第8話 修行 其の二

「はぁはぁ…… でもなんで急に腕立て伏せが出来るようになったんですか? タケさんのギフトの力ですか?」


 アリアは不思議そうに尋ねてくる。

 まぁ俺の力っちゃそうなんだがね。


「んー、まぁそんなとこ。でも実際体を動かしたのはアリアだからね。俺は君の手助けをしたに過ぎないのさ」

「どういうことですか?」


 それじゃ種明かしの時間だな。


「俺は時間操作を発動してアリアの体内時間を進めただけさ。そして痛んだ筋肉を回復させたんだ」


 これは地球では超回復という。

 筋肉痛になると筋肉自身が傷付いた筋繊維を以前より強くしようとし、筋肉を太く大きくしようとする。

 体が運動前の状態に戻そうとするだけではなく、より筋肉を強くするのだ。


 これをアリアに説明すると……


「そうだったんですか…… 納得出来ました。これを繰り返せば私は強くなれるんですね?」

「そういうことさ。ちょっと確認してみる……」


 俺は目にオドを流し込み、アリアの肩に手を置く。

 そして分析を発動!



名前:アリア

年齢:16

種族:魔族

HP:91 MP:115 STR:65(+2) INT:125

能力:水魔法2

ギフト:鍵



 よし、僅かだがステータスが上がっている。

 アリアに触れていることで彼女も自身のステータスが見られるはずだ。


「ほんとだ…… 私強くなってる!」


 アリアは嬉しそうに笑う。

 だが笑ってる暇は無いぞ。


「アリア、聞くんだ。強くなるのはそう簡単なことじゃない。強くなればなるほど、体は負荷に耐えられるようになる。体を徹底的に虐める時間が長くなるってことだ」


 俺も最終的にはステータスを一つ上げるだけでも一年はかかったしな。

 アリアが戦いに臨む体を得るには、それなりの時間がかかるだろう。


「で、でも…… 私やります! 修行を続けます!」

「当たり前だ。途中で投げ出すことは許さんぞ!」


「はい先生!」


 先生? かつて色んな二つ名で呼ばれたが、先生は初めてだな。

 ははは、面白い子だ。


「先生って。タケでいいよ」

「で、でも…… それじゃタケ先生!」


「全く…… 好きに呼んでくれ。それじゃ筋トレの続きだ! 次はスクワットから!」

「はい!」


 こうして午前中いっぱいは筋トレを続け、結果として……



名前:アリア

年齢:16

種族:魔族

HP:91 MP:115 STR:99(+36) INT:125

能力:水魔法2

ギフト:鍵


 

 惜しい! あと一つで三桁に乗ったな。

 だがこれでようやく一般的な成人女性の筋力になったに過ぎない。

 先は長いだろうな。


「すごーい! こんなに強くなれるなんて! タケ先生、次の修行をお願いします!」


 アリアはやる気満々だな。

 だがそろそろお昼時だし……


「お腹空いてないか?」

「え? そ、そういえばペコペコですぅ……」


 お腹を押さえてへたり込む。

 それじゃ休憩がてらお昼ごはんにするかね。

 俺はアリアと一緒にいつもの寝床に戻ることにした。



◇◆◇



「ふー…… お腹いっぱいですぅ……」

「ははは、よく食べたな」


 朝よりボリュームのある食事を用意したのだが、アリアは全部平らげた。

 見てて気持ちいい食べっぷりだったな。

 それにしてもしばらく独り身だったからあんまり気にしなかったが、食器を地面に置くのはどうかなぁ…… 


 俺達がいるこの森は俺が作り出した結界みたいなもんだ。

 基本的に外界から誰かが侵入することはない。

 俺しかいないのだから家具とかは一切気にする必要が無かった。


 だがアリアがいる以上そうもいかなくなるだろう。

 この子は女の子だし、このままガサツな子に育ったら嫁の貰い手が無くなってしまうかもしれん。


「アリア、午後からの修行だが……」

「はい! 何をすればいいんですか!?」


「俺は少しやることがある。しばらくランニングをしててくれ」

「ランニング? 何ですかそれ?」


 午前中は筋トレをすることでSTRを上げた。

 だが、筋トレだけではHPが上がらないしな。

 俺も時間が取れるし、ちょうどいいだろ。


「走るのさ。だが全力で走っては駄目だ。軽く息が上がる程度の速さで可能な限り走ってくれ。限界だと思ったらここに戻ってくるんだ」

「はい! それじゃ行ってきます!」


 アリアは全力でこの場を走り去った。

 話聞いてたのか? 全力は駄目だって言ったのに…… 

 まぁ戻ってきたら言い聞かせればいいか。

 彼女がランニングしている間、俺は木々が鬱蒼と繁っている場所に向かう。


 なるべく幹回りが太い木を選ばないとな。

 お? アレなんかいいんじゃないか?

 俺は懐から枝を取り出す。

 それに気を流し込むと……


 シュオンッ


 手には俺の身長程の棍が握られている。

 さらに棍に気を流す。

 イメージするのは刃。

 棍全体に気を流し込むと……!


 ブゥン


 棍が光り始める。

 これで剣の出来上がりっと。

 俺は気を纏った棍を構えて…… 

 振りぬく!


 シュパッ ズズゥン……


 大きな音を立てて大木が倒れる。

 それを適当な大きさに切って…… 

 ふぅ、こんなもんだろ。

 大工仕事は素人も同然だが、家具が無いよりはマシだろ。

 俺はアリアが戻ってくるまで食事に使うテーブルを作ることにした。



◇◆◇


 

 トンカン トンカン


 木槌片手に家具作成に勤しむ。

 ふふ、懐かしいな。ララァと結婚してた時もこうやって家具を作ってやったっけ。

 ララァは俺が作った不細工な家具を気に入ってくれたっけな。

 はは、俺にはもったいない女房だったよ……


 まだアリアは戻ってこないな。

 テーブルは完成したから他の家具も作っとくかね。

 俺は丸太を削っただけの簡素な椅子とベッドを作る。

 小屋を作るってのもいいかもしれんが、俺にはそこまでの技術はないしな。


 それにこの森は外界の天候に左右されない。

 雨に濡れる心配は無い。

 こんなもんでいいだろ。

 ふぅ、これで最低限の家具は出来た。

 これからは椅子に座って食事が出来るな。

 俺は食わんけど。


 タッタッタッタッ


 ん? 足音がする。

 アリアが帰ってきたのか? 

 後ろを振り向くと……


「はぁはぁ…… も、戻りました……」


 汗だくのアリアがいた。

 大分頑張ってきたみたいだな。

 午前中と同じように体内時間を加速し、超回復を行う。

 これで少しはHPが上がっただろ。


「あ、ありがとうございます。あれ? テーブルと椅子がある。これどうしたんですか?」

「アリアが走ってる間に作っておいたんだ。まぁ出来栄えについては何も言わないでくれ」


 だがアリアはニッコリ微笑んでから……


「うふふ、かわいいテーブルですね」


 その言葉を聞いて亡き妻の言葉が脳裏をよぎる。


『ふふ、いいテーブルね。あなたみたいにかわいいわ』

『おいおい、旦那をからかうんじゃないよ。でもいいのか? 俺の手作りで。家具職人に頼むくらいの蓄えはあるんだぞ?』


『ううん、これがいいの。今日からここでご飯が食べれるのね。ねぇタケオ、ラーメンを作ってくれない?』

『はいよ。それじゃ愛しい奥様のために腕を振るいますかね』


 思い出す…… 幸せだった日々を。


「あ、あれ? タケ先生、どうしたんですか?」


 ん? アリアが心配そうに俺の顔を覗き込む…… 

 って、しまった。いつの間にか涙が出ていたようだ。

 俺は袖で涙を拭いて……


「な、何でもない! ほら、回復したんだったらまた走ってきなさい!」

「はい!」


 アリアは再び森の中を走る。

 頑張れよ。帰ってきたらラーメンでも作ってやるかな。


 こうしておよそ一月が経ち……


「9998…… 9999…… 10000!」

「止め! お見事! 腕立て一万回達成だ! さて恒例の分析タイムだ!」


 へばっているアリアの背に手を置いて、分析を始める。すると……



名前:アリア

年齢:18

種族:魔族

HP:1625 MP:115 STR:2012 INT:125

能力:水魔法2

ギフト:鍵



 ははは、強くなって。

 俺はアリア自身にもステータスを確認させる。


「すごーい! こんなに強くなれるなんて!」

「おめでとう。アリアが努力した結果だよ。頑張ったな」


「はい! あれ? 私まだ十六なのに…… 十八歳になってますよ?」


 これは時間操作で時を進めたことの弊害だ。

 寿命を止めるっていう手もあったのだが、それを行うには…… 


「ま、まぁいいじゃないの。アリアの種族は長寿なんだろ?」

「そうですね…… ふふ、私大人っぽくなりました?」


 アリアは俺の前でクルクルと回る。

 うーむ、出会った頃と変わらない。

 それはアリアも自覚しているみたいだ。


「でも私って本当に強くなったんですか? 筋肉とかついた感じがしないし……」

「最初に言っただろ? ゴリゴリのマッチョにはならないって。見た目は変わらないだろうが、心配ないよ」


「そうですか? でも腕とかお腹とか柔らかいままだし……」


 ふふふ、いい筋肉っていうのはリラックスしてる時はびっくりするほど柔らかいのさ。

 それが一度戦闘態勢に入れば、鋼のごとき筋肉に変わる。

 

 プニプニと自信無さそうにお腹や腕を触ってる。

 しょうがない、安心させてやるか。


 俺は掌に気を流し込む。

 これで大抵の攻撃を防げるようになる。

 俺は掌をアリアに向ける。


「アリア、俺の掌を殴ってみるんだ」

「え? そ、そんなこと出来ません……」


「ははは、大丈夫だよ。気功を使って傷付かないようにしてるから」

「え、で、でも……」


「やるんだ! やらなきゃ次の修行は無しだぞ!」

「わ、分かりました!」


 驚いたような、悲しそうな顔をした後、アリアは覚悟を決める。

 俺の掌に向け構える。

 構えた拳を俺の掌目掛け……


 シュッ


 アリアの拳が俺の掌に撃ち込まれる!

 鋭い痛みが掌に走る! 

 次の瞬間……



 パアァァァァァァァンッ



 打撃音が後から聞こえてきた。

 これは…… ははは、予想以上に強くなれたみたいだな。


「い、今のは?」


 アリアは何が起こったのか分からないようだ。

 俺も予想外だが、彼女の一撃についてなら説明出来る。


「アリアのパンチだけど…… 音より速い一撃が出せるようになったのさ。難しい話になるが、物体が音の速さを超えると衝撃波が発生するんだ。気で防御しておいてよかったよ。そうしなくちゃ掌が粉々になるとこだった……」


 それほどに彼女の一撃は強烈だった。

 体を鍛える修行は卒業でいいだろうな。


「す、すごい…… 私ってほんとに強くなったんですね…… タケ先生! ありがとうございました!」


 すごくいい笑顔でお礼を言ってくる。

 ははは、喜ぶのはまだ早いぞ。

 修行はまだ続くんだから。


「アリア、明日から魔力を鍛える修行に入る。これは肉体を鍛える修行とは別の意味で辛いぞ。やれるか?」

「はい! 絶対に乗り越えてみせます!」


 聞くまでもなかったな。

 だが、今は修行の半分を終わらせた愛弟子をねぎらってやるとするか。


「今日はもう休もう。アリア、好きなもの作ってやるぞ。何が食べたい?」

「ラーメン! 野菜とお肉がいっぱい入ってるラーメンが食べたいです!」


 ははは、お安い御用さ。

 俺はアリアを連れていつもの寝床に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る