絶対バズらない方法・その8

 登校した月曜の朝は、いつもより憂鬱ゆううつだった。前日に起きた、『ツイッテル』での三年生男子の炎上のせいで。

 全校朝礼で校長や教頭から長々と説教を聞かされるわ、始業前のホームルームでも担任からネットの使い方について念入りに指導されるわで、文字通り耳にタコができそうだった。

 早くもマスコミが嗅ぎつけて、校門前にはカメラを構えた大人たちが集まっていたし、先生たちも対応に疲れているみたいだ。職員室の電話も鳴りっ放しらしい。

 校長はこれから記者会見でもするのかな、なんて、オレは授業中もぼんやり想像していた。

 昼休みの教室で食うコンビニのおにぎりも、いつもより薄味に感じる。

 向かいで親友が苦笑いした。

「だいじょうぶか?」

「アレのせいで、漫画連載デビュー取り消しになっちまったらどうしよう……」

「いや、さすがにそれはないんじゃね? お前がやらかしちまったならともかく」

「けど、風評被害も多少はあるだろうしさ……」

「まあなぁ。てか、あの先輩みたくバカ正直に学校名まで書いてたり、面白がって身元特定したりする奴らが悪いだろ」

「それな」

 やらかした先輩の親御さんも気の毒だ。

 偏差値も中の中くらいの公立高校だけど、定時制で夜に通っている生徒もいるし、その人たちまで一括りで悪く言われそうなのが嫌すぎる。電車通学中に周りの乗客から冷たい目で見られた、って愚痴もクラスで聞いた。

 炎上した本人とは無関係でも、制服を着ているだけで学校の一員だって証明にはなっちまう。

『あんな非常識なことをする生徒がいる学校なんて、どうせろくでもないだろう』

『ほかの生徒だって、これから同じことをするかもしれない』

 そんな思い込みや偏見がうわさになって、どんどん広まっていく。

 学校側の対応次第じゃ、受験の指定校推薦だって大学や専門学校から取り消される可能性もあるし、来年度に受験生になるオレたちも他人事じゃない。

 ――やっぱ、ネットって怖えなぁ……。

 噛みしめた米のかたまりを、どうにか喉の奥に押し込んだ。


  ▼


 百円ショップでのバイトを終えた帰り道、スマートフォンで『picareaピカリア』にログインしてみた。

 またメッセージ機能のアイコンに通知が来ていて、どきっとする。

 前回ピカリア運営に送ったメッセージで、自分の通う学校名も身分証明として一応書いておいた。あんな炎上事件が起きるって知っていたら、まだ伏せることもできたのに。

 ――返信が来たのか……どうか取り消しじゃありませんように!

 祈りながらアイコンをタップして、メッセージを開いた。

 そこに書かれていたのは――。


『ピカリアガールズラブウェブコミック新レーベル〈ユリアル〉編集部、旗野はたの紀美加きみかと申します。

 このたびは、突然のお声がけであったにもかかわらず、ご返信ならびにご快諾いただき、誠にありがとうございます。

 漫画連載に関しまして、ぜひ保護者様ともご一緒に弊社にてご相談させていただきたいので、ご都合のよろしい日時をお教えいただけますでしょうか。

 よろしくお願いいたします』


 読んでいる間だけ、呼吸が止まっていたかもしれない。

「や……」

 ――やったー!

 口から出かかった喜びを、代わりに心の中で叫んで、その場でガッツポーズした。

 ブレザーのポケットにスマホを突っ込んで、走り出す。

 早く報せたい。親父にも、母さんにも、妹にも、親友にも。

 学校の風評被害なんて、余計な心配だったみたいだ。いい担当さんと巡り会えたみたいで、心の底からほっとした。

 そして家に着いてから、コミュニケーションアプリ『サクル』で親父に報告した。先に帰っていた母さんに、編集部へ行くことを相談して。親父が俳優をやっていることは極秘だから、同席する保護者はどの道母さんじゃなきゃだめだ。

「おっけー、いいよ。ちぃくんの晴れ舞台だもんね。グルメモニターのバイトが休みの日なら行けるし」

「ありがとうございます、お母様!」

 思わず敬語を使ってがばっと頭を下げちまうくらい、オレは親に感謝した。

 様子を見ていた妹も、うれしそうに微笑んでいて。自分が本当に家族に恵まれているのを実感できる。

 夢みたいにふわふわした気分のまま、自分の部屋でツイッテルにログインした。タイムラインで荏原えばら先生のつぶやきを眺めて、さらにニマニマしちまう。

 ――夢だけど、夢じゃなかった!

 国民的アニメ映画のキャラの台詞を思い出す。あれも心に残る名言だ。

 連載が始まったら、先生にもファンレターで報告してみようか。オレもついに百合漫画家デビューできました、って。

 非公開リストから親友のつぶやきも追ってみる。と、また気になる他人の言葉が見えた。


『ツイッテルのアカウントも、自分の家みたいなもの。家の中で自由につぶやいてるだけなのに、勝手に入ってきて文句を言わないでほしいな』


 もうだいぶ拡散されているそのつぶやきに付いたリプライは、当然賛否両論だった。オレの感覚的には、否のほうだ。

 ――や、家に鍵かけてなかったら誰でも入れるんだし、それは通用しなくないか?

 そりゃあ、一四〇字で何でも言える気軽さも売りのツールだけど。ネット上で公開発信している時点で全世界から見られるし、いろんな意見も飛び交って当たり前なのに。

 このつぶやきにたとえると、発言者本人も、やらかした三年生男子も、オレから見れば戸締まりがゆるすぎる。しかも、全世界に発信しているなら、自宅の玄関どころか道路のド真ん中でしゃべるのと同じだろう。

 リスクやデメリットを知っているからこそ、親父や荏原先生は普段から発言に気を遣っているのがよくわかるし、オレもこのアカウントを公開設定にはしたくない。

 ――そういうことは、アカに鍵かけてから言えよな。説得力ないぞ。

 あきれながらツイッテルを閉じて、オレは旗野さんに返信しようとピカリアに再ログインした。


 オレはこのままずっとバズらずに、夢の道を突き進んでやるんだ。



 絶対バズらない方法、その8。

 インターネットを『自宅』感覚で使わないこと。

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