第2話

 ここが例のウワサのカフェか。初めて来た。俺の地元になかったし、そもそもカフェなんかに興味がないからな。

 でも、外国からやってきたこのカフェがなぜにこんなに人気なのか興味はあった。

 ふーん、なんていうか、その、普通。まあ、コーヒー飲むだけの店に過剰に雰囲気の良さとか求めるのも違うと思うし、こんなもんか。ある程度長居したくならないような仕組みとかになってるのかな。

 え、なんか食べ物あるじゃん。ドーナツ? スコーン? なるほど。

 つか、これどこで注文するの。どうやるの。おねーさんこっち見てニコニコしてるけど。あ、なるほどコーヒー豆とかカップとかポットとか物販もしてるのね、たっか。高いなー。


 あれ、ちょっとまって俺一人。俺一人ぼっち。彼女どこ彼女。あ、いた。


「なにする?」


 カウンターでメニューを眺めていた彼女が言った。さすが慣れてる。どれどれ。メニューを。

 わっかんね。わっかんねー。あのさ、普通のコーヒーどれ。ブレンドとかアメリカンとかコロンビアとかブルマンとか、あるじゃん、そういうの。どれ。わっかんね。

 

「これ、すごくない?」

 俺はメニューに載っている一番大きな写真の、クリームが乗っかった、なんかもうこの季節にしか売らないんだから飲めよって訴えてきているカロリーの塊を指差した。

「すごいよね。飲めば? 甘いよきっと」

 いやさすがに。いやさすがにちょっと。

 メニューの下の方に、カフェオレを見つけた。カフェオレにしようかな、と思った時、キャラメルマキアートの文字が見えた。

「あ、俺これ。キャラメルマキアートがいいな」

 キャラメルマキアートおひとつ。という甲高い声が聞こえた。すっげえ笑ってるね。すっごい笑顔だね。そういえばこのカフェはサービスが独特だってウワサも聞いてる。俺はその笑顔につられてかねてから疑問に思っていたことをぶつけてみた。


 カフェオレとカフェラテって、何が違うんですか?


 すみませんすみませんすみません。こんなところでする質問じゃないんですよね。わかってますけど、だって知らないんだもん。それって、東京ドームに行って「巨人と阪神の違いって何ですか?」って聞くようなものかな、恥ずかしいな、と思ったけど、でも、知ったかぶりして生きるより何倍もましだと思う。

 お姉さんはニッコニコの笑顔のまま、カフェオレとカフェラテの違いを教えてくれた。このテンション、どこかで見たことがあると思ったら、あれだ、家電大好き芸人とかああいうやつだ。だから俺も「あーなるほど。へーすげー。さすがっすね」とうなった。実は今の今まで、カフェオレとカフェラテは実は同じようなもんで、その日の気分とか雰囲気とか、あとはイギリスだとカフェオレでアメリカだとカフェラテだとか、そんな違いなんじゃないかと思っていたんだけど、なるほどなるほど。やっぱり聞いてみるもんだなー。と感心した。


 そのとき、俺は隣の人との温度差に気づいた。ああしまった。

 カフェオレとカフェラテも知らない男と一緒にカフェに来てしまったことを嘆いているのだろう。すごくごめんなさい。でもほら、知らないよりは知ってるほうがいいし、ね。なんていうかほら。ね。ああごめんなさい。

 そんな思いを込めて俺は、

 「だそうです」と言った。

 彼女は、ちょっと困った顔をして笑った。そして、お店のおねーさんに会釈をして、メニューに視線を落とした。なんとなく、どちらかを選ばなければならない雰囲気になってしまった。ごめんなさい。


 席は、向かい合わずに隣に座った。ソファのような席。

 キョロキョロ探したけど、コンセントはないようだった。全席完備じゃないんだなーと思った。

 キャラメルマキアートにガムシロを入れたい。と思った。

 でも、怒られるかな、と思った。ま、いいか。と思った。きっと許してくれるかなと。


 好きな人の隣で甘い温かい飲み物を飲んでいた。

 悪くないな、と思った。いや、いいな、と思った。

 これがカフェってやつか。うん。いい。

 彼女はカフェラテにしたようだ。

 チラッと彼女の方を見た。

 なんだろう。さっきより少し幼く見える。

 やっぱりカフェってリラックスできるのかな。

 特に話すことも見つからなくて、メニューを見た。無言の時間が苦にならない。

 あ、俺、今日、気を遣ってない。なんか、すごく普段の、自分のままの自分でいる。

 そっか、俺、普段誰かといる時はそれなりに気を遣って存在していたんだな。今、部屋に一人でいる時みたいな感覚だ。


 キャラメルマキアートを一口のんだ。

 カップ一杯のこの飲み物が減っていってしまうのが惜しかった。

 時間も一緒に減ってしまうような気がした。

 メニューに「デカフェ」の文字がいくつかあるのが見えた。それが何なのか、どこにも書いてなかった。何度見直しても書いてなかった。

 隣でカフェラテを飲んでいる彼女に聞いてみた。


「しらなーい」


 彼女の語尾が伸びた。

 驚いて顔を上げた。彼女と目が合った。

 彼女も、部屋に一人でいるときのような空気に包まれていそうだった。

 肩と肩がくっつくように、座り直した。

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ありふれた恋の話 南無山 慶 @doksensei

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