第30話 休日 其の一
魔女王の軍勢との初戦を終え、俺達は双子沼の南にある自陣に帰ってきた。
今日で二日が経つ。
もうすぐ動きがあるはずだ。
俺とアリアは自陣内にある、専用天幕の中でゴロゴロしている。
周辺警戒は竜人達にお願いしてあるのでやることが無いのだ。
喉が渇いたので外に出てお湯を沸かす。
幸いなことにこの世界にもコーヒー豆はあった。
だが竜人達はコーヒー豆を飲み物として認識しておらず、生のままポリポリと食べるのみだ。
美味しいのかそれ?
俺はきちんと焙煎した豆を潰してコーヒーを淹れる。
辺りに香ばしい香りが漂う。嬉しいな。
これでしばらくコーヒーに困ることはないぞ。
二人分のコーヒーも淹れてから天幕に戻るとアリアはベッドに横になって天井をぼんやり眺めていた。
「アリア、飲むか?」
「え……? は、はい、いただきます! って、熱い!」
そりゃホットコーヒーを一気飲めすれば熱いだろ。
何してんだ?
「ふぇ~。火傷しちゃいました~」
「しょうがないな……」
俺は気功でアリアの火傷を治す。
まったく何してんだか。でも少し心配だな。
アリアはここに戻ってきてからボーっとすることが多くなった。
話しかけてもうわの空だったり、何も無いところで転んだり。
しょうがないのかもしれん。
先の戦いはアリアのデビュー戦だ。
勝利したとはいえ、己の手で他者の命を絶つのは初めての経験だろう。
俺も初めて敵を殺した時は落ち込んだっけな。
今後アリアは今まで以上の戦いに身を投じることになる。
この程度で音をあげられたらやっていけない。
ここは師匠として厳しめに接するべきか?
「アリア……?」「先生……?」
こ、言葉が被った。
アリアは何か言いたげにこちらを見ている。
何故か顔が真っ赤なのだが。
「せ、先生。あのですね……」
アリアが口を開いた次の瞬間、突如天幕に誰かが入ってくる!
「タケ! 動きがあった! 至急長老の天幕に来てくれ!」
「ベルンド? 分かった! アリア、行くぞ!」
「は、はい!」
奴等、とうとう動いたか。
一応戦える準備をして長老達が待つ天幕に向かう。
シバ率いる長老連中が俺達が来るのを待っていた。
「来たか。座ってくれ」
「あぁ。それじゃ聞かせてくれ」
俺達は用意された椅子に腰かけると、飛竜族の長老であるロロが報告を開始する。
「では始める。先程魔女王軍は陣を捨て、北に向かった。上空から見た限りでは陣の中に残っている兵士はいない」
よし! 予想通りだ!
だがまだ安心出来ない。
今度は俺から説明を求める。
次はワニ竜人のウルキだ。
「補給線の破壊だが、結果はどうだ?」
「グルルルル、聞くまでもない。全て燃やし尽くした。街道も可能な限り破壊してきたぞ。また攻めてきてもあの街道は使えない。物資を運ぶには船を使うか、道を新しく作るしかない」
そうか。
今は雨期らしいからあちこちに沼が出来ている。
魔女王達は竜人の中に水中戦が得意な水竜族がいることを先の戦いで知っているはずだ。
あえてこちらが得意とする水路を使うことはないだろう。
最後に長老達をまとめるシバが提案してきた。
「グルルル。タケよ。これは好機だぞ。今から追撃すれば奴等を殲滅出来るかもしれん。我らはいつでも戦う準備は出来ている。どうだ? 魔女王を……」
「すまんがそこまでだ。言っただろ? 俺達の勝利は奴等をこの国から追い出すこと。それ以上は求めない」
「ふん…… その甘さが後の禍根にならなければよいのだが……」
「分かってるよ。で、これからの話をする。敵はこの国から出ていく。だがこのまま放っておいたらまた攻めてくるだろう。だから俺達も移動するぞ。拠点を北に移す。国境付近に陣を構えるぞ」
今度は攻めてきてもそう簡単に侵攻出来ないよう、強固な陣を作る必要がある。
後ろを気にしなくていいだけで、戦力を前に集中させることが出来るしな。
だがすぐに動くことは出来ない。
俺達は別として竜人達は戦いにより疲弊している。
「今から二日間の休息を兵に取らせてくれ。その間俺達は今後の方針を決める」
「むぅ…… 分かった。悔しいがどうやらお前は私達より賢い。それに人並み外れた武力も持ち合わせている。勇者には逆らえんな」
「勇者って…… そんな柄じゃねえよ。それじゃ今日は俺達も休ませてもらう。明日また来るよ。兵士達に勝利宣言をしておいてくれ。でも羽目を外し過ぎるなよとも伝えておいてくれよ」
「ぐははは。分かった。今日は美味い酒が飲めそうだ!」
俺とアリアは二人で天幕に戻る。
中に入ったところで角笛の音が聞こえてきた。
その直後、大歓声が上がる。
「おぉぉー! 勝った! 俺達は勝ったんだ!」
「信じられん! 敵はあんな大軍勢だったのに!」
「大地の女神を! 感謝します!」
大歓声だ。
勝って兜の緒を締めよという言葉もあるが、今日ぐらいは勝利の美酒に酔いしれてもいいだろう。
俺はどうするかな。
正直大勢がいるところで騒ぐのは好きじゃない。
飲むならゆっくり一人で飲むのが好きだ。
会社の飲み会も適当な理由をつけて断ってきたしな。
アリアはどうなんだろ?
みんなで楽しみたいかな?
なら付き合ってやらんでもない。
「俺達も飲むか?」
「え? わ、私お酒飲めないんです。なんか苦手で……」
そうなのか。
そういえばこの世界の成人って何歳からなのかな?
定義は様々で年齢で区切る世界が多かったかな。
家長が許可が必要だったり、家畜を一定数持てるようになったら成人という世界もあった。
アリアの話ではこの世界では酒を飲むのに年齢制限はないらしい。
だがアリアのようにアルコールに耐性の無い者もいる。
なら無理に飲ませる必要も無い。
「あ、あの…… もしよかったらなんですが…… わ、私にご褒美をくれませんか?」
アリアがもじもじしながら顔を赤らめている。
ご褒美? そういえば兵糧庫を襲撃する前に言ってたな。
「ラーメンかカレーが食べたいんだっけ?」
「それも嬉しいけど…… 違います! あ、あの…… 二人で出かけませんか?」
言い終わった後、耳も真っ赤になる。
初心だねぇ…… この子の好意は分かっている。
それを弄ぶ気は無い。
真摯に向き合うつもりだが、アリアはまだ若い。
今後他の誰かを好きになるという可能性もある。
それに俺を一緒になるということは強制的に不老長寿になるというリスクもある。
だからこそ俺は慎重にならざるを得ない。
だけど今日くらい彼女の期待に応えてもいいだろう。
「いいよ。それじゃ何か摘まめる物を貰ってくる」
「だ、駄目です! 私が行ってきます! 先生は大人しくしててください!」
アリアは天幕を出ていった。
これってデートになるのか?
でもここら辺で遊べるような場所なんてあったかな?
辺りは湿原で沼だらけだし。
まぁいいか! 今日はアリアと二人で楽しもう!
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