絶対バズらない方法・その6

 先生の持つホイッスルが、高く鳴った。体育館に響いていた足音もやむ。

「よし、交代だ。CチームとDチーム、コートに入れ」

 汗だくになったオレは、同じチームの何人かと一緒に、壁際に下がった。

 バスケットボールをドリブルする音が、また反響し始める。

「うへぇ……疲れた」

 床にあぐらをかいて、スポーツタオルで汗を拭きながら、オレは情けない声を漏らしちまう。だよなぁ、って周りの奴らも同意してくれた。

 体操着の襟元をつかんで、うちわみたいにぱたぱた扇ぐ。

 趣味で百合漫画を描きまくっていても、オレは所詮ただの高校生だ。体育の授業時間は、どうせなら女子のほうをのんびり眺めていたい。百合ネタ探し的な意味で。

 ふと、試合中に気になっていたことを、チームメンバーに聞いてみた。

「おまえ、さっきのスリーポイントシュート、やたら気合入ってなかったか?」

「あー、ちょっとむしゃくしゃしててよ」

 そいつは頭を掻きながら、悔しそうに顔を歪ませる。

「もりみーの『ツイッテル』アカに、セクハラのクソリプを送りつけまくってる奴らがいるんだ。許せねえ……ッ」

「マジか」

 もりみーこと現役女子高生アイドル歌手——守谷もりや美奈みな。うちのクラスでも、その名前を知らない人間なんていなかった。こいつももりみーのライブにはよく参加していて、熱心なファンだ。

 アイドルとして売り出されていながら、ポップスどころか演歌やジャズも幅広く歌いこなす歌唱力を持っていて、ものすごい人気者だ。

 ツイッテルにも、公式アカウントがある。大体はマネージャーが情報発信しているけど、たまに本人のつぶやきも投稿されて、毎日のようにバズっているらしい。

 ルックスもいいし、勘違いしたアホな野郎どもが、エロいクソリプを送りつけているんだろう。

「しかもそいつら、『もりみーチャレンジ』とかいうハッシュタグも作って、もりみーからブロックされるかどうかってゲームまでしてるらしくてよ。吐き気がするわッ」

「うわぁ……」

「そりゃマジキチだな……」

 話を聞くだけでも、オレたちはドン引きする。

 熱狂的な信者なのか、過激なアンチなのか。どっちにしろ、そんなことをやらかす奴らは最低だ。もりみー本人もまともなファンも、気の毒すぎる。

 オレはアイドルってものにあんまり興味はないけど、もりみーは同い年ってことで親近感はある。

 ——あとでツイッテルをのぞいてみるか。

 チームメイトの愚痴を聞きながら、オレは休み時間の予定を立てた。


  ▼


 結局、短い休み時間は制服に着替えて教室へ移動するだけで終わっちまって、すぐ数学の授業が始まった。

 ぶっちゃけもともと苦手科目だし、先生の説明もテキトーに聞き流しながら、オレは机の下でこっそりスマートフォンをいじる。

 ツイッテルにログインして、もりみーの公式アカウントを見た。今日も自撮り写真とか音楽番組出演情報とかがアップされている。

 さっき聞いたハッシュタグを、検索ボックスに入力してみた。


『#もりみーチャレンジ やったあああああ見られたあああああ!!』


 まず目についたのが、そんな大興奮した文面のつぶやきだった。もりみー公式アカからブロックされた画面のスクリーンショットと、そいつ本人が送ったらしい、気持ち悪すぎるセクハラリプライのスクリーンショットが添付されている。

 ——バカかー!?

 内容や態度のあまりのひどさに、心の中でオレは叫んだ。あえて、アホじゃなくバカって言う。

 もりみーも仕事と学校の両立で忙しそうだし、こういうクソリプもマネージャーか所属事務所のスタッフがチェックして対応しているんだろうけど。

 このクソリプ野郎は、自分が迷惑行為しているって自覚がないのか。まあ、『チャレンジ』なんてタグに入れている時点で、ただの遊び感覚なんだろうけど。

 そのつぶやきは拡散もけっこうされていて、もりみーファンの怒りのリプライがいくつも付いている。そりゃあ、ファンからすれば絶対許せないだろう、こんなゲス野郎。

 もりみーのフォロワー数は、五十万を超えている。フォロワーだけでなく、フォロー外からもクソリプが毎日送られてくるなら、作業に追われる事務所関係者も相当大変なんだろう。

 ——想像以上にヤベえ奴らだな……親父はだいじょうぶなのか……?

 この前、国民的人気女優とのツーショット写真をアップしてバズっていたけど。うちの親父にはさすがにこんなことは起きていないだろうって思いたい。

 ハッシュタグの検索タイムラインを遡っていくと、まともなファンの苦言もたくさん出てくる。けど、その中に気になる言葉を見つけた。


『#もりみーチャレンジ このタグ使ってクソリプする奴らはどうかと思うけど、もりみー側がホイホイブロックするのも、奴らがつけ上がる原因なんじゃね?』

『一般人をブロックしたら印象も悪くなるし、芸能界で活動するなら多少の批判は我慢するべき』


 ——はぁ?

 何言ってんだ、としか思えなかった。

 ツイッテルは、フォロー外の通知設定を切ったり、単語を個別にミュートできたりもする。けど、送られてくるリプライの数も膨大だろうに、そういう設定をしただけで対応が追いつくはずがない。

 もりみーの歌唱力や楽曲、パフォーマンスについての批評や批判なら、本人もちゃんと受け止めるだろう。けど、どう見ても誹謗中傷になる言葉やセクハラ発言まで、彼女が気にする必要なんてない。事務所関係者だって、もりみーを守りたいから動いているんだろうに。

 有名人が一般人をブロックしちゃいけないルールもない。一般人も一般人や有名人をブロックするのに、その逆はだめって何だ。

 ——芸能人は同じ人間じゃないとでも言いたいのかよ。

 俳優が家族にいる身として、オレもイラッとしちまう。

 ふざけんな、って怒鳴りかけた声を、喉の奥に押し込んで。落ち着こうと深呼吸をひとつした。


 これからも負けないでくれ、もりみー、親父。



 絶対バズらない方法、その6。

 有名人を傷つけるようなリプライや遊びをしないこと。

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