第9話 修行 其の三
筋力トレーニングを行うことで、アリアは強い肉体を手に入れた。
これで大抵の者と渡り合えるようになる。
だがこれだけでは足りない。
今日から魔力を上げるトレーニングに入る。
俺はいつものようにアリアのために朝ごはんを作り、手作りの不細工なテーブルに並べ終わったところで愛弟子であるねぼすけアリアが起きてきた。
「ふぁー…… おはようございますタケ先生……」
「はいおはようさん。よく眠れたか? 今日から新しい修行に入るからな。しっかり食べておくんだぞ」
「はーい。ふふ、タケ先生の料理ってすごく美味しいんだもん。全部食べますよ!」
ははは、いい意味で遠慮が無くなったな。
アリアは何でもよく食べる。
最初は戸惑いながら食べていた米も今では彼女の好物に変わった。
アリアはニコニコしながら食卓に着くが……
「あれ? いつもと違いますね?」
気付いたか。
昨日までは強い肉体を作るため、肉を多目に用意していた。
だが今日なメニューはMPとINTを上げるための献立なのだ。
「今日はごはんと味噌汁、納豆とアジの開きな」
まぁ魚がアジなのかは謎だが。納豆にしても恐らく原料となる豆は大豆ではないし。まぁこれなら頭を良くするであろう栄養素、DHAやレチシンは摂取出来るはずだ。
「うわー、美味しそう! 私お魚も大好きなんです! って、タケ先生、このお豆って腐ってませんか!?」
「腐ってないから…… 発酵してるだけだよ!」
納豆を初めて見る外国人みたいな反応をするんじゃない。
アリアの話ではこの世界でもチーズはあるようだ。なら発酵食品というカテゴリーがあってもおかしくない。
だがアリアは箸を使い、気持ち悪そうに納豆を摘まむ。
「うぇー、糸引いてるじゃないですか!? こんな物食べられません!」
「納豆食べるとおっぱい大きくなるらしいぞ」
「食べます!!」
ははは、かかったな。
どうやらアリアは貧乳であることを気にしてるようだ。
何となく分かっちゃうんだよね。
「こ、これを食べればお胸が大きくなる……? ええい! ん!? あ、味はいいけど…… ふぇ~、やっぱり腐ってるよぅ……」
「腐ってないってば。俺のかみさんも好きだったぞ。異世界人でも食べられるはずだ」
「え? タケ先生結婚してるんですか!?」
ものすごい剣幕で訊ねてくるな。
そりゃ長いこと生きてるんだ。結婚ぐらいするわ。
だがあまりいい思い出ではないので、簡単に流すことにするか。
「正確にはしていただな。今は独り身だ。ほら、さっさと食べないと修行が始められないぞ」
「そ、そうなんですか…… モグモグ……」
その後アリアは無言で食べる。
いつもより時間はかかったが、何とか完食。
納豆も全部無くなってるな。
簡単に後片付けをして、アリアを連れて修行場に向かう。
今回の修行場はいつもの開けた広場ではない。
俺達が飲料水として利用している泉の付近だ。
泉からコンコンと水が湧き出て、小川も流れている。
「ここでどんな修行をするんですか?」
「座禅だ。今日は俺も一緒にやるよ。アリアも俺の横に座って」
俺は正座を、アリアも俺の真似をして座ろうとするが……
「いたた…… 上手く座れないですぅ……」
「別に正座じゃなくていいよ。あぐらでもいいさ」
アリアはあぐらを組んで禅の開始だ。
「これから何をするんですか?」
「そのまま目を閉じて……」
…………
……………………
……………………………………
タケ…… タケ先生…… タケ先生!!
ん? アリアの声だ。
ゆっくり目を開けて隣を見るとアリアが涙目で俺を呼んでいた。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないですよ! 夜になってもずっと座ったままなんですもん! 触っても呼んでも起きないし…… 死んじゃったかと思いました…… ふえ~ん……」
いかん、最初から飛ばしすぎた。
集中しすぎちゃったな。
辺りは暗くなっており、アリアの言う通り夜になっていた。
そして聞こえてくるアリアの腹の虫。
グー キュルキュル
「ははは、悪かったね。お腹空いたか?」
「もうペコペコですぅ……」
今日はもうお終いにするか。
ちょっと膨れっ面のアリアを連れて、いつもの寝床に戻ることにした。
◇◆◇
「ふー、ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま」
食事を終え、使った食器を洗うため二人で小川に向かう。
横でジャブジャブと食器を洗うアリアが質問してきた。
「ねぇタケ先生、今日の修行って何の意味があるんですか?」
「意味ねぇ…… 強いて言えば集中力を高めるってとこかな」
本来禅を組むってのは己の中に仏を見出だすことらしい。
宗派によって解釈は違うみたいだけどね。
詳しくは知らん。だが俺が禅を組むのはマインドフルネスを高めることを目標にしている。
マインドフルネスってのは五感を使い、物事に対し注意深くなることだ。
昔勤めてた会社のビジネス講習で知ったんだよな。
初めはバカにしていたが、まさか異世界で役に立つとは思わなかった。
「へー、禅を組めば魔力が高まるんですか? 集中力か…… 何だか体を動かすより難しそう……」
「そうだな。それに効果が見え辛い修行でもある。ゴールのないマラソンみたいなもんだしな」
「私、この修行には向いてないかも…… 何かコツとかは無いんですか?」
コツか。強いて言うならば……
「そうだな…… それじゃただ目を閉じて座るだけじゃなくて、アリの足音が聞こえることを目標にしてごらん」
「アリの!? 虫の足音なんて聞こえるわけないじゃないですか!」
ふふ、若いな。
集中すれば意外と聞こえるもんだぞ。
だがアリアは納得出来ないような眼差しで俺を見つめる。
こらこら、師匠の言ってることを疑ってるな?
しょうがない……
「アリア、君は水魔法しか使えないんだよな。使える範囲でいい。一番強力な魔法を発動してくれ」
「え? 魔法ですか? 私が使える一番強い魔法……」
アリアは言われるがままに魔法を発動する。
その際俺は分析を使いアリアを見つめる。
体内のオドを使い、大気中のマナを集める。
なるほど、基本は出来てるみたいだな。アリアが手をかざすと、水球が現れる。
そしてゆっくりと水が凍っていく。
アリアはゆっくりと目を開けてから……
【氷弾】
キュンッ キィンッ
アリアが放った魔法は狙ったであろう岩に命中……したが、岩は僅かに欠けただけで原型を留めている。
まぁこんなものだろうな。
「はぁはぁ…… これでいいですか?」
肩で息をしてる。
あれが渾身の一撃か。
どれくらいのMPを使ったんだ?
そのままアリアに目を向けると……
名前:アリア
年齢:18
種族:魔族
HP:1625 MP:15/115 STR:2012 INT:125
能力:水魔法2
ギフト:鍵
MPは残り僅かか。
今度は俺がお手本を見せてやるか。
俺は体内でオドを練る。
使うのは久しぶりだな。
練り上がったオドを右手に集めてから……
【魔銃! ハンドキャノン!】
ジャキンッ
俺の手には大口径の銃が握られている。
これはギフトの一つでもあり、俺が使える唯一の遠距離攻撃でもある。
今発動したのは拳銃タイプの魔銃だ。
「タ、タケ先生、それは……」
「いいかい? ちゃんと見てるんだ」
俺はアリアが狙った岩に銃口を向ける。使用するMPは1だけ。
トリガーに指をかけ……
ドンッ バシュッ
命中……と同時に岩は粉々に砕け散る。
アリアはその光景を驚きの表情で見ていた。
「…………」
「驚いた? でもな、今のってほとんど魔力を使ってないんだよ。極限まで集中すればこれぐらいは出来るようになる」
「す、すごい…… やります! 私、今から禅を組んできます! アリの足音が聞こえるまでがんばります!」
ははは、やる気が湧いてきたみたいだな。
「まぁ、今日は遅いから明日から頑張ろうな」
「はい!」
俺達は洗い終わった食器を持って寝床に戻る。
この子は強い子だ。きっとやりとげるだろ。
明日の準備をし終えてからベッドに入る。
親しい中にも礼儀あり。
少し離れた場所にベッドは配置してある。
「アリア、お休みな」
「はい、タケ先生……」
俺は目を閉じるが……
「先生……?」
アリアが呼ぶ声がする。
「どうした? 早く寝な……」
「あの…… 奥さんの話をしてくれませんか……?」
ここで? 長い話になるし、何より俺自身があまり話したくない内容なんだよな……
「また今度な……」
「で、でも…… はい、お休みなさい……」
アリアは何か言いたそうだった。
少し気になったが、俺はそのまま眠ることにした。
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