第29話 戦い 其の四

 カラン ガラガラッ


 うぅ…… 何がどうなったんだ? 

 突然爆発が起きたと思ったら、地面に叩きつけられて……


 痛む体を起こして辺りを見渡すが、そこにあるのは瓦礫と俺に襲いかかった兵士の死体だ。

 俺が入っていた医療倉庫は半壊しており、兵糧庫は影も形も無くなっている。


 そ、そうだ! 

 兵糧庫にはアリアがいたはず! 

 あの爆発に巻き込まれたとしたら!? 

 俺は兵糧庫があった場所に向かう!?


 ズキィッ


 うげっ!? 胸が痛む…… 

 息が苦しい。片方肺が潰れてるだろう。

 肋骨も何本か折れてるだろうな。

 仕方ない。オドを練ってから……


【自己治癒 体内時間加速!】


 キュゥゥンッ


 能力を発動。息苦しさは消えて、負った傷も消えていく。

 これでよし。さぁ急がないと! 

 アリアを見つけるんだ!


「アリア! アリアー!」


 彼女の名前を呼びながら瓦礫をどかしていく。

 急げ! グズグズしてたら騒ぎを聞きつけた兵士がやってくるはずだ!


「う……」


 瓦礫の下から声がする!? 無事でいてくれ! 

 瓦礫をどかし続けていくと、何故か厚い氷の塊がアリアを守るように囲っている。


 そうか、爆発系の魔法を使ったんだな。

 アリアは自分の身を守るために防御魔法も発動したんだ。

 だが威力が高すぎたみたいだな。

 あちこち切り傷だらけだ。


「今治してやるからな……」


 気功を発動し、アリアに手を触れようとするが……


 カーン カーン カーン


 また警鐘!? 音が近い! 

 まずいな。もうすぐ大勢がここにやってくるはずだ。

 俺は意識の無いアリアを背負いその場を離れる。


 テントの影に隠れながら陣の中を進む。

 脱出ルートは南と北の二つ。

 だが南は竜人と魔女王の兵士がぶつかりあっているはず。

 大勢の敵兵を掻い潜っては逃げられないだろう。


 なら北だな。

 北は水竜族が奇襲をかけてはいるが、敵をあくまで混乱させることを目的とした奇襲だ。

 警戒はしているだろうが、南よりは脱出しやすいはず。


「行くぞ……」

「…………」


 俺は隠れながら陣を進む。

 道中巡回している兵や、援軍に向かう部隊に見つかりそうになりながらも何とか北門に到着するが……


「警戒せよ! またトカゲが襲ってくるかもしれん!」

「はっ!」


 やはり北門にも兵士がいる。

 くそ、千人はいるか? 

 手負いのアリアを背負っていては戦えない。

 ここで回復するのも手だが、傷を治しても意識を取り戻さない可能性もある。


 ならMPの消費は最低限に留めておきたい。

 ここを突破するには…… しょうがないな。

 もうバレてもいいだろ。どうせ逃げるだけだ。


 アリアを下ろす。


「ごめんな、すぐに終わる。ちょっと待っててくれ」

「ん……」


 相変わらず気絶したままだが、返事をしてくれたように思えた。


 アリアのためにも無事に脱出しないとな。


 俺は立ち上がり、体内でオドを練り始める。


 発動するのは魔銃だ。

 この能力は地球に存在する火器を産み出すことが出来る。 

 発射する弾丸は俺の魔力で具現化したものだ。


 ここで有効なのは…… あれだな。


【魔銃 グレネードランチャー!】


 ジャキンッ


 ズシリとした感触。

 俺の手には回転式弾装のグレネードランチャーが握られていた。

 これは威力は高いが着弾と同時に轟音を発する。

 俺の戦い方には合わないのであまり使ったことはない。


 だが敵を一網打尽にするにはこれだろう。

 エイムを気にすることなく適当に撃っているだけでも充分に戦える。


 幸い敵の注意は外に向いている。

 俺は兵士達の背中に照準を合わせて……


 ポンッ


 火器から発射されたとは思えないマヌケな音が響きわたる。

 オドの擲弾は放物線を描いて飛んでいく。

 そして……


 ドゴォォォオーンッ


 着弾! 

 命中した場所が大きな爆炎を上げる!


「ぎゃあー!?」

「な、なんだ!? 敵襲!?」


 兵士達は混乱しつつも、警戒を強める。

 でもな。


「もう遅いよ!」


 ポンッ ポンッ ポンッ ポンッ


 グレネードランチャーを連射! 

 この武器は大量のMPを消費するから少々使い辛い。

 だがこういった場面では真価を発揮する。


 ズゴォォォーンッ


 構えた敵兵士が爆風を受け、木の葉のように空を舞う。

 全滅とはいかんが、まともに動ける兵士はいなくなったな。


 なら後は逃げるだけだ!

 俺は急ぎアリアを背負い、呻き声をあげる兵士の中を突っ切る! 


「何が起きたー!?」

「北門に向かえ!」


 陣の中から声がする! 

 更に増援を送ってくるのだろう。

 だが俺は既に敵陣の外にいる。

 後は追っ手から逃げるため、後ろを振り向かず走り続けた。



◇◆◇



「はぁはぁ……」


 どれくらい走ったのだろう。

 先程まで聞こえていた木々が燃える音、兵士の声が聞こえない。

 逃げ切ったか? 

 後ろを振り向くとかなり遠くまで逃げてきたのが分かる。

 陣の中から立ち上る炎と煙が夜空を赤く染め上げていた。


「勝ったな」


 一連の戦いで死んだ魔女王軍の兵士は数百人程度だろう。

 被害は無いに等しい。

 だが兵糧は全て潰し、補給線も絶ったはずだ。


 食い物が無ければ三日も、もたないだろう。

 後は守りながら待つだけだ。


 さて自陣に戻るか。

 とはいえ、ここから味方がいる双子沼の南に向かうには沼の周りを歩いて行くしかない。

 って、改めて見るとほんとでかい沼だな。

 湖といっても過言ではない。


 沼の岸を歩いて戻るとなると何日かかるやら。


「ん……? ここは……?」


 アリア? 目覚めたか。

 しまった、回復するのを忘れてた。

 早く治してあげないと。


 ゆっくりとアリアを地面に寝かせる。

 深い傷は無いみたいだが、あちこち傷だらけだ。


「いたたた……」

「大丈夫か? 今治してやるからな」


 俺は体内のオドを使い、気功を発動する。

 手が触れた箇所から優しい光が溢れ、傷を癒していく。


「傷が…… ふふ、やっぱりタケ先生の魔法ってすごいですね」

「そうか? まぁ水魔法でも回復出来るけど、治りが遅いしな。そう思うのかもしれないな」


 水魔法での回復は傷口に絆創膏を貼るみたいなものだ。

 回復作用がある水が傷口に付着して回復速度を上げるだけだ。

 一方俺の気功はほぼ一瞬で傷を癒す。


 俺の気功によりアリアは回復した。

 もう大丈夫だろう。


「先生、戦いは終わったんですか?」

「あぁ。アリアのおかげだ。良くやったな」


 実際この子は頑張った。

 初めての戦いだというのに、目的である兵糧の破壊をやり遂げた。

 本当はもう少し手こずると思ったんだがな。


「後は待っていれば敵はこの国から出ていくよ。この付近で採れる食糧は無いし、補給線も絶っているはずだ」

「そうですか…… わ、私達勝てたんですね! やった! 勝ちました!」

 

 ガバッ


 うわっ!? アリアが飛びついてきた! 

 彼女は嬉しそうに俺の胸に顔を埋める。

 うーむ、どうするか。

 彼女の気持ちは知っている。

 だがそれに応えるにはまだ早いだろう。

 彼女には選択する自由があるし、俺自身まだ迷いがある。


 だから言葉にせず、彼女の頭に手を置き、優しく撫でる。


「そうだな…… 俺達の勝ちだ。でも奴等がこの国から撤退するまで少し時間がある。竜人達のところに戻ろう。また奴等が襲いかかってくる可能性があるからな」


 食糧が無い状況で戦いを続けることを選ぶとは思えない。

 だがよっぽど無能な将が率いているなら別だ。

 最後まで油断は出来ない。


「さぁ戻ろうか!」

「はい! で、でもここから遠いですよね? 歩いて帰るんですか?」


 それしかないだろうな…… 

 待っていても迎えが来るわけでもないし。


 ガサッ


 この音は……? 


「アリア……」「はい……」


 近くに誰かいる。

 俺達は警戒モードに入る。

 まさか追っ手が? 

 振り切ったと思ったのに。


 だが俺達の前に現れたのは水竜族だった。

 よ、よかった。仲間に会えたか。

 俺とアリアは武器を下ろし、ワニ顔の水竜族に話しかけようとするが……


 チャキッ


「グルルルル……」


 俺達に槍を向ける。

 それによく見ればこいつも肩から血を流している。

 奇襲を仕掛ける内に傷を負い、仲間からはぐれたのだろうか?


「お、落ち着け。俺だ。タケだ!」

「グルルルル…… 人族め。我が盟友の名を語るか!?」


 しまった! 

 こいつら人の顔の区別がつかないんだった! 

 俺とアリアを間違えるくらいだしな。 


 どうするかな。

 水竜はかなり興奮しているようだ。

 こいつの誤解を解くにはどうするか…… 

 そうだ!


「長老の名前はシバ、ロロ、ウルキ! で、御子の名前はルネ! 里の警備をしてるのはベルンド!」

「き、貴様! どうしてそれを! まさか密偵か!?」


「違うって! だから俺はタケだって言ってるだろ!」

「そ、そうなのか? どれどれ……?」


 水竜は俺に近付き、鼻をフガフガさせながら俺の匂いを嗅ぐ。

 こうでもしないと分からないんかい。


「こ、この匂いは!? 間違いなくタケ様! し、失礼しました!」


 ようやく分かってくれたか。

 そうだ! こいつ、俺達を乗せてってくれないかな? 

 水竜の固有能力で高速泳法ってのがあったはずだ。


「すまんが俺達を陣に連れてってくれないか?」

「もちろんです! さぁ後ろに乗って下さい!」


 水竜はザバザバと沼に入る。

 俺達がその背中に乗ると風のような速さで泳ぎ始めた。


「うぉっ!?」

「きゃあっ!?」


 後ろに乗るアリアがきつく俺の腰に抱きつく。

 しばらくすると、水平線の彼方に灯りが見えてくる。


 よかった。無事に戻ってこれたな。

 俺もアリアも大した怪我を負わずに目的を達成出来た。


 魔女王との初戦は俺達の勝ちだな!

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