絶対バズらない方法・その4

 なんとなく日常生活で言いづらい愚痴は、ぽろっとネット上で吐き出すのも、きっと気楽なんだろう。たとえば、今日は学校や塾に行きたくないとか、上司から受けているパワハラやセクハラがつらいとか。

 オレのバイト先の百円ショップにも、そりゃあ嫌な客の一人や二人はいる。

「ねぇ、キッチン用のスポンジってどこにあるのかしら」

「スポンジはこちらですね。ご案内します」

 ——まず自分で探して、どうしても見つからなかったら聞いてくれよ、おばちゃん……来店直後に言わんで欲しい。

 商品カテゴリの書かれたでかいプレートも、店内の天井から吊るしたり、商品棚に付けたりしてあるのに。『キッチン用品』ってプレートも見えんのか、あんたの目は節穴か。

 心の中であきれるけど、営業スマイルで不満を隠す。客から質問されたらその商品の場所まで案内するのも、仕事のうちだから。

 こういう『ふり』が上手くなったのも、俳優をやっている親父から、演技を多少教わったおかげだ。

 まあ、このおばちゃんはまだマシなほうだ。中にはキレ気味に聞いてきた上に、その商品が在庫切れだったりするとさらに怒る客もいる。在庫がないもんはどうしようもないだろう。

 おばちゃんを案内して、オレは品出しと補充を再開する。と、パートで入っている別のおばちゃんに声をかけられた。

千尋ちひろくん、いつもありがとね。そういう重いものは、やっぱり男の人に運んでもらうと助かるわ」

「いえいえ。オレもついでに筋トレしてるみたいな感覚で、ちょうどいいですよ」

 百円ショップじゃ、健康用品も扱っている。オレがいま棚に並べているのは、1キロのウォーターダンベルだ。中に水を入れて使うタイプで、前にネットで評判を検索してみたけど、使い勝手もけっこういいらしい。ほかに0.5キロのスポーツダンベルもある。

 こういうトレーニンググッズは、女の人が運ぶにはきついだろう。発注すると、でかいダンボール箱にまとめて梱包されて送られてくるし。


「おい! この前買った電池、すぐ使えなくなっちまったぞ。不良品だろうが、えぇッ?」


 いきなり怒鳴り声が響いてきて、思わずダンベルを落とすところだった。

 レジカウンターにいるガラの悪いおっさんに、レジ担当の女の先輩店員さんが平謝りしている。

 うわぁ、っておばちゃんと一緒につい顔をしかめちまった。

「あの人、毎回ああやって苦情言ってくるのよねぇ……。だったら、家電のお店の電池買えばいいのに」

「ですね。オレ、ヘルプに入ったほうがいいですか」

「ううん、だいじょうぶ。あたしが行ってくるわ。千尋くんは、引き続き補充をお願い」

「了解です」

 おばちゃんはサッとおっさんのそばに行って、頭を下げながら電池の説明とかをし始めた。

 あとで店長に報告してもいいレベルだな、あれは。

 乾いた笑いを浮かべながら、オレも自分の仕事に集中した。

 帰るまでは、萌える百合妄想もしながら乗り切ろう。


  ▼


 利用規約だと、六か月間何もつぶやかないとアカウントを削除される場合もあるってことで、オレは『ツイッテル』で自作百合漫画のネタや作業の進み具合をつぶやいていくことにした。メモ代わりみたいなもんだ。

 どうせ荏原えばら先生のアカウントしかフォローしない非公開アカウントだし、他人からは自分のつぶやきやタイムラインをのぞかれることもない。それに、先生の漫画製作作業のつぶやきを読むと、創作意欲も湧いてくる。眺めるたびに、自分もますますがんばろうって思えた。

 彼女のつぶやきだけでなく、非公開リストからたまに親友のつぶやきも見るようになった。商業百合漫画の情報も発信してくれているし、あいつの言うことなら大体だいじょうぶだろうって安心感がある。

 リストのタイムラインを遡っていると、気になるつぶやきが目に飛び込んできた。


『書店員に「この本どこ?」って聞くと、その店員はやっていた作業を保留しその対応に追われます。そうなると他の店員の作業が増え、店全体の作業効率が落ちます。なので、書店員に「この本どこ?」という質問はしないでください。つか、すんな。欲しい本くらい、てめえで探せや。ないならネット通販で買え』


 もちろん、親友本人の発言じゃない。親友が拡散している、どこの誰ともわからん奴のつぶやきだ。

「はぁ?」

 オレは、あきれることしかできなかった。バイト先に来た、ちょっと迷惑なおばちゃんやおっさんに対するのと同じで。

 気持ちはわからなくもないけど、客が自力で探してどうしても見つからなかったら店員に聞くのは、自然な流れじゃないのか。検索機が置かれている本屋もあるから、いちいち店員に聞くなってのも一理あるけど。お年寄りや小さい子どもは、機械の操作に慣れていない人も多い。

 そういう愚痴をネットで平然とつぶやいちまうのも、どうなんだ。店や責任者にも迷惑がかかるだろうに。むしろ、客にお願いしたいことなら、一店員じゃなく店側からちゃんとした文面で公表すれば済む話だ。

 少なくとも、オレはこういう店員がいるような本屋で百合漫画を買う気にはなれない。

 そいつのつぶやきには、予想通り苦言や暴言のリプライがたくさん付いていた。拡散数も四桁になっているし、たぶん何日かはバズったまま炎上し続けるんだろう。

 百円ショップのバイト面接を受けた時、オレは店長からこう言いつけられていた。


「仕事中にどんなに嫌なことがあっても、その愚痴をネット上で一切書かないようにしてくださいね」


 ——ほんとそれですよね、店長……。

 コンプライアンスってやつの大切さをしみじみと実感しながら、ツイッテルからログアウトした。

 些細ささいな愚痴からの炎上、怖すぎる。



 絶対バズらない方法、その4。

 職場の愚痴を安易に発信しないこと。

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