第3話 アリア
いてて。
腫れた頬をさすりながら俺を全力でビンタした異世界の少女を見つめる。
「…………」
うわっ。めっちゃ警戒してるな。
おのれ、せっかく命を助けてやったというのに。
少女は貞操の危機とでも思っているのだろうか? 毛布をしかと抱きしめ、こちらを睨みつけている。
うーん、どうするか。
とりあえず話してみないことには始まらない。
それにここがどういう世界なのかも気になるしな。
もう一度精一杯の笑顔を作り話しかける。
「こんにちは。君はどうしてこの森にいるんだ?」
「…………」
答えない…… 聞き方が悪かったかな?
言葉は分かるはずだから、俺のことを警戒してるだけだろう。
今度は声色を変えて……
「そんなに怖い顔をしないでくれ。俺はタケ。この森に住んでるんだ」
「…………」
まぁ住んでるわけじゃないけどな。
この森は俺が神から与えられた能力、ギフトってやつで作りだした結界みたいなもんだ。
基本的には俺しか入れないのだが、何かの拍子で結界の一部が破れ、迷い人が入り込むこともある。
この森は転移の森だ。
この森自体が異界から異界へと旅をする。
俺はいつか地球に帰れる日を夢見て、異世界転移を繰り返している……のだが、一向に地球に着く気配がない。
今回も明らかに地球人ではない女の子がいるんだ。異世界なんだろうな……
だが前回迷い人が来たのは何千年前なんだろうな?
もう覚えてないや。
それにしてもこの子は初めてみる種族だな。
金髪で長い耳。かわいい顔。
こうやって見るとエルフのように見えるが違う。
頭にヤギのような角が生えてるし。
色々聞いてみたいが、相手が無言を貫くんじゃなぁ……
その時だ。
少女のお腹からかわいい音が聞こえる。
グー、キュルキュル……
「あ……」
少女は顔を赤らめてお腹を押さえる。
はは、お腹が空いてたのか。
お腹がいっぱいになれば心を開いてくれるかもしれん。
何か作ってやるか……
「君、嫌いなものはあるかい?」
「え……? いいえ……」
好き嫌いはないか。いい子だな。
なら俺の好物を出しても問題あるまい。
「ちょっと待っててな」
「…………」
俺は数少ない所持品の中から乾麺、調味料、野菜を取り出す。
だが調理の前に行わなくてはいけないことがある。
丹田でオドを練ってから食材に手をかざす。
そして一言。
【解凍!】
シュオンッ
別に凍らせてた訳じゃないぞ。
今やったのは食材にかけた魔法を解いただけだ。
俺のもう一つのギフトでもある時間操作。
この魔法を使えば対象は時を止め、食材なら腐らなくなる。
さて調理開始だ。
適当に野菜を切って、炒めて。
麺を茹でて、スープを作れば……
はい完成! 醤油ラーメンだ!
俺が異世界を彷徨い歩く中で適切な食材を見つけ、作りだした逸品。
元々料理は好きだったから作るのも簡単だったな。
俺自身は寿命を操作していることで歳を取ることはなく、腹も減らない。
食う必要はあまり無いのだが、食というのは心を満たす行為でもある。
それに知り合いに料理を作ってあげるのも好きだから異世界に辿り着く度に腕を振るってたんだ。
熱々の器をお盆に乗せて少女の前に。
箸は使えないだろうから、フォークとスプーンだろうな。
少女は出来上がったラーメンと俺の顔を交互に見つめ……
「これ…… 食べていいんですか?」
「あぁ、もちろんだ。君の為に作ったんだからね」
「あ、ありがとうございます、タコさん……」
タケです……
まぁいい。異世界人にタコもタケも変わらないだろ。
少女は恐る恐るスプーンを持って、スープをすくう。
お? いきなり麺にはいかないか。
この子ラーメンの食べ方を心得ているな?
スプーンを口に付け、ゆっくりと口に流し込む。そして……
「美味しい……」
ほっ。良かった。
この子の口に合ったみたいだ。その後少女は夢中でラーメンをすする。
食べ盛りなんだろうな。もう器が空になってしまった。
「あ……」
少女は名残惜しそうに器を見つめる。まだ食べれそうだな。
「お代わりする?」
「え……? は、はい!」
ははは、目が輝いてるよ。
それにぎこちないが笑顔を俺に向けてくれている。
それじゃもう一杯作るとしますかね。
俺は器を受け取り、少女に背を向けると……
「う…… グスン……」
シクシクと泣く声が聞こえる。
無理も無い。まだ子供だろうに、傷を負ってここに辿り着いたんだ。
それに彼女の傷…… 明らかに剣で斬られた傷だ。
何か大きなトラブルに巻き込まれてるってとこだろう。
俺は少女に安心してもらえるよう話しかける。
「大丈夫だよ。ここに君を傷付けるやつはいない。何も恐がる必要は無いからね」
「はい…… ふえーん……」
理解はしてもらえてるようだが泣き止まない。
慰めてあげたいが、今はこの子をお腹いっぱいにしてあげないと。
俺は二杯目のラーメンを作り始める。
もうすぐ出来上がるという時に後ろから声をかけられた。
「アリア……」
アリア?
これって…… この子の名前か?
俺は後ろを振り向くと、一瞬目が合ったが、すぐに顔を真っ赤して視線をそらさせた。
きっとこの子の名はアリアというのだろう。
いい名前だな。
俺はアリアと名乗った少女の前に二杯目のラーメンを置く。
アリアは泣きながらラーメンをすすり始めた。
「ズルズル…… ふえーん…… ズルズル……」
「ははは、泣きながら食べるなんて器用な子だね」
「ぐすん…… 笑わないでください……」
「ごめんごめん、それじゃ俺は君の服を洗ってくるよ。すぐ戻ってくるから」
アリアの汚れた服を持って寝床の近くに泉に向かう。
泉からはこんこんと水が湧いてきて小川となって流れていく。
泉の水は飲み水用だ。洗濯には小川の水を使う。
ジャバジャバと汚れた服を洗う。
水気を取るため、軽く絞ろうとしたが……
あちこち破れてるな。
刃物で斬られたように穴が開いている。
あんな少女がここまで酷い目にあうなんて……
もしかして戦争か?
それとも何らかの事情で追われてたとか……
推測しても分からない。
今は話を聞かないとな。
洗濯を終え、アリアがいる寝床へと戻ると……
「すー…… すー……」
アリアは眠っていた。
彼女の横には空になった器。
そして彼女の寝顔にはくっきりと涙の跡が浮かんでいた。
「起こすのはかわいそうだな……」
俺はアリアを起こさないよう、静かにお湯を沸かしコーヒーを淹れる。
そしていつも切らさないよう注意しているタバコの葉を紙で巻いて火を着けた。
深くふかしてから……
「ふー……」
天に昇る紫煙を眺めながら、空を見上げる。
するとそこには地球では見た事もない色の月が三つ輝いていた。
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