第32話 新しい地へ

 ペロペロ


 う…… な、なんだ? 

 何かが俺の顔を舐めている。

 確か昨夜はアリアとのデートから戻ってきてすぐに寝たはずなんだが。


 ま、まさかアリアが俺の顔を!? 

 いかんぞ。彼女の気持ちは知っているが、いきなりそんな積極的にアプローチされても。


「止めてくれ……」

「キュー」


 ペロペロペロペロ


 アリアはキューキュー言いながら俺の顔を再び舐める。

 って、キューキュー? 

 この声は…… ゆっくり目を開けるとそこには……


「キュー!」

「うわぁっ!」


 驚いた! 目の前にいたのはアリアではない。

 ルネかと思ったが違う。

 ドラゴンだ。

 俺より何倍も大きな体を持ったドラゴンが俺の顔を舐めていたのだ。


 魔物か!? 俺は咄嗟に魔銃を発動する!


【魔銃! ハンドキャノン!】

 

 ジャキンッ


 銃口をドラゴンに向けるが…… 

 ドラゴンは怯むことなく俺に寄ってくる。


「キュー」

「…………」


 そして俺の顔を再びペロペロと。

 い、一体何なんだ?


「ふぁー…… 先生、どうしたんで…… きゃー! ま、魔物がー!」


 起きてきたアリアが悲鳴を上げる! 

 そりゃそうだ。起きたらドラゴンがいるんだもの。

 だがこのドラゴンからは敵意を感じられない。

 むしろ俺達に好意を抱いているかのようだ。


「キュー!」

「きゃー! こっち来ないでー! 先生助けてー!」


 次にドラゴンはアリアに飛び付き、ペロペロとアリアを舐め始める。

 これはどういうことだ? 

 疑問に思っていると、頭の中に声が響く。


(タケー、会いたかったのー。アリアー、寂しかったのー)


 これは……? 経路パスだ。

 ルネが近くにいるのか? 

 だがこの天幕の中にいるのは俺達とドラゴンだけ。


(ここにいるのー)


 ドラゴンが振り向く。

 も、もしかして…… ルネなのか?


(そうなのー)


 キュゥゥンッ


 ドラゴンの体が光る! 

 そして現れたのは……


「キュー」


 ルネだった。

 いつも通り可愛い姿のルネがそこにいた。


「な、何があった!? って、御子様!?」


 騒ぎを聞きつけたベルンドが天幕に入ってくる。

 こいつもルネがいることに驚いているみたいだ。

 取り合えず話を聞かねば。


 まずはルネに舐め回され、涎まみれになったアリアを起こしてからだな。



◇◆◇



「うぇー。まだ臭いよぅ……」


 そりゃあれだけ舐められたらな。

 アリアは涙目で体を擦っている。

 舐めたルネは俺の膝の上でご満悦だ。

 だが見た目はほとんど人族のルネがドラゴンに?


 ここは関係者に話を聞くのが早いだろう。ちょうどベルンドもいるしな。


「お前達って変身出来るのか?」

「私達では無理だ。変化出来るのは特別な力を持った者だけ。竜神族固有の能力だな」


 ルネにはそんな力があったのか。

 そう言えばルネの母親は魔女王との戦ってたんだよな。

 ブレスで奴等を焼き殺してたとか。

 なんかおかしいと思ったんだ。

 だがこれで納得いった。


 ルネの母親たる女王は竜に変化して戦ったんだ。

 でもどうしてルネがここにいるんだ?


(寂しくなって来ちゃったのー)


 こら! 一人で抜け出したのか!? 

 まったく…… 危ないじゃないか。


(ごめんなさいなのー)


 泣くんじゃない。

 まぁ来てしまったものはしょうがない。

 幸い魔女王の軍はこの国から出て行きつつある。

 ここならルネが巻き込まれる心配は無いだろ。


「そ、そうだ! 御子様のことですっかり忘れてた。会議の準備が整った。長老様がお待ちだ」

「分かった。行くよ。ルネ、ここで待てるか?」

「キュー!」


 目をウルウルさせながらしがみつく。

 連れてけってことだよな……

 しょうがない。

 俺はルネを抱っこして長老達がいる天幕に向かうことにいた。


「先生、私は遠慮しておきます。もう少し体を拭かないと……」

「そうか。なら後で何を話したか教える。それじゃ」


 アリアは残るのか。

 しっかり体を拭くんだぞ。

 というわけでアリアには留守番をお願いすることに。

 長老達がいる天幕に入ると、俺達を見て驚いていた。

 無理もない。


「み、御子様!? なぜここに!?」

「ルネのことは後で話すよ。それじゃ始めようか」


 説明は後だ。少々強引に会議を始める。

 今日話すのは今後の方針についてだ。


「では最初に。俺達は明日には北上を開始する。陣を構えるのは国境付近だ。で、竜人達にやってもらいたいことがある」

「そのままヴィジマに攻めこまないのか?」


 と、ワニ顔のウルキが言う。違うって。


「魔女王達が再び攻めてきたら、もちろん戦ってもらう。だがそれではこちらにも被害がでるだろ。こちらが優位に戦えるよう堀を作ってくれ」

「堀とは?」


 堀というのは敵の侵入を防ぐための溝みたいなものだ。

 作るのは簡単で、しかも掘った土を利用して簡易的な城壁にもなる。

 敵の移動を制限するだけでもこちらは優位に戦うことが出来る。


 まるで万里の長城だな。

 完成までは相当時間がかかるだろうが、竜人の腕っぷしと魔法を駆使すれば何とかなるはずだ。


 長老をまとめるシバは納得したように相槌を打つ。


「なるほどな…… 堀があれば守り易く攻められ辛い。これで卑しき人族にこの地を踏ませんぞ! す、すまん。お前も人族だったな。謝罪する。で、お前達はどうするのだ?」

「はは、気にしてないさ。お前達にとって俺は仇の種族だからな。俺はそのままヴィジマに入る。たしかそこはエルフの国だったよな?」


 この世界は国によって種族の住み分けが出来ている。

 竜人達とは違った対応をしなくてはいけないだろう。


「ヴィジマか。タケよ、耳長は信用出来ん。奴等は己しか信じず、我らとは違い同じ種族にも関わらず肌の色でも差別があると聞く。一筋縄ではいかんぞ」

「差別ね…… どこの世界でもあることさ。だがそれは行かない理由にはならない。出発は明日だ。皆に伝えておいてくれ」


 俺は席を立つ。この国でやることは終わったからな。

 守りは竜人に任せていいだろ。


 再びルネを抱いて天幕に戻る。


(あのね、私も行きたいのー)


 駄目だよ。危ないからここで大人しくしてるんだ。


(大丈夫なのー。私強いんだよー)


 そりゃドラゴンだからな。

 だが幼いルネを戦場に連れていくことは……? 

 あれ? そういえばルネってどうやってここに来たんだ?


(走ってきたのー。すぐ着いたよ)


 マジ? 大人の足で二日かかったぞ。

 それをすぐって…… ちょっと迷うな……

 い、いや駄目だ! ルネを移動手段に使おうだなんて!


(お願いなの! タケの役に立ちたいの!)


 そう言われてもなぁ…… 

 俺の腕に抱かれるルネは目を潤ませながら見てくる。


「あのなルネ…… 危ないんだぞ? 俺はルネが好きだから連れていけないんだ」

「キュー…… パパ……」


 え? い、今なんて言った!?


(言葉を覚えたの。お願い、私も連れてって!)


 俺を父と慕ってくれているのか? 

 気持ちは嬉しい。

 だが人としてこんな小さい子を危ない目に会わせる訳には。

 長老達もそれを許さないだろう。


(大丈夫なのー。みんな私の言うことを聞いてくれるのー)


 そうなの? 

 どうやらルネは竜人族より一つ上の存在みたいだしな。

 逆らえないのかもしれない。ちょっと聞いてみるか。


 俺は再び長老がいる天幕を訪ねた。

 ロロとウルキはおらず、中にいるのはシバのみだ。


「おや? タケと御子様ではないか。どうしたのだ?」

「キュー!」


 ルネは俺の腕から飛び出て、シバに詰め寄る。


「み、御子様? い、いけません! 行ってはなりませんぞ!」

「キュー!」


 あれ? シバはルネの言ってることが分かるのか?


(そうなのー。竜人相手になら経路パスが使えるようになったのー)


 すごいな。

 限定的とはいえこんな幼い自分から能力を使えるようになったか。

 この子才能あるな。


 その後も焦るシバをキューキューと説得していく。

 どうやら話は終わったようだ。

 最終的にシバは諦めた模様。


「ぐぬぅ…… 分かりました。ですがお約束下さい。戦いが終わったらこの地を治めてもらいますぞ!」

「キュー!」


 話は終わったみたいだな。

 渋々ながらシバは納得してくれた。

 いや違うみたいだな。

 竜人はルネに本能的に逆らえないんだ。


 本当は大事な御子様だ。

 手元に置いておきたいだろう。

 シバは俺に協力してくれた恩人でもある。

 安心させてあげなくちゃ。


「シバ、ありがとう。ルネは無事にお前達に返す。約束するよ」

「むぅ…… 本来なら認めることなど出来ないのだが…… 仕方あるまい。タケよ、御子様を頼んだぞ」


 もちろんだとも。

 ルネは竜人にとって彼等を導く存在らしいからな。

 必ず守ってやるさ。


 ルネ、これから暫く一緒に旅をする。

 悪いんだけど俺達を乗せてってくれるか?


(はいなのー。タケの役に立てて嬉しいのー)


 でも危ないことはしちゃ駄目だからな。


 こうして旅の仲間にルネが加わることになった。

 移動が楽になりそうだ。

 なにより可愛いし、癒しになるだろう。


「シバ、俺達は明日先にヴィジマに向かう。ルネの背に乗れば速そうだしな」

「分かった。我らは後を追う。国境付近に着いたら堀を作るが、その後はどうするのだ?」


「ルネの経路で知らせるよ。まずは状況把握からだ」

「そうか。ではまた明日……」


 シバと別れアリアが待つ天幕に戻る。

 ようやく体を拭き終えたアリアが俺達を出迎えてくれた。


「お帰りなさい! もうルネったら。これからは舐めちゃ駄目よ!」

「キュー」


 伝わってないんだろな。

 ルネは笑顔でアリアの胸に飛び付く。


「ふふ、ルネは可愛いね。こんな妹がいたらなー…… でも明日からまたお別れだね。少し寂しいな……」


 アリアはルネが来ることを知らないんだった。

 教えてあげないと。俺は事の顛末をアリアに伝える。

 彼女は嬉しそうに、そして少し困った顔をして俺の話を聞いていた。


「そ、そうなんですか…… 私でルネを守れるかな?」

「それなら問題無いだろう。ドラゴンに変化したルネのステータスだがアリア並に強いはずだ。それに竜人の里から双子沼まで数時間で到着するだけの脚力もある。危ない時は逃げれば大丈夫だろ。幸い竜人達と経路が繋がっている。助けも呼べるはずだ」


 正直戦力としても頼りになる。

 移動手段としてもそうだが、経路を通じて竜人達と連絡が取れるのが何より大きい。


「アリア、ルネ、明日はこの国を出てエルフの国ヴィジマに向かう。恐らく魔女王軍もいるはずだ。バルル同様ヴィジマの民であるエルフを仲間に付ける。質問はあるか?」

「大丈夫です!」

「キュー!」


 問題無さそうだな。

 エルフの国か。一体どんなところなんだろうか。

 まぁ出来ることをするだけだ。


 俺達は久しぶりに三人の楽しい時間を過ごし、早めに床に就く。

 ルネは興奮して中々寝なかったけどね。


 

◇◆◇



 翌日、目を覚ますとアリアが先に起きて身支度を整えていた。


「ふぁー…… おはよ。早いんだな」

「ふふ、おはようございます。もう準備は出来てますよ!」


 それじゃ俺も準備するかね。

 服を着替えてルネを起こす。


「ほら、行くぞ。起きな」

「キュー……」


 眠そうに目をこすり、ルネが起きる。

 出発前にシバ達長老に挨拶しておくか。


 ルネを抱っこして外に出ると、既に長老達とベルンドがいた。


「おはよう。今からあんたらに会いに行こうと思ったんだがな」

「気遣いは無用だ。むしろ我らはお前に礼を尽くさねばならん。この国の救世主だからな」


 はは、勇者だの救世主だのと。

 そんなつもりは無いんだがね。


「挨拶に来てくれたならちょうどいい。俺達はヴィジマに向かう。ここで一旦お別れだ」

「あぁ。我らはお前達が去ったら進軍を開始する。お前の言った通り堀を作り防衛線をはるつもりだ」


「そうか。あんたらなら出来るさ。それじゃ行くよ。ルネ、頼む」

「キュー!」


 パアァッ


 ルネの体が眩しく光る! 

 そして現れたのは昨日見たドラゴンだった。


「キュー!」

「はは、分かったよ。それじゃ頼むぞ!」

「ルネ、お願いね!」


 俺とアリアはルネの背に乗る。


「タケよ、ヴィジマを頼んだぞ!」

「あぁ! 任せてくれ! それじゃあな!」


 長老に別れを告げると、ルネはキューと鳴いてから駆け出した。


 ルネは大地を飛ぶような速さで駆ける! 

 すごい速さだ! 馬とは比べ物にならない!


「きゃー! は、速すぎです!」

「しっかり掴まってろ! 振り落とされるなよ!」


 俺達は新しい国、ヴィジマに向かう。

 間違いなく魔女王の軍はいるだろう。

 バルル同様エルフ達も助けてあげないとな。


 走ること丸一日。

 地平線の彼方に見えてきたのは広大な森だ。

 まるでジャングルだな。ヴィジマは森の国か。


「ルネ! 森の入り口まで走れ!」

「キュー!」


 エルフの国か。

 そこではどんな戦いが待っているのだろうか?

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