番外編/この想いが錆びないように
拳と拳が、熱く強くぶつかり合う。近づいては離れ、一進一退の攻防を繰り返す二人の少女は、互いに不敵な笑みを浮かべていた。
足首まで覆い隠す長い紺色のスカートが、夕暮れの風になびく。高校の制服を
「やるじゃねえか、鉛筆。『強硬芯10H』とか呼ばれてやがるだけのことはあんな」
「フッ。貴様こそ、『血塗りの錆止め』の名は
「だが――市内最強番長の座は、今日こそこのオレがいただくぜ!」
「望むところだ。私とて、
堂々と
しかし、仲間たちは知っていた。
鉛筆と防錆ペンが、互いに実力を認め合う
▼
「――っていう
「なんで!?」
漫画原稿作業中、ちぃ
ネタが降ってくること自体はいいけど、設定と話の流れが
「いやー、擬人化百合も萌えるけど、自分じゃ一度も描いたことないなって思い出してな。あとヤンキー百合も」
「それにしたって、方向性がぶっ飛びすぎてない?」
「とりあえず、忘れんうちにメモっとこう。連載が完結したら読切で描かせてもらえないかどうか、担当さんと交渉するぞ」
「担当さんも、いきなりそんなネタ振られても困るんじゃないの……」
ちぃ兄の発想力にあきれながらも、わたしはふと思い出す。
鉛筆をほとんど使わなくなったのは、いつからだろう。高校に入った今でも使う機会といえば、わたしが所属する美術部での作業や、ちぃ兄の漫画原稿作業の手伝いくらいだ。
小学四年生くらいからは、周りもだんだんシャープペンシルをメインに使うようになっていったし、わたしもそうした。
シャーペンのノックボタンをカチカチ押して芯を出すほうが、時間的にも楽だったから。
でも、絵を描くときには2Bの鉛筆でデッサンをするし、色鉛筆で線画を塗ることもある。わたしにとっては、今も全然いらないわけじゃない。
現役大学生でプロ漫画家として活動するちぃ兄も、ネームや下描きでは毎回鉛筆を使っている。
今日もいつものように、ちぃ兄がペン入れした原稿に、わたしは消しゴムをかけていた。
「八ページまで終わったよ」
「おっ、さんきゅー」
原稿を手渡せば、兄は微笑んで受け取る。デスクトップパソコンのスキャナーで取り込んだあと、ペンタブレットでさらに細かい作業をしていく。わたしたち兄妹の、定番の流れだ。
「やっぱ、絵を描くのは鉛筆のほうがやりやすいな」
「だね」
「シャーペンは文字を書くにはいいけど、絵を描くには向かん」
「筆圧強いもんね」
「漫画描き始めたばっかの頃は、芯もバキバキ折っちまってたっけなぁ」
パソコンのグラフィックソフトの画面と向き合いながら、ちぃ兄はなつかしむ。
やがて、全部のページに消しゴムをかけ終えてから、わたしはちぃ兄の鉛筆を削り始めた。ほんのささやかな労いとして。
卓上鉛筆削り器の削り穴に先っぽを挿し込んで、ハンドルをくるくると回しながら削る作業が、昔から楽しかった。自動よりも手動のほうが、削っている実感があって好き。
削り器の中にたまる削りカスは、自分がそれだけがんばった証だとも思える。勉強だったり、絵を描くことだったり。削るたびに短くなっていって、自分の握り拳より縮んだ鉛筆を見ると、ちょっと淋しいけど。
鉛筆で書いた線の跡は、時間が経つにつれて、ちょっとずつ掠れてしまう。
それでも、ちぃ兄とわたしにとっては、きっと錆止めみたいなものだ。
自分がかき残す想いが、錆びついてしまわないように。
八重口千尋はバズりたくない 蒼樹里緒 @aokirio
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