第6話 魔女王

 長い金髪でエルフのような長い耳を持ち、さらに頭に山羊の角が生えた少女アリアは己に何があったのかを話し始める。

 俺は彼女の話を聞くことにした。


「えっと…… 私は大陸の北方にある国、コアニヴァニアに住んでいました。そこは私達魔族が多く住む国です」

「魔族? それがアリアの種族なのか」


 聞いたことがない種族だな。

 魔物の血でも引いてるのか? 

 悪いイメージがあるが、アリアはいい子そうだ。

 山羊の角以外はどこにでもいる女の子のように見える。


「ふふ、魔族と言っても受け継いでるのは体の一部分だけですから。他の種族同様、静かに暮らしてただけなんですよ」

「へぇ、珍しい種族だね。アリアはどんな魔物の特長を受け継いでるんだ?」


 見た目はほとんどエルフだしな。

 角が生えてるから…… 

 オーガとか? 


「サキュバスです」

「マジで!? ちょっと意外だな……」


 サキュバスって淫魔だろ? 

 前に旅した世界で襲われかけたことがある。

 ちょっと警戒してしまうな。

 俺の雰囲気を察したのかアリアは焦ったように……


「ちちち、違うんです! 受け継いでるのは見た目だけですから! タケさんが思ってるような特性はありません! た、多分……」

「自信無いんかい」


 とは言ったものの、確かに邪な感じはしない。

 むしろどこにでもいるかわいい子だ。

 顔の作りは美しい部類に入るのだろうが、無垢な笑顔を見ると年相応のかわいさが伺える。

 ちょっとドキッとしてしまった…… 


 無意識にサキュバスの特性を発しているのかもしれない。

 少し注意しておかねば。


 まぁアリア自身についてはここまででいいだろう。

 次の質問に入ろう。


「今アリアは他の種族って言ったね? この世界にはどんな種族が暮らしてるんだ?」

「えーっと…… ちょっと待っててくださいね」


 アリアは地面にさらさらと何かを描き始める。

 これは…… 地図? 

 ずいぶん細長い国だな。

 北海道と本州がくっついて、四国と九州が無くなった日本みたいだ。


「私が住んでいたのはここです」


 アリアが指差したのは日本でいう東北のあたりだな。

 彼女の指は南を指差し……


「コアニヴァニアの南にあるのがドワーフが住む国、バクーです」

「関東の辺りだな」


「カントウ?」

「ごめん、こっちの話だ。続けてくれ」


 アリアは次の国の説明に入る。

 中部に当る国が獣人が住む国マルカ。関西辺りがエルフの国ヴィジマ。


「そしてここが私達が今いる国、バルルです」

「バルルね…… 国名はともかく、地理は何となく理解出来た。で、ここの説明がまだだけど……」


 俺が一番北にある国を指差すとアリアの表情が硬くなった。

 なるほど。この国が元凶か。

 アリアはゆっくり語り出す。


「ここは人族が統治する国、コアニマルタ…… ですが今は統治者は人族ではなく魔女王が支配しています……」

「魔女王か。アリアはそいつから逃げてきたんだな?」


「…………」


 アリアは黙って頷く。

 そして強い口調で話を続ける。


「百年前、突如魔女王がコアニマルタに現れました。魔女王は不思議な力を使って、人々を支配し、王としてコアニマルタを治めることになったみたいです。私が産まれる前の話なので詳しくは知りません。

 ですが、魔女王はコアニマルタの王になっただけで、他国を襲うことはありませんでした。それどころか国交を広げ、コアニヴァニアとも文化、経済交流を活発に行いました。おかげで暮らしが豊かになったと言い伝えられています」


 なるほど。聞くだけではそこまで悪者ではなさそうだが…… 


「でも突如君達を襲い始めたと」

「はい…… ぐすん……」


 辛いことを思い出したのか、アリアの目から涙が一筋こぼれ落ちる。

 そして……


「魔女王がコアニヴァニアに侵攻したのは三年前です。その後も彼らは他国を襲い版図を広げていきました。多くの人達は南に逃げましたが……」


 そこからは想像がつく。

 魔女王の手先が南端の国までやってきて、アリアは追い詰められたってとこだろう。

 俺はポロポロと大粒の涙を流すアリアに話しかける。


「もういいよ。話は分かった。このままじゃ魔女王は大陸の全ての国を支配するってことだ。大体の話は分かったんだが…… 一つ気になることがある。君自身についてだ。アリア、君もギフト持ちだね?」

「な、なんで知ってるんですか!? そ、そういえばタケさんは分析が使えるんですよね…… そうです。私は神様から与えられた能力、ギフトを持ってます」


 ギフト持ちってのは貴重な存在だ。

 その力を利用しようと為政者がギフト持ちを囲うなんてのはよく聞く話だ。

 だがアリアが持つギフト、鍵ってのは何なんだ? 初めて見る能力だ。


「アリアのギフトってどんな力を持ってるんだ?」

「分からないんです…… どうすれば発動するのか、どんな力を持ってるのか分かりません……」


 謎の能力か。

 魔女王がアリアを狙ってる可能性もあるな。

 アリアは話し終えた途端、堰を切ったように嗚咽を漏らす。


「ひっく…… 悔しいよ…… 恐いよ…… このままじゃみんな殺されちゃう…… 死にたくないよ……」


 敵わんなぁ…… 

 生来の性格からか、困った人は放っておけないんだ。

 こうも泣かれたんじゃ助けないわけにはいかないだろう。

 だがいくら俺が力を持っているとはいえ、大国相手に一人で立ち向かうなんて匹夫の勇もいいとこだ。


 俺がかつて世界を救うことが出来たのは一緒に戦ってくれる仲間がいたからだ。

 アリアの話を聞く限りだと、魔女王は大陸の全てを掌握しているかもしれない。


 どうする? 

 今回はかなり勝ち目が薄い気がする。

 だがアリアをこのままにしておく訳にもいかん。

 そうだ! 彼女を安全な別の世界に逃がすってのは? 

 このまま空間転移を発動すれば……


「お母さん…… 恐いよ…… 悔しいよ…… ふえーん……」


 ぐぬぅ…… 

 今のアリアにこんなこと言える訳ない…… 

 しょうがないか……


「アリア、俺は君を助ける。だが条件が二つある」

「え? ほ、ほんとですか……?」


「あぁ。まずは君自身を鍛える。今のステータスで戦ってもすぐに死ぬだけだ。それに俺は弱い仲間を守りながら戦うなんて器用な真似は出来ない。少なくとも自分の身は自分で守る位は強くなってもらわなくちゃならない」


 少し冷たいようだが、本心を言ってしまった。

 だがアリアは……


「やります! 私頑張ります!」


 まっすぐな瞳で俺を見つめる。

 覚悟を決めた者の目だ。

 ははは、強い子だな。

 それじゃもう一つの条件を……


「もう一つ。君を鍛え終わった後、外の世界に向かう。だが、そこに一緒に戦ってくれる仲間がいない場合は…… 君を連れて他の世界に向かう」

「…………」


 これは完全に運が絡む。

 ここにいる限りは外の状況が掴めない。

 大陸最南端の国バルルに住む種族が全滅していたら有無を言わさず撤退するしかない。


「分かりました……」

 

 少し表情が暗くなる。

 だが希望はある。

 この森にいる限り、外の世界の時間は止まっている。

 話を聞く限りだと、魔女王の軍勢はバルルを侵攻中のはずだ。

 一国を完全に掌握するには時間がかかるはず。

 一日二日で全滅ってことにはならないだろ。


「そうか。それじゃ修行は明日からだな。今日は休むんだ」

「はい…… でも休むってここでですか?」


 そういえば寝床は一つしかなかったな。

 まぁ寝床っていっても森の中に枯草を敷き詰めたベッドがあるだけだし。

 ここはアリアに譲るか。


「あぁ。寝る時はここを使ってくれ」

「で、でもタケさんは?」


「俺のことは気にしないでくれ。適当な所に寝床を作るさ。日が昇ったら迎えに行く。食事は一日三食。喉が渇いたら近くに泉がある。そこを使ってくれ。それじゃもう休むんだ。疲れただろ?」

「はい…… 明日からよろしくお願いします……」


 俺は枕だけ持って使い慣れた寝床を離れる。

 知り合ったばかりの女の子の近くで寝るわけにもいかんだろ? 

 ここには俺に害を成す魔物や魔獣なんかは出ないが、何となくアリアが心配なので、彼女がギリギリ見えるところに新しい寝床を作り横になる。


 ふぅ。何だか色々あったな。

 なんか疲れた。それにしても俺が行きつく世界は戦いばかりだな。

 今回はどんな戦いになるの……かな…… 












 ガサガサッ


 ん……? 何だ?

 草木を掻き分ける音がする。

 俺の背後に誰かいるな。まぁ振り向かずとも分かる。

 アリアだな。アリアはなるべく物音を立てないようにして…… 

 俺の近くで横になったようだ。


「すー…… すー……」

 

 しばらくするとアリアの寝息が聞こえる。俺はちらと後ろを振り向くと……


 アリアの寝顔があった。寝ているのだが、閉じた目から涙がこぼれ落ちている。


「たくっ…… しょうがないな……」


 俺は起こさないように注意しつつ、アリアの頭にお気に入りの枕を差し込む。

 しっかり寝るんだぞ。

 明日から辛い修行の日々が始まるのだから。


 俺は再びアリアに背を向けて目を閉じた。

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