ありふれた恋の話

南無山 慶

第1話

両手でカップを抱えて、ふうふうと吹いた。

薄茶色の水面に波紋が揺れる。

湯気が鼻先を温めた。


柔らかい陶器の感触を唇に集めて、そっと吸い込む。

まろやかな味が広がる。


隣をそっと見ると、カッコつけることもせずにキャラメルマキアートを飲む男の人が、空になったガムシロの容器が転がっているのを気にもとめず、目を閉じて息を吐いた。

今風のカフェなのに、なんとなく縁側のおじいちゃんを思い出した。


「で、結局、カフェオレにしたの?」


男の人はこちらを見て言って、キャラメルマキアートを飲んだ。


「ううん、ラテ。カフェラテ」


私はそう言ってガムシロップを開けた。


「そうなんだ。てことは、牛乳が多いんだな」


男の人は、ついさっき、カフェのお姉さんに教えてもらった知識を惜しげもなく披露してみせた。

まさかこのカフェでカウンターでお姉さんを捕まえてカフェオレとカフェラテの違いを真剣に質問する人がいるなんて、それが私の連れだなんて、軽くめまいがした。

そんな私にお構い無しでこの人は「なるほど。そうなんだ!」と大げさにうなずいて見せて、そして、キャラメルマキアートを注文した。


私は甘いカフェラテの香りを楽しみながら、もう一口飲んだ。

あまい。やさしい。そして、おいしい。

女子高生のように猫背になって、足を伸ばして、パタパタさせた。

それからもう一口。

隣には、彼。


「おいしい?カフェラテ」

「うん。おいしい。すごく」

「よかった」


彼は笑って私のカフェオレよりもずっと甘い、キャラメルマキアートを飲んだ。


あのね、私ね、これ、飲みたかったんだ。ずっと。

あの人と一緒の時は、コーヒーしか飲まなかったな。

一度カフェオレを頼んだら、子供みたいだなと笑われた。

だらしない格好で座るなよ、と呆れられてから、背筋を伸ばして浅く座るようになった。

コーヒーを飲み終わったらさっさと席を立つから、私はゆっくり味わったことがなかった。


今、あなたの隣で私、のんびり、ダラダラしてるね。

私、ダメな女になっちゃったかなあ。

ホッと息を吐いてから天井を見上げた。

大きなプロペラがゆっくり回っていた。

視線をテーブルに落とした。

二つのカップが見えた。

中身が同じくらい減っていて、同じくらい残っているのが見えた。


あー。そっか。

元通りの私に戻っただけだ。


「デカフェってなに?」

彼が渋い顔をしながらメニューを眺めていた。

「しらなーい」

私は答えた。なんだかとても、心地よかった。


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