絶対バズらない方法・その7

 オレの人生最大の大事件が起きたのは、高校二年の頃だった。

 妹に一部の作業を手伝ってもらった新作百合漫画も、パソコンでの修正作業に終わりが見えてきていた。

 ――そういや、最初にアップした漫画、今はブクマと閲覧数がまた増えてるのかな。

 ちょっと休憩しようかと、オレはスマートフォンでイラストSNS『picareaピカリア』にログインする。

 けど、閲覧数やブックマーク数を確かめる前に、気がついた。アカウントのメッセージアイコンに、通知が来ている。

 ――なんだ?

 短期間で閲覧数やブックマーク数がものすごく多ければ、ランキングに載るのは知っている。そのお知らせシステムメッセージかもしれない。

 そう予想していたのに。


『月刊ガールズラブウェブ漫画レーベル新設に伴う、コミック連載に関するご相談』


 件名を見た目玉が、飛び出そうになった。

「はぁ!?」

 思わず、椅子から立ち上がる。

 差出人もピカリア運営公式アカウントだし、詐欺じゃなさそうだ。

「マジかよ……」

 親友が『ツイッテル』でステルスマーケティングしてくれたおかげで、たくさんの人に読んでもらえているけど。

 確かに、ツイッテルでバズった漫画に出版社が目を付けて書籍化されるって流れも流行っているけど。まさか、ド素人の自分にも商業化の誘いが来るなんて。

 ちょっと緊張しながら、早速本文を読んでみる。

 デイリーランキングやウィークリーランキング、ルーキーランキングの上位ランクインを祝うあいさつ文から始まっていた。それから、ピカリアのウェブ漫画雑誌『ピカリアコミック』内で新しく立ち上げるレーベルでぜひ連載してみないか、って誘い文句が書かれている。『弊社規定の原稿料もお支払いいたします』ってのはそりゃそうだろうけど。漫画自体の評価や画力についてのコメントも添えられているのが、めちゃくちゃうれしい。

 メッセージ返信期限の日時や、担当者さんの名前まで最後に書かれていて、真実味が増し増しだ。

 スマホを握る手が、震えそうになる。

 今日が日曜でよかった。学校にいたら、つい教室で大はしゃぎしちまっていたかもしれない。

 ――てか、どうしよう。オレは未成年だし、まず親父と母さんの意見を聞かねえとな……!

 オレが小学生時代から百合漫画を描き続けていることは、二人とも知っていて応援もしてくれている。けど、これからプロとして描くことになるなら、話は別だ。現役高校生なんだから勉強もしっかりしろ、とは言われそうだし。

 できれば口で伝えたいけど、親父は今日も俳優の仕事があるし、母さんもグルメモニターのアルバイトで出かけている。

 今、真っ先にこの喜びを分かち合えるのは――。

「ちぃにい。お昼の用意できたから、そろそろ食べよ」

 ナイスタイミング。

 ノックされたドアの隙間から、かわいい妹が顔をのぞかせた。


「やったぞ、百音ももねぇーっ!」

「ひゃっ! ちょ、なに?」


 たまらずがばっと抱きしめれば、百音はびくっとする。

 ピカリア運営からのメッセージの説明をしながら、オレは妹を姫抱っこしてくるくるターンしたい気分になった。


  ▼


「そうなんだ、おめでと」

 百音の祝いの言葉は、いつも通り静かでシンプルだったけど。昼飯を食う間も微笑んでいたから、喜んでくれているんだとわかった。

 コミュニケーションアプリ『サクル』で、両親にも漫画の商業化について知らせたら、活動をあっさり許可された。

『さすが俺の息子だ。連載が始まったら、仕事の合間にも読むから、教えろよ』

『大学には行くつもりなんでしょ? 勉強も赤点取らない程度にがんばって』

 そんな励ましも返ってきて、じーんとする。我ながら、いい親を持った。

 自分が未成年であること、保護者は活動に賛成していることも書いて、ピカリア運営にメッセージを返信した。送信ボタンを押す瞬間までドキドキしながら。

 明日、学校で親友にも教えよう。

 にやけ顔のまま、スマホでツイッテルにもログインして、荏原えばら先生のつぶやきを眺める。この時のオレは、頬や唇から筋肉がなくなったみたいに、デレデレゆるゆるのだらしない表情になっていただろう。

 ――荏原先生……オレもついに、あなたみたいな漫画家になれそうです!

 まだスタート地点に立ったばかりだけど。オレの目標は、これからもずっと荏原先生で揺るがない。

 親友は何をつぶやいているか気になって、非公開リストのタイムラインものぞいてみる。

「んなッ!?」

 いきなり、信じられないものが目に飛び込んできた。


『この人、電車の中でエロ本読んでるwwしかも真顔ww』


 電車の座席が写り込んだ画像には、確かにコンビニでも見かける表紙の大人向け雑誌を開いたおっさんがいる。

 ――けど、これ盗撮だろ!

 自分が面白いからって、勝手に他人の写真を撮ってネットに上げていいはずがない。

 親友も、そのつぶやきの拡散直後に『バカか……』ってあきれたようにつぶやいている。そりゃそうだ。

 つぶやきの投稿日時は、十分くらい前だった。今も電車に乗っているんだろう。

 思わずそいつのプロフィールページに飛んで、二度驚いちまった。

 ――なんで学校名まで書いてんだー! しかもうちの高校!? 三年男子!? なにやらかしてくれてんですか、パイセン!?

 オレは部活にも入っていないから、この三年生とも接点なんて全然ない。

 このつぶやきが拡散されまくって炎上したら、オレらみたいな無関係の生徒だって無駄に批判されちまうかもしれないのに。しかも、三年生なら受験とかも不利になっちまうんじゃないのか。

「バカか……」

 親友と同じ文句をこぼして、オレはログアウトした。

 うれしいニュースと悲しいニュースが、一日で両方来ることなんてあるんだな。

 全力で運動したわけでもないのに、どっと疲れちまった。


 どうか、こんなことがオレの漫画家デビューにまで影響しませんように!



 絶対バズらない方法、その7。

 自分の素性が簡単にバレるような情報を書かないこと。

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