避けねばならない。

 俺が恋愛に慎重なのはそれが理由だ。


「そ、そろそろ帰ろうか! もうすぐ日が沈むぞ!」


 これ以上はまずいと思った俺は帰るよう提案するのだが……


「も、もうちょっと待ってください! もうすぐ出てくるはずなんです!」


 出てくる? 何がだろうか? 

 むしろ夜になると魔物が出てくる可能性があり危険なのだが。

 まぁタイマンだったら大抵の魔物は退治出来るしな。

 アリアのリクエストに応え、俺は日が沈むまでその場に留まる。


 そして日が沈み辺りが暗闇に包まれる。

 これから何が出てくるのか?


 ポゥッ


 ん? 目の前に光が。鬼火か? 

 いや違うな。これは……


「出た…… ほんとだったんだ……」

「この光…… なるほどね」


 ポゥッ ポゥッ ポゥッ


 光は地面から現れ、宙を舞う。

 この光は蛍だな。

 蛍は次々に飛び立ち、俺達がいる大樹に集まってくる。

 すごいな。

 まるでイルミネーションを付けたクリスマスツリーだ。

 俺とアリアはこの幻想的な光景に見入ってしまった。


「綺麗……」


 そう言ってアリアは頭を俺の肩に預けてくる。

 雰囲気に流される訳にはいかん。

 だが何もしないというのは無粋だろう。

 俺はアリアの肩に手を回す。


 今日はこれだけで勘弁してな。


「先生?」

「アリア、ありがとな。でもそろそろ戻ろうか。もう遅いからな」


「はい。で、でも…… ううん、言います! あの、手を繋いでもいいですか?」


 ははは! かわいいリクエストだことで! 

 それくらいなら問題無いよ。

 俺をアリアは帰る支度を整え、手を繋いで帰路につく。  

 あまり話はしなかった。気持ちは伝わってるからだ。


「先生。ううん、タ、タケオさん……」

 

 アリアが俺の名を呼ぶ。

 駄目だよアリア。その先は言ってはいけない。

 だから俺は言葉を被せる。


「また来ような!」

「は、はい!」


 ギュッと手を握ってくる。

 ここから先は全てを終わらせてからな。

 その時までにお互いの気持ちが決まっていたら…… 

 ふふ、その時はその時さ。


 俺達は竜人達がいる自陣に戻ってきた。

 明日も休日だが、長老達と今後の話し合いがあるので早々に休むことにした。


 ベッドに入るとアリアの声が。


「タ、タケオさん、おやすみなさい……」

「おやすみ」


 久しぶりに幸せな気分で眠りにつくことが出来た。

 アリア、今日は楽しかったよ。

 ありがとな。

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