Chained library
第一保管庫に足を踏み入れると、人感センサーの働きですぐに照明が次々と点灯していく。
先ほどまで真っ暗だった室内は、部屋の隅まで見えるほど明るくなった。
床は温かみのある濃い茶色をしたフローリングになっており、壁や天井は白い壁紙が貼られ、明るい印象の部屋だ。
作られてからかなり経つとは思えないほど綺麗なまま残っているのは、やはり博士達が維持管理しているからだろう。私みたいに本を読むフレンズにはかなりありがたい事だ。
この部屋にはくすんだ金属光沢を放つ棚が整然と並べられているが、そこに収められているのは白い丈夫な箱ばかりで、本は一つも見える場所には置かれていない。
私は手に持っている山積みの本を出入り口近くの机に置くと、棚から一つの箱を下ろして、蓋を開ける。中には数冊の本が平置きされているのみで、まだまだ入りそうだ。
机に置いていた本を箱の中に丁寧に仕舞っていく。やがて全て収め終わると、蓋を閉めて元の場所に箱を戻した。
「よし」
軽く相槌を打って、保管庫の外に出る。
保管庫と廊下を隔てる扉。これは内外を完全に遮断するもので、保管庫を密閉すると自動的に室内の空気圧が高められ、外界からの異物侵入を防ぐ役割があるのだ。
ゆっくりと閉めて、扉に付いている大きなレバーを最後まで押し上げる。
すると、軽い衝撃と共に小さく空気の音が聞こえた。密閉完了だ。
廊下を歩いて外へ出ようとするが、ふと思い止まって、階段とは反対方向に伸びる廊下を進み始めた。
少し歩くと、赤いパイロンと赤黄色のバーで通行が遮られた場所に来た。
この先は崩壊が激しく、電気系統も動いていない。いつ崩れるか解らないために、博士が通行止めにしている場所だ。
だけれど私は、この先を見るためにバーを跨いで先へ進む。
博士には『危ないので自己責任ですよ』と言われてはいるが、好奇心には逆らえない。
壁には災害時用に取り付けられた常備灯があり、私はいつもそれを使う。
いつも通り、常備灯を手に取って行先を照らして進み始める。
真っ暗な廊下を、光の円が撫でてゆく。
天井と壁には大きく亀裂が入っており、雨漏りが激しいのか床はベコベコに変形してそこら中が水浸しになっていた。
壊れたドアが床に寝ていたり、天井だった瓦礫が散乱していたり。
手のつけようがないほど荒れ果てて、使える状況ではない。
私には、この地下が自然そのもの……ヒトが手をつける前に戻るのを待っているように見えた。
悲しい事なのに、それに感動や郷愁を感じるのは私の変な癖だ。
いつからだったか解らないけど、木々が生い茂る森や、見渡す限り広がる草原より、私はこんな風景の方が好きなんだ。
作られた時はどんな見た目だったのか、どのように使われてたのか。
そもそもなんのために作られたのか。
そんなちっぽけな事を考えるのが、私は大好きだ。
やがて突き当たりに辿り着いた。
第一保管庫と同じ扉が、壊れた状態で壁に立て掛けられている。
壁にぽっかりと開いた穴の先は──。
──第二保管庫。
第一保管庫と同じく、本を保管するために作られた書庫だ。
ゆっくりと足を踏み入れる。
床はパキパキと音を立てながら、なんとか私の体重に耐えた。
第一保管庫と同じく、床はフローリングになっており壁は白い壁紙が貼られているが……。
床は剥がれ、壁には大きな水のシミがたくさん。所々壁紙が剥がれて天井からぶら下がっている。
本棚はまるでドミノ倒しのように倒れて、そこに収まっていたと思われる大量の本は床に散乱して水を吸い、ふやけて読むことすら叶わない。
まるで鎖付図書の様だった。
図書館から本を持ち出せないように、鎖で繋がれた本。
私には──過去という鎖に繋がれて、読むことができない鎖付図書に見えた。
そんな光景を、私は、美しいと感じてしまうのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます