第7話 修行 其の一

 夢を見た。かつて愛した人の夢だ。

 俺は異世界転移を繰り返す中で現地の女性に恋をした。

 長い人生の中で一度だけの結婚もした。

 俺は今は亡き妻であるララァに話しかける。


 なぁララァ。君は俺を恨んでないか? 

 俺は君を幸せに出来たか? 

 俺と一緒になったことを後悔してないか? 


 俺はララァに対し、彼女にしてしまったことへの後悔を胸にして生きている。

 だがララァはいつも答えない。

 にっこり笑ってから俺に抱きついてくる。

 俺もララァを抱きしめる。

 ちょうど彼女のかわいいおでこが俺の口元に。

 俺はかつてそうしたように、ララァの額にキスをする。


『きゃあんっ!?』


 きゃあん? 

 あれ? ララァってそんな悲鳴を出したっけ? 

 それに声色が違うぞ? 

 あれれ? 何これ?


 俺が疑問に思ってると……


 バチーン


 頬に激痛が走り、目が覚めた……



◇◆◇



「ちょ、ちょっとタケさん! 離してください!」


 え? 俺はゆっくりと目を開ける。

 するとアリアが俺の腕の中にいた。


「ア、 アリア? なんでここにいるんだ?」

「きゃー! いいから離して!」


 アリアは俺からの抱擁から逃げ出し、背を向ける。

 後ろからでも分かる。長い耳が真っ赤だ。

 しまったな…… 寝返りをうっている内にアリアの近くに行ってしまったのか? 

 もしかして……?


「ア、 アリア、もしかして俺って……」

「言わないでください! 聞きたくない!」


 あちゃー。確実にやってしまったようだ。  

 過ちを犯したのなら謝らないと。

 俺は背を向けるアリアに向かって土下座をかます。


「すまん! 寝ぼけてたんだ! 許してくれ!」

「もういいです! ほら、今日から私を鍛えてくれるんでしょ! 早くお願いします!」


 そ、そうだったな。

 今のアリアのステータスで外界に行っても犬死するだけだ。

 少なくとも自分の身は自分で守れる程度には強くなってもらわなくてはならない。

 だが修行を始める前にやらなくてはいけないことがある。


 俺達は普段使っている寝床に向かう。  

 そこにはある程度の食材の備蓄があるからな。

 俺はアリアの分の食事だけを用意する。


 多めの焼き肉に野菜スープと少しだけのごはん、牛乳にバナナのような果物。

 俺が自身を鍛える時によく摂っていた献立だ。

 テーブルは無いので布を敷いてアリアの前に並べる。


「お、多いですね……」

「そう? でもしっかり食べるんだぞ。これがアリアの血となり肉となる。お残しは許しまへんで!」


「え? は、はい……」


 何のことか分からぬようにアリアは答える。 

 ぬぅ、さすがにネタ的に古かったか。

 っていうか異世界人に通じるわけないよな。

 アリアはぎこちなく食事を始める。

 女の子にこの量は多いとは思うが、これから消費するであろうカロリーを考えると、これぐらいがちょうどいいはずだ。


「モグモグ……? 美味しい!」


 味は気に入ってくれたみたいだな。

 米は食べたことがないのか、最初は躊躇していた。


「これって…… 麦ですか?」

「米だよ。そんな珍しい穀物じゃない。この世界にもあるかもね」

「コメ…… た、食べてみますね……」


 アリアは恐る恐る米をスプーンですくって口に運ぶ。


「んー…… あんまり味がしないですね……」

「ははは、最初はそう思うかもな。それに主食だから味が濃くちゃ食べれないぞ。おかずと一緒に食べるんだ」


 アリアはゆっくり食べ進め、最後に果物を口に運び……


「ご、ごちそうさまでした。お腹いっぱいですぅ……」

「そうか、それじゃ少しお腹が落ち着いたら修行を始めよう」


 苦しそうにお腹を押さえて横になる。

 俺が食事の後片付けをしていると……


「タケさんは食べないんですか?」

「ん? 俺? 俺は腹が減らないんだ。寿命を止めてるせいかな。体が栄養を必要としなくなったみたいだ」


 これは俺のギフトの一つである時間操作の効果だ。

 もちろん止めた時間を解凍すれば当然の如く腹が減る。

 限りある食材だからな。

 なるべくアリアのためにとっておきたい。


「そうなんですか…… 私だけ食べるなんて、なんだか申し訳ないです……」

「ははは、気にしなさんな。それじゃ修行を始めるぞ。場所を移そうか」


「はい!」


 俺とアリアは寝床から移動、森が開けた場所に向かう。

 懐かしいな。

 俺もよくここで特訓をしたんだよな。


「ここで何をするんですか? 組打ちとかですか?」

「組打ちねぇ…… アリア、ちょっと両手を広げて」


「え? は、はい…… って、きゃあん!?」


 俺はアリアの二の腕を触る。


「あはは! く、くすぐったいです! 何するんですか!?」

「ちょっと我慢な。次はお腹だ」


 俺はアリアの体を触る。

 けっしてエロいことが目的ではない。

 筋肉量を調べているのだ。

 うーむ、アリアは全体的に細いのだが、あちこちプニプニしており明らかに筋肉が足りない。


 俺はヒーヒーと笑うアリアに向かって……


「しばらくは筋肉トレーニングだ。全体の筋肉量を増やす」

「き、筋肉? 私、戦士みたいになっちゃうんですか?」


「ははは、そこまでバキバキの筋肉をつける必要は無いさ。それに筋肉が多い者は短期決戦向きだ。だが戦いってのはどうなるか分からない。持久力も付けなくちゃいけない。力を付けつつ、持久力も付ける。どんな状況にでも対応出来る肉体にするのさ」


 戦いってのは丸一日動かなくてはいけない時もあるからな。

 バランスがとれたトレーニングをしないと。

 まず初めに……


「アリア、腕立て伏せは何回出来る?」

「ウデタテ? 何ですかそれ?」


 腕立て伏せを知らないのか。

 それに似た運動はあるかもしれないが、名前が違うのかもな。

 俺は地面にうつ伏せに寝転び、地面に手を付ける。

 そして腕の力で上体を上げる。


「うわぁ…… きつそう。私に出来るかな?」

「やれるだけでいいさ。だけど、とにかく自分が出来る限界までやってみてくれ。俺も一緒にやるよ」


 アリアは俺の横で腕立て伏せの態勢を取る。

 準備はいいみたいだな。

 それじゃさっそく!


「行くぞ! せーの! いーち……」

「ふぬぬ……!」


 ん? 隣を見るとアリアは顔をプルプルと震わせてはいるが、上体が一向に持ちあがらない。

 これは……


「それ本気?」

「そ、そんなことありません! これからが本番です! ふぬぬぬ……!」


 アリアは渾身の力を込めて上体を上げ……! 

 十センチくらい上がったかな? 

 だがそれが彼女の限界だった。

 マジかこの子。


「はぁはぁ…… もう無理ですぅ……」


 瞳を潤ませながら俺を見上げる。

 まぁこの子なりに筋肉を苛め抜いたのだろう。

 これ以上腕立て伏せは無理だな。


「そうか、なら足は動くだろ? 次はスクワットだ!」

「ス、スクワット?」


 アリアを立たせ、次のトレーニングに移行する。

 これは腕立てよりは負担が軽かったようだが、アリアは十回もしない内に音を上げた。

 その後も背筋、腹筋を鍛え、シャドーボクシングをさせたところで……


 バタッ


「きゅう……」


 アリアが倒れた。まぁ想定の範囲内だな。

 俺は倒れたアリアに話しかける。


「もう限界?」

「はい…… 体がバラバラになりそうですぅ……」


 ははは、それはまだ早いよ。

 今からもっと地獄を見てもらわなくちゃな。

 さぁ次だ。だがその前にアリアに聞かなくてはいけないことがある。


「アリア、君の種族ってどれくらい生きる?」

「え? 寿命ですか? そ、そうですね…… 人によりけりですが、健康な人なら千年は生きるはずです」


 へぇ? 長寿な種族なんだな。

 それなら時間操作で寿命を止める必要は無いだろ。

 それにこの子はまだ成長期なはずだ。

 戦うにはもう少し成長してもらわないと困るし。


「アリア、すまんがちょっと触るぞ」

「え? な、何をする気ですか?」


 俺はうつ伏せになってへばっているアリアの背に手を置く。

 そして体内のオドを練ってから……


 ギュオォォォン


 これで良し…… 

 イメージする。

 イメージの中で時計の針を半日ほど進める。

 それをイメージのままに……


 アリアに流す!


 パアァッ


 手を置いた背が優しく光った後……


「痛ーい! 体が痛いよぅっ!! 死んじゃうー!!」

「こらこら、死なないって。ただの筋肉痛だよ」


 時を進めたことで遅発性の筋肉痛が発症した。

 むふふ、狙い通り。

 さぁ次だな。俺は再びアリアの背に手を置いて、先程と同様に彼女の時を進める。

 この子は若い。二日分の休息を取らせればいいだろ。


 パアァッ


「痛い、痛ーい! って、あれ……? 痛みが引いた? これって……? タケさん、何をしたんですか?」

「それは後で説明するよ。もう体は痛くないよな? ならもう一度腕立て伏せをやってみてごらん」


 アリアは不思議そうな顔をしながらうつ伏せになる。

 両手を地面に着いてから……


 グイィッ


「で、出来た…… 体が持ち上がりました! まだ出来そうです!」

「狙い通りだな。そのまま続けてごらん」


 アリアは嬉しそうに腕立てを続ける。

 十回目の腕立てが終わったところで限界が来たみたいだ。


「はぁはぁ…… でもなんで急に腕立て伏せが出来るようになったんですか? タケさんのギフトの力ですか?」


 不思議そうに俺を見つめてるな。

 それじゃ種明かしをしてやろうかね。

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