第28話 戦い 其の三

 ゴォー パチパチ


「手の空いている者は北門の消火に向かえ!」

「痛ぇー! 誰か手を貸してくれー!」

「街道からトカゲが来る! 迎撃せよ!」


 指示、悲鳴、轟音と様々な音がする。

 魔女王の軍勢は混乱に陥っているようだ。


 俺とアリアは奴等に見つからないよう、テントの影に隠れて辺りを伺う。


「先生…… 食糧庫ってどこにあるんですか……?」

「分からん。飛竜の話では倉庫が東に二つ、西に一つだ。一つずつしらみ潰しに探していくしかないな」


 上空からだと建物の数しか見えず、中に何があるのか分からない。

 全てを焼くというのも一つの手だが、警戒度が増してしまう。俺達が見つかりやすくなる。


 被害を与えるなら食糧庫のみに絞るのが賢明だ。

 兵站というのは食糧だけではない。

 武器や医療品も含まれる。

 それを潰すのも大事だが短期決戦を狙うなら食糧を奪うのが一番効率がいい。


「まずは東だ。行くぞ……」

「はい……」


 テントや櫓の影に隠れて陣の中を進む。

 俺達の前を兵士達が駆け抜けていく!


「急げ! 北門に救援に向かう前に矢を補充するんだ!」

「トカゲ共め! 串刺しにしてやる!」


 ザッザッザッザッ……


 行ったか…… 

 ふぅ。いくら変装しているとはいえ、やはり緊張するな。

 兵士達は西に向かっていく。

 矢を補充するって言ってたな? 

 つまり西にあるのは兵器庫ってことだろう。


 なら恐らく東にある倉庫のどちらかが食糧庫だ。

 良かった。これで作戦成功率が上がったな。


 それにしてもかなり広い。

 斥候の話では魔女王の軍勢は二十万を超えるだろうと言っていた。


 補給線を駐在する兵士、斥候部隊等を除いても本隊であるここには十万はいるのだろう。

 もしこいつらが俺達には気付いたら……


 死なないにしてもアリアを守りながら戦うことは出来ない。

 逃げるしかないだろう。

 だが食糧を潰さなければ、俺達は負ける。

 叩くなら今しかないんだ。


「先生、あれ……」

「あぁ。着いたな……」


 目の前にあるのは倉庫が二つ。

 倉庫の中に繋がるであろう扉の前には見張りの兵士が四人ずつ。

 不味いな。一つずつ倉庫の中を確認しようと思ったが、片方の見張りを殺せば気付かれる。


 同時に襲いかかるしかないか……


「アリア、二手に分かれる。右の倉庫だ。行けるか?」

「え? せ、先生は一緒じゃないんですか?」


 不安そうな顔をする。

 アリアにとって初めての戦いだからな。

 不安なのは分かる。出来るなら共に行動してやりたい。


「大丈夫だ。お前なら出来る。見張りはお前より強くはない。新手が来る前に倒すんだ。やれるな?」

「自信ないですぅ……」


 おいおい、せっかく鍛えてやったというのに。

 今のアリアの力は一流、いやそれ以上だ。

 正面からぶつかって彼女に勝てる者は少ないだろう。


 四人程度の相手なら音も無く倒せるはずだ。

 だが初めての実戦ということもあり、かなり緊張している。


 しょうがないな…… 


「アリア、この戦いに勝ったらラーメンを作ってやる」

「ラーメンですか? ご、ご褒美ならもっと違うものがいいんですけど……」


「なに? カレーの方が良かった?」

「先生…… 確かに先生の料理は食べたいですけど…… なら私の言うことを聞いてくれませんか?」


 願いを叶えろってこと? 

 何を言われるか少し怖い気もするが、作戦成功にはアリアの力が必要だ。

 なら俺の答えは一つ。


「いいよ」

「言いましたね! よし! 私頑張りま……!? むぐっ!?」


 慌ててアリアの口を手で塞ぐ! 

 ちょっと、声大きいって!


「むー」

「全く…… はは、でもやれそうだな。頑張れよ」

「はい…… 先生も気を付けて……」


 俺とアリアは二手に分かれる。

 俺は左の担当だ。

 入ったら中に何があろうとも破壊し、外で合流する。

 そして一気に陣の外を目指す。


 二つの倉庫は隣り合ってはいるが、かなり大きな建物だ。

 何かあっても援護出来る距離ではない。

 グズグズしてると巡回している兵士に見つかってしまう。


 お互い声が聞こえないであろう位置に着く。

 声は聞こえないだろうが、目が合った。


「…………」


 アリアは頷いた。準備はいいみたいだな。

 それじゃ行くぞ。

 三…… 二…… 一……


 パスッ ドサッ パスッ バタッ パスッ ドサッ パスッ ドサッ


 魔銃ハンドキャノンからオドの弾丸が発射される。

 威力を限りなく落としたことで、発射音が出ないようにしてあるのだ。


 俺の弾丸はいずれも顔面に命中。

 兵士は悲鳴を上げることなく、地面に倒れる。


 ダッ


 俺は走る! 

 今なら巡回している者はいない! 


 ドサッ 


 ふと右の倉庫を見ると、見張りの兵士がアリアの魔法を脳天に受け、頭が弾け飛んでいた。


 バンッ ガチャッ


 ふぅ…… 侵入成功。

 扉を開け、倉庫内に入り鍵をかける。

 中にあるのは…… 包帯やポーション。

 くそ、この倉庫にあるのは医療品か。

 外れだな。


 もう一つの倉庫に向かうか? 

 俺は急ぎ外に向かう……前に、外から鐘の音が聞こえてくる。


 カーン カーン カーン


 警鐘か? 次に聞こえて来るのは足音だ。

 くそ、気付かれたか?

 

 グズグズしていたら両方の倉庫が囲まれる。

 ならば!


 バァンッ


 俺は外に出る! 

 目の前には数十人の敵兵士。

 この数なら相手に出来るな。

 兵士は俺に槍を向け身構える。

 よし、俺に注意が向いたな。


「何者だ!? 氏名と部隊名を答えろ!」

「俺か? そうだな…… 魔女王暗殺部隊の名無しだよ」


 ガチャッ


 着ていた甲冑を外す。

 甲冑の胸元に紋章がついていたので、乱暴に足蹴にする。


「き、貴様は…… 我が軍の兵ではないな!? 殺せ! 人族でありながらルカ様に弓引く大罪人め!」

「へぇ? 魔女王の名前はルカって言うのか。中々可愛い名前だな」


「死ね!」


 同時に二人の兵士が襲いかかる。

 槍が俺の胸に。剣が俺の肩に。

 そんな攻撃が当たるか。


 ドシュッ カンッ


 棍で槍の軌道を反らす。

 そのまま……


 ベキィッ


「うぎゃあっ!?」


 石突きで顎を砕いてやった。

 兵士は口から血を吐いて地面に倒れる。


「死ね!」


 今度は剣を手にした兵士が斬りかかる。

 石突きで攻撃したんだ。

 俺の胴はがら空きになっている。

 普通はそう思うだろうな。


「アホが」


 ブンッ グチャッ


「…………」


 ドサッ


 兵士の脳天に棍を振り下ろす。

 頭を砕かれ、兵士は動かなくなった。

 棍ってのは刃が無い分、攻撃力は低いように思われがちだ。

 だが刃が無いということは棍のどこをとっても武器になる。

 突き、払い、打ちと攻撃も多彩だ。


 俺はクルクルと棍を回し、地面に突き立てる!


 ドスッ


「どうした! 俺を殺すんじゃなかったのか!? 全員でかかってこい!」

「ひ、怯むな! かかれー!」


 兵士が一斉に襲いかかってくる! 

 よし、狙い通り! 

 アリア、兵糧は頼んだ!

 

 俺が棍を構えた瞬間っ!


 ドゴォォォオーンッ


「うわぁっ!?」


 突如食糧庫が爆発を起こし、俺と兵士達は吹き飛ばされる!

 俺は地面に叩きつけられ、肺から全ての空気が出ていくのを感じた。


 な、何が起こった!? 

 そうだ! アリア!


 俺はフラフラと食糧庫があった場所に向かう。

 そこには……



◇◆◇



 バタンッ

 

 先生と別れ、私は一人倉庫の中に入る。

 中を調べようとするけど足が前に出ない。

 あれ? 足が震えてる……? 

 そ、そうだよね。私は強くなれた。

 先生が鍛えてくれたからだ。


 でも私の魔法で人が死ぬのを初めて見た。

 初級魔法の氷槍が敵の厚い甲冑を貫く。

 しかも四発同時に発射出来るなんて。


 強くなれたのは嬉しい。

 それに私が倒したのは憎むべき人族なんだ。

 気にしちゃだめ。

 だけど死んだ兵士の顔が目に焼き付いて……


「う……」


 吐き気をもよおすけど、我慢しなくちゃ。

 私にはやることがある。


 気を取り直して、倉庫の中を確認する。

 ここは…… 倉庫の中は木箱が多い。

 他には大きな麻袋が積まれている。

 麻袋を指で押してみると……


 クシャッ


 この手触りは…… 穀物かな? 

 中を見ると、麦がパンパンに入っている。

 ここは食糧庫だ! 

 な、なら先生がいるのは医療品の倉庫なのかな? 


 私一人でここにある食べ物をダメにすればいいの? 

 どうしようかな。火を付けてみようかな? 

 その時だ。外から音がして、兵士の声が聞こえてくる。


「何者だ!? 氏名と部隊名を答えろ!」

「俺か? そうだな…… 魔女王暗殺部隊の名無しだよ」


 先生の声だ! 

 兵士に見つかったの!? 

 私も外に…… ってダメ! 私は踏みとどまる。

 だって分かってしまったから。


 先生は自ら囮になってくれている。

 その間に食糧庫を破壊するんだ。


 外からは先生が棍を振る音がする。

 先生は強いけど、無敵ではないって言ってた。

 一騎当千という言葉があるけど、相手が万で来たら? 

 先生でも無事では済まない。


 なら私に出来ることは、ここを破壊して先生と一緒にここから逃げることだ。


 棍を構え、マナを取り込む…… 

 私が使えるのは水魔法。

 攻撃には向いていない。

 でも先生に教えてもらったことがある。


 水魔法を使った攻撃というのは産み出した水を凍らせて敵にぶつけるものが多い。

 氷弾、氷槍、体温を奪う氷霧なんてものもある。


 でも先生は言った。

 水を一気に気体にすれば大きな攻撃力を得られるはずだと。

 私にはあまり理解出来なかったけど、水が蒸発すると体積が増えるとかなんとか……


 試したことはないけど、先生が言ったんだもん。

 やってみよう!


 私は持てるMPをほとんど使うつもりで水を生成する!


 ピチョッ


 目の前には大きな水球が現れる。

 倉庫の半分を埋めるくらいの大きさの…… 

 先生に鍛えてもらったおかげで魔力が上がったのは知ってたけど、ここまで大量の水を産み出せるようになるなんて……


 ちょっと怖くなったので、自分の周りに氷の壁を作る。

 これで魔法が暴発しても大丈夫だよね。

 多分……


「どうした! 俺を殺すんじゃなかったのか!? 全員でかかってこい!」

「ひ、怯むな! かかれー!」


 更に声が! 

 い、急がなくちゃ! 

 イメージする! 

 目の前の水が一気に気体になる! 

 それを魔力に変換、そして水球に送る!


 シュンッ ジュワワワッ


 あ、あれ? なんか水球が泡立ってる? 

 こ、これ大丈夫かな?


 ジュワッ


 水球が大きくなったのは覚えてる。

 でも次の瞬間、目の前が真っ白になった。


 次に目が覚めた時は先生が私を抱えて、外を走っていた。

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