第6話 偽装・1

 地竜ラバスは、いつもの丘にいなかった。観察対象が街の中にいないからだ。

 天竜を拾ったあのお気に入りの二人は共に旅に出るようだった。移動する人間たちの列の一番後ろでチョロチョロしている。


 あの大きな荷馬車の列がどのコースを通って進んでいくのか、ラバスはだいたい知っていた。これまで何度も見たことがあるからだ。道というほど整備されているわけでもないが、馬や荷馬車が往復するそこは木々も少なく平坦に拓かれている。

 さてどこへ行けばあの列をずっと観続けられるだろうかとラバスは考える。いつもの丘の上からだと、街を出たらすぐに見えなくなってしまう。道と平行に自分も進んでいけばいいのだが、小高くなっているところがあまりないのだ。森の中からでは視界が良くないし、かといって人間たちから見えるような近くに寄るわけにもいかない。こんな時、大きな体は不便だ。


 人を追いかけて自分も旅をするなんて初めてのことだ。長年いろんな人間の人生を見守ってきたけれど、街の外まで追いかけたことはなかった。出て行ってしまった者は、そのまま二度と戻ってこないこともよくある。その時は残念だがまた別の人間に目をつけて追いかけるだけだ。

 だけど今回限りはどうしてもあの二人が気になっていた。拾った天竜を一体どうするのか、これまで観てきた人間たちとはかなり違ったあの子たちの行動が気になって仕方がなかった。

 だらだらと長い生を消費しているラバスにとって久しぶりに胸踊るできごとだった。天竜も地竜も人も、そのほとんどが変わらぬ日々の繰り返しをするだけだ。けれどあの子達は何かが違う。おそらく彼らも、そしてラバスも異端者なのだ。他のものとは違うものを見、違うことを考えている。そこに一種の同族意識のようなものを感じているのかもしれない。彼らから目を離してしまったら自分だけ置いていかれてしまうというような、妙な焦りみたいな感覚がある。こんな気持ちを抱くのは初めてだ。


 どうせどこまでも追いかけるつもりならば、うまく見えずとも同じようなコースを辿ってついていこうと決めた。森の中に身を隠しながら、時折彼らの姿を確認できればそれで良しとしよう。

 ラバスはソワソワ落ち着かない気持ちでいつもの縄張りを後にする。これが、楽しいという気持ちなのかもしれない。街の見えるこの場所に住み着く前にはわりと広範囲にわたってあちこちうろついていたので、懐かしいような気分も少しある。

 人間たちの足は遅い。ラバスはのんびりと、発達した聴覚で彼らの位置を確認しながら少し進んでは、木々の間から少年たちの姿が見えないだろうかと目を凝らした。


 途中、人間の列が天竜に襲われた時には肝を冷やしたが、あの子たちは無事だったようだ。助けてやりたいとは思ったが、天敵である天竜と、そして武装したたくさんの人間がいる中で自分は無力だった。ハラハラとしながら事の顛末を見届けるしかなかった。情けない。無事でいてくれてよかった。

 しかしその後、ダメージを受けた隊列は街へ引き返し、少年たちはどうやら二人だけで旅を続けるようだった。たった二人で大丈夫だろうかと心配しながら、ラバスはただただ見守った。陰ながら手助けできないだろうかなどと考えながら、さらに進みの遅くなった少年二人をゆっくりと追いかける。






「これからどうする?」

 商隊と別れて二人だけになったポルトとレダは、野営した荷物を片付け出発しようとしていた。二人だけになったのですっかり解放されたオージは、満足げにポルトの肩にちょこんと乗っかっている。ポルトが自分を守ってくれる存在であるとわかっているみたいだ。羽を怪我していることもあり、どこか遠くへ行ってしまうようなことはなかった。

「とりあえず予定通りに隣街を目指してみようと思う。と言っても僕らは道を知らないから、辿り着けるかどうかはわからないけどね。一応地図とコンパスは持ってきたよ」

 ポルトは自慢げにリュックからそれらを取り出した。が、うまく使えるかどうかはわからない。何しろ、地図と言っても人が踏み込んだ事のある領域以外はほぼ真っ白なのだ。目印になるようなものがそんなに頻繁にあるわけでもなく、地図上で現在地を探すことすら困難だ。

「とりあえず今はここ。商隊がいつもキャンプを張る場所だから印がついてる。街は、方角的にはここから北西の方になるのかな」

「荷馬車の通り道を辿るんじゃダメなのか?車輪の跡がついてるし、わかるだろう」

「それで行ければいいんだけど、道沿いにずっと森があるわけでもないからね。隊列じゃない僕らは長時間拓けたところを進むわけにはいかないし、荷馬車と同じコースは辿れないよ」

「そうか、森からは出ないほうがいいよな。でも森の奥深くに入るのも危険だし、うまく境目を通りながら目的地まで進めればいいけどな」

「どうだろうね。目的の街とは別の街でも、とにかくどこかの街へたどりつけるといいんだけど」

 地図上には行く予定だった隣街以外にも周辺にいくつかの街が書かれている。どこへたどりつくにせよ、あるいはたどりつかなかったにせよ、この旅の目的は経験を積むことがなのだから問題はない。ただ街にたどりついたほうが得られる知識は多いのではないかと思うだけだ。

「とにかく進もう」

「だな」


 森の端っこを伝うように歩きながら、小さな動物を見つけるとレダは素早くそれを狩った。

「ポルト、動かないで」

 何かを見つけたレダがポルトを制止して息を殺す。弓を手に取り、じっくり狙いをつけると木の枝の隙間に向かって放つ。直前で矢に気付いた鳥がバサバサと飛び立つが、レダの狙いは飛び立った先。空中で見事に鳥を貫き地上に落下した。

「今度は鳥肉をゲットだ」

 落ちた鳥を回収したレダはそれを簡易的に捌き、既に5体ほどのウサギやイタチのような小動物の先客がいる麻袋に追加して肩に担ぐ。だいぶずっしりとして、今日の食事には十分な量だろう。

 天竜狩りを想定して訓練されているレダだったが、それはどんな動物相手にも発揮された。これが天賦の才というやつなのだろう。生き物が違えば動き方も習性も全く違うだろうに、レダはいとも簡単に対応する。自分の体を自分の思った通りに動かす、ということに長けているのだろう。そしておそらく目がとても良いのだ。動きを捉え先読みする、ポルトから見たらまるで魔法みたいだ。

「大漁だね」

「だけど何も捕れない時もあるだろうから、少しぐらい余分に狩っておかないとな」

 切れ端の肉をオージの口に放り込んでやりながらレダは言う。

 いつ街にたどり着けるかわからないのだから、食料の確保は必須だ。この辺りでは小さな動物をたまに見かけるぐらいなのだが、レダの狩り成功率が非常に高いため、今の所何とかなりそうな気配ではある。

 しかし、ここでは食料が足りないとなると森の奥まで行かなければいけないので、二人の旅はもっと大変になるだろう。奥の方にはもっと危険度の高い体の大きな動物がいる。そして地竜もいる。さすがのレダもたった一人で自分の体の何倍もある生き物を相手にすることは難しい。できればこの比較的安全な場所で狩れる時に狩って、ある程度保存してやっていきたい。


 肉の調達はすっかりレダ頼みであるが、ポルトはポルトで食べられる植物を見つけては採取していた。森の端は日がよく当たるためいろんな植物が生えていた。水分をたくさん含んでいる果物なんかもありがたい。飲み水だっていつでも確保できるわけではないのだ。

「なあ、さっきからそれさ、取るやつと取らないやつの違いは何なの?」

 これはいいなと思ったものを見つけては小さな袋に放り込んでいくポルトを見てレダは首をかしげる。

「え?食べられるものと食べられないものだよ?」

「何でわかるの?さっきスルーしたやつとかうまそうじゃん」

「あれはダメだよ、オージでも食べない。すごくまずいんだ」

「食ったことあんの?」

「ないよ。先人の失敗が書かれている本を読んだんだ」

 言いながら、先ほどまずいからダメだよと言った小さな赤い実とよく似た実をひとつ摘んで肩の上のオージに渡した。よく似ているがこれは美味しいやつだ。実はよく似ているが葉の形が違う。オージはご機嫌で噛り付いた。

「小さい頃にさ、そこらへんに生えてる草はどうして食べないの?野菜と何が違うの?って思って植物図鑑をひたすら読んでた時期があったんだ。だからだいたいここらの野生のものは食べられるか食べられないかわかるよ」

「なにその有能な特技」

「街にいたら何の役にも立たない知識だけどね」

 学校では何の評価もされないただの雑学が、こんな風に役に立つ日が来るとはポルト自身も思っていなかった。ただ幼い頃から気になったことは突き詰めないと気が済まないたちだっただけだ。

「そういえば時々あるもんな、今日は本読むからレダとは遊ばないって数日続けて言われるやつ。あれ始まると俺つまんなくってさ」

「そうなの?ここぞとばかりに外で他の子達と走り回ってたじゃん。普段は僕に合わせて思いっきり遊べてないんだろうなって思ってたよ」

「体動かすのは好きだけどさ、俺はポルトと遊ぶのが一番楽しいんだ。本に負ける悔しさがわかるか?」

「なんか、ごめん」

「なあ、それって本の中身まるまる頭に入ってんの?」

「まあ、そうだね、だいたいね」

「すごいな」

「その代わり興味のないことは何にも知らないよ。だいたい僕の知識は役に立たないことばっかりだ」

「そんなことない。生かすのはポルト次第だ。凝り固まった常識なんて、街の外に出たらどうだっていいんだって気がしてる」

「そうかもしれないね」


 街を出ることは怖かったけれど、いざ出てしまうとそれよりも開放感の方が勝る。隊列も離れ二人だけになり、自由であることを強く感じる。街の中で当たり前だと思っていた自分は、ずいぶん窮屈だったのだと今わかった。

 もちろんそれは危険と隣り合わせに得たものであるが。

 群れるとは、そういうことなのだ。

 危険を回避するために自由を制限する。協力とはそういうものだ。人と同じものを見て同じペースで歩かなければいけない。和を乱すものは弾かれる。

 それを悪いこととは決して思わないけれど、ポルトには向いていないのかもしれない。

「旅に出てよかったよ。明日死ぬかもしれないけど、後悔はないね。今すごく充実してる気がする」

 オージを連れていても誰にも咎められないし、落ちこぼれと笑われることもない。くだらないと言われていた知識が役に立ち、そして親友が共にいる。こんなに幸せなことはないだろう。

 まだ危険な目にあっていないからそんなことが言えるのかもしれないが、この先どんな危険にさらされたとしても、街にいればよかったとは思わないだろう。それぐらい外の世界は魅力的だった。知らないことがたくさんで、自分の持っているものを再認識できる。小さな小さな存在だけれど、やれることもある。他人からの評価ではない自分の正当な力を推し測れるのだ。


「僕たちはどこまでいけるかな」

「ビッグになって戻ってこようぜ。猶予はまだ4年もある」

「4年後か。想像できないね」

「4年もあればポルトの背が俺を抜くこともあるかもしれないな」

 確かに少年たちにとってはそんなこともあり得るかもしれない年月であるが、あり得ない気がしてならないのはなぜだろうか。

 そんな見えない先のことよりも、今日を生きることが大事だ。そもそも4年後に生きている保証もない。夢など見れなくて当然かもしれない。

 だけど、心の奥に大事にしまっておこう。いつか二人で家族のもとに帰ろうと。


「そろそろ今晩の寝床を探しながら進もう。安全そうなところを見つけないとな」

「あ、それさ、オージの能力が役に立つかもしれないよ」

 野生の力というものなのだろうか、どうやらオージは危険を察知する能力が高いみたいだ。レダが獲物を見つけるたびに、その少し前からそわそわと様子がおかしくなることにポルトは気付いていた。おそらく他の生物を感知する力は人間より数段高いのだろう。野営地を決める前にオージの様子に変化がないかを確認することで安全性が高くなるかもしれない。

「そうなのか。頼りにしてるぞ、王子様」

 レダに頭を撫でられ、オージは嬉しそうにグルグルと喉を鳴らした。いつのまにかレダもオージの中で仲間として認識されているようだ。肉を取ってきてくれる人、といったところだろうか。

 生まれたばかりの天竜に、人が敵であるという認識があるのかどうかは知らないが、とりあえずポルトとレダに対して敵意を向けることはなかった。天竜だから仲良くできないなんていうことはないはずだ。いつかオージの体がポルトたちよりも大きくなっても、友でいたい。食われる未来だけではないと思うのだ。



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