絶対バズらない方法・その5

 自分の漫画製作作業を家族に手伝ってもらえるのも、やっぱり幸せなことだ。

 新しく思い浮かんだ百合ネタを、読切短編漫画にして『picareaピカリア』に投稿したくなった。

 オレの部屋では、ペン入れを済ませた原稿用紙に、かわいい妹が消しゴムをかけてくれている。

 けど、その顔はやけに曇っていた。

 もう何回目かわからないため息が耳に入って、オレもだんだん不安になってくる。

 消しゴムかけが終わった分の原稿を、スキャナーでパソコンに取り込みながら、オレは聞いてみた。

百音ももね。今回の漫画、もしかしてつまんないか……?」

「そうじゃなくて」

 消しゴムを動かす手を止めて、百音はつぶやく。表情と同じようにどんよりした声で。

「友達が、好きな舞台俳優さんに彼女さんがいたってわかって、へこんじゃってて」

「あー……」

「それだけなら、まだマシなんだけど」

「なんかあるのか」

「その俳優さんと彼女さん、付き合ってることをちゃんと発表したわけじゃなくて。『ツイッテル』でお互いのいる場所とか同じ小物とかの写真をアップしてて、共通点が多すぎるってファンが怪しんで、炎上しちゃったらしいんだよね」

「うわ……」

 そういう話題は、オレのクラスの女子たちもたまに話していたから、なんとなくわかる。

 百音が言う件も、きっと『カノバレ』ってやつだろう。『俳優に彼女がいる事実がファンにバレる』の略らしい。本人たちが共通点のやたら多い写真をそろってアップするのも、『匂わせ』って行動の一種だとかなんとか。

 本人たちのやらかしもアホだけど、一部の過激なファンがその二人にどんな暴言を吐いているのかを想像すると、ゾッとしちまう。最初からアンチだった奴より、ファンがアンチになるほうが、タチが悪い気がする。

「てか、ちょっと待て。ツイッテルって、十五歳以下は登録禁止だろ」

「友達は登録してないよ。俳優さんのアカウントを、ブラウザでブクマして見てるだけ」

「あ、なるほどな。ならよかった」

「たぶん、俳優さんと彼女さんの事務所も、これから対応するんだろうけど。友達のへこみようは、見てらんなくて……」

「オレたちの立場だと、あんまりいいアドバイスもできんしな」

「うん」

 オレたちの親父——八重口やえぐち兆次ちょうじも、舞台を中心に活動している俳優だ。新人だった頃、母さん——八重口万由子まゆこが全部の公演をファンとして熱心に観続けていて、あることがきっかけで付き合い始めて結婚。それから、オレと百音っていう子どもが生まれたわけだけど。

「昔もツイッテルがあったら、親父と母さんも派手に燃えちまってたかもなぁ……」

「よく夜道で刺されなかったよね……」

 オレたちは、二人して遠い目になる。

 親父は、芸名で苗字みょうじを『天田あまた』って名乗っている。オレたちが親父の子どもだってことは、そう簡単にはバレない。母さんも含めて家族全員が、親父の職業について周りには極秘にしているんだ。

千尋ちひろ。おまえの父ちゃんって、どんな仕事してるんだ?」

「テレビ局ではたらいてる。いそがしくて、あんまり家には帰ってこないんだけどな」

 小学生時代、友達から聞かれた時も、オレは決まってこう答えていた。親父はたまにバラエティ番組やドラマにも出演するから、間違いでもないと思う。

 すげー、なんてクラスの奴らは驚いていたけど。オレは今でも、いつバレちまうかヒヤヒヤする。ネットやSNSが普及した時代だから、なおさら。

「てか、舞台ってチケ代も高いのに、友達はよくその俳優を好きになったな」

「その子の好きなゲームが舞台化されてて、俳優さんは推しキャラの役なんだって。チケットは学割もあるらしいよ」

「あー、流行りの『2.5次元舞台』ってやつか」

 原作付きの舞台に出たならなおさら、原作ファンからの批判もものすごいはずだ。アニメや漫画、ゲームを基にした舞台は、観客の好きなキャラが目の前で動いてしゃべるのも、魅力のひとつらしいし。

 好きなキャラを演じた役者が炎上したら、そりゃあ大抵のファンも悲しむだろう。ただし、俳優や女優に本気で恋している『ガチ恋』勢は除く。

「まあ、アレだ。その友達が自然に立ち直るのを、気長に待つしかないんじゃないか。気分転換に、どっか遊びに行ったりして」

「だよね。やっぱり、それが一番いいのかなぁ」

「様子見ながら、さりげなくな。で、おまえは高校に入ってからやるつもりはないのか、ツイッテル」

「絶対やらない」

 スパッと即答して、百音は黙々と消しゴムかけを再開する。『絶対』の部分には、力と感情が特にこもっていた。

「そっか」

 小さく苦笑いして、オレも原稿スキャン作業の続きをする。

 嘘が嫌いで、嘘をつくのも苦手な妹は、SNSって場所で『匿名』のまま好き勝手にいろいろ言うことも嫌なんだろう。

 オレがツイッテルに非公開アカウントを持っていることも、ずっと隠し通すしかない。

 そういえば、確か親父もこないだツイッテルに登録したとか言っていた。あとでこっそり見てみるか。


  ▼


 漫画の作業を、キリのいいところで一旦止めた後。

 百音が宿題をしに自分の部屋へ戻っていった隙を見て、オレはスマートフォンからツイッテルにログインした。

 憧れの漫画家——荏原えばら先生のつぶやきが、今日もタイムラインを埋め尽くしていて、にんまりする。

 検索ボックスに親父の芸名を入力してみると、確かに本人のアカウントがユーザー欄の一番上に表示された。しかも、ツイッテル社の公式認定マーク付き。

 ——さすが有名人だな。

 息子の目から見ても感心しちまう。

 早速、親父のホームタイムラインに飛んでみた。

「んなッ!?」

 そこで真っ先に目に映ったものは。


『ドラマの撮影で共演したから、記念ツーショ! 情報解禁と放送をお楽しみに★』


 そんなコメント付きで載っていた、国民的人気女優と親父のツーショット写真だった。

 ——何してんだ、親父ぃぃぃぃぃッ!

 思わず喉から出かかったツッコミの叫びを、どうにかこらえた。

 拡散数は五桁になっているし、親父のこのつぶやきに付いたリプライを見るのが怖すぎる。

 親父は既婚者で子持ちだって、前から何度も公言しているけど。女優ファンの反応がどうなっているのかも、想像したくない。

 コミュニケーションアプリ『サクル』にログインして、オレは家族グループの画面から親父にメッセージを送った。

『親父、何だよ、あの女優さんとの写真!』

 すると、たまたま仕事の休憩中だったのか、すぐに既読マークが付いた。

『おっ、千尋も見てくれたか。よくわからんが、過去最高にバズってすごいな』

他人事ひとごとか!?』

『どうした、そんなに怒って。母さんは俺の浮気を一切疑わんって、おまえもわかってるだろう』

『そうだけど、そうじゃなくて!』

『何かあったのか』

『若手俳優がカノバレして炎上って話を、百音から聞いたばっかなんだよ。心臓止まるかと思った』

『カノバレ? 可能性に賭けるバレーボール、の略か?』

『今そんなボケは要らん!』

『心配してくれてるのか。大丈夫だ、フォロー外の通知設定は元々切ってある。クソリプが来ても平気だぞ!』

 やたらファンシーな動物のスタンプまで使う親父に、オレは脱力するしかなかった。

 カノバレの意味を説明するところから始めなきゃならないみたいだ。

 ため息を長々と吐き出して、メッセージの続きを入力した。


 両親が付き合い始めた頃、ツイッテルみたいなSNSがなくてよかった、マジで。



 絶対バズらない方法、その5。

 異性との仲良さげな写真、特に自分とのツーショットを考えなしに投稿しないこと。

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