絶対バズらない方法・その3

 自作百合漫画をたくさんの人に見てもらえているのは、めちゃくちゃうれしいけど。無断転載、許すまじ。

 学校の昼休み、オレは半眼でスマートフォンを眺めていた。いつも通り、親友と教室で飯を食いながら。

 スマホには、『ツイッテル』のつぶやき検索画面が表示されている。漫画のタイトルでエゴサーチするのが、日課になりつつあった。

 実際見てみたらまあ、転載してバズる野郎が多いこと多いこと。作者はオレだっての。

「画像転載系botも滅べばいいのにな」

「あー……なんか悪ぃな。おれ、宣伝しないほうがよかったか」

「や、そんなことねえよ。マジ助かった」

 苦笑いする親友に、オレはからっと笑って本心を伝える。

 こいつがオレの漫画を最初にステマしてくれたつぶやきは、拡散数も『いいね』の数も四桁になっていた。オレも自分の非公開アカウントから、こっそり『いいね』して保存してある。純粋にうれしかったからってのと、ささやかな感謝として。いつもはほとんど荏原えばら先生のつぶやきにしか『いいね』しないけど。

 ツナマヨおにぎりの最後の一口を飲み込み、オレはぼやく。

「まあ、一度ネットに上げたらこうなるだろうなって予想はしてたし。次は別の漫画を『picareaピカリア』にアップするかもしれんけど、その時にまた宣伝してくれるなら、漫画のスクショとかなしで頼むわ」

「了解」

 ペットボトルのカフェオレを飲む親友は、急に憂鬱そうな顔になった。

千尋ちひろはツイッテルやらねえほうがいいな。こっちはこっちでめんどいこともあるし」

「え、なんかあったのか」

「いや、大したことじゃねえんだけど。おれの個人的な悩みっつーか」

 机にペットボトルを置いたその指に、ちょっと力がこもったのがわかる。

「ツイッテルじゃ、百合の話以外にも、時事ネタとか日常のこととかつぶやいてるんだけどな。どんな内容のつぶやきにも、毎回必ず『いいね』してくるフォロワーがいるんだよ」

「毎回?」

「たとえば、『バイト先、今日は暇でだるい』みたいな何てことねえつぶやきにも、いちいち『いいね』が来る」

「うわ……男?」

「女。プロフィールにはJKって書いてある」

 オレの感覚でも、それはちょっと引く。年齢性別関係なしに。

 確かに、ツイッテルは一四〇字以内で気軽につぶやけるから、軽い愚痴も言いやすい空気はある。けど、『いいね』はそのつぶやきの内容に自分が共感したり、文字通り『いいものだ』って思ったりするからこそ押すボタンなんじゃないのか。

 オレも、荏原先生のつぶやきが拝めるのは幸せだけど。彼女のつぶやき全部に『いいね』をしようとは思わない。特に好きだって感じたものだけで充分だ。

 荏原先生や彼女の漫画が大好きな気持ちは、全然『義理』なんかじゃないから。

「そいつは元々片道フォローだし、こっちからフォロー返す気もねえけど。リプは一度ももらったことねえから、余計気味悪ぃんだよな」

「そんなにしつこいなら、ブロックしちまえばよくね?」

「まあ、そうなんだけどな。そいつとの共通フォロワーも何人かいるから、バレたときにめんどくさそうで」

「あー……」

 ツイッテルのルールには『必ず相互フォローになれ』とも書かれていないし、リプライを返すかどうかも個人の自由だ。

 ネット上で知り合っただけの奴なんて、面倒になったらさっさと切るのが一番だと思うけど。相手が自分と相互フォローになってくれることを期待し続けて、下心でフォローや『いいね』をしまくるのも、どうかと思うし。フォロワー数稼ぎってやつかもしれない。

 てか、目的と手段が逆になってるだろ、それじゃ。

 ——人間関係でも苦労しそうな要素があるんだな、ツイッテルには。

 二個目の主食、ワカメご飯おにぎりのビニールを破りながら、オレは渋い顔になった。

「そういう奴って、何がしたいんだろうな。相手に『いいね』しまくって、自分のことをかまって欲しいとか?」

「さあな。おれだけじゃなくて、ほかのフォロワーにも同じことしてるのかもしれねえけど」

 親友は、あきれながら手元のスマホを操作した。

「とりあえずミュートして、何日か様子見る。向こうが自然にリムってくれるのが一番だし」

「だな」

 ——やっぱオレは、ずっと鍵アカに引きこもって平穏に暮らそう。

 ネット上で人間関係に振り回されるなんて、心の底から御免だ。


  ▼


 家で学校の課題を消化する合間に、オレはツイッテルにログインした。

 荏原先生は何日かに一度のペースで、息抜きの落書きとか、飼っている猫の写真とかをコメント付きで載せてくれている。

「ほんと、いつ見ても癒される……」

 彼女の画風と同じで、本人の人柄もふんわかしているのが、ますますよくわかった。

 ついうっとりしちまうオレの目に、ふと妙なものが映り込んだ。

「——んん?」

 思わず目をまるくする。

 フォローリクエストが、なんでか三十件近く来ていた。

「はぁッ!?」

 椅子から転げ落ちそうになった。

 荏原先生のことしかフォローしていないし、彼女に一度きりのリプライを送ってからは、非公開設定のままにしてあるはずなのに。

 ——実はバグで公開設定になっちまってたとか……!?

 設定ページで確かめるけど、やっぱり特に何も変わっていない。

 フォローリクエスト一覧に飛ぶと、そこにはこんな文字が見えた。


『相互フォロー100%!』

『えっちな写真をUPしていきます!』


「業者アカかよッ!」

 前に親友からちらっと聞いてはいたけど、ツイッテル専用自動フォローツールみたいなものもあるらしい。たぶん、こいつらもそれを使っているんだろう。迷惑すぎる。

 考えられる可能性は、荏原先生のフォロワーや、彼女にリプライを送ったユーザーを手当たり次第に自動フォローしているかもしれないこと。

 よく考えれば、オレがアカウントを非公開にしたところで、先生がオレにくれたリプライには、オレのユーザーIDも表示されたままだ。そこからたどるのも簡単ってことか。あの時も、自分のリプライが拡散されかけて焦った。

 公開アカウントなら、ほかのユーザーが他人同士のリプライを拡散することもできる。そういう仕様なのも、ちょっとどうかとは思うけど。

「あー……なるほどなぁ」

 フォローリクエストを送ってきた怪しい奴らを、一つずつスパム報告してブロックしていく。

 荏原先生も、きっと毎日のようにこんなアカウントからもフォローされまくって、大変なんだろう。気苦労を想像すると泣けてくる。

 スマホを握りしめ、改めて決意した。


 ——オレは、これからも絶対バズらんぞ!



 絶対バズらない方法、その3。

 有名人にリプライを送らないこと。

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