絶対バズらない方法・その2
やっぱ、自分の漫画をたくさんの人に見てもらうには、『ツイッテル』みたいな拡散力の強いSNSで宣伝したほうがいいんだろうか。
自分の非公開アカウントのタイムラインを眺めながら、オレは漠然と考えていた。
相変わらず、ほとんど
彼女はプロの人気少女漫画家だし、ファンってかフォロワー数も当然四桁を超えている。たとえば、自分のアカウントで連載の告知をすれば、あっという間に拡散されて『いいね』も付きまくるのが当たり前だ。けど、一般人兼素人のオレはそうじゃない。
この日も学校で親友と話したことを、ふと思い出す。地道に描いていた新作百合漫画が完成したから、率直な感想をもらったんだ。
「
「マジか! さんきゅー」
「せっかくだし、『
「あー、ROM用のアカウントは持ってるけど」
「ならちょうどいいな。アップしたら教えろよ。『ツイッテル』でさりげなく紹介するから」
「ステマかよ」
そんなふうに笑い合った。
ツイッテルに登録してから二週間が経ったけど、頭の片隅で嫌な思い出が蘇る。こないだ、荏原先生にリプライを送った後のクソリプ事件だ。
万人に好かれる作品なんてないし、批判があるのも自然なことだから、それは別にいい。けど、あんな暴言をいちいち受けるのがめんどくさすぎる。
——あんなんじゃ、鍵開ける気になんかなれねえっての。
親友にも、ツイッテルのアカウントのことは打ち明けていないし、教えるつもりもない。知られたらそれこそ、漫画をどんどん上げろよってやたら勧められそうで。
だからまあ、あいつがオレの漫画の紹介や宣伝をするって言ってくれたのは、ちょっとありがたかった。
漫画をピカリアに投稿すれば、閲覧数やブックマークもそこそこもらえるだろう。何せ、プロの漫画家やイラストレーターも利用する、大手イラスト投稿SNSだ。
創作百合漫画を日夜アップしている素人たちの中に、オレもやっと飛び込める。投稿後の反応を想像すると、頬や口元がゆるんできた。
家のパソコンからピカリアにログインして、投稿画面を開く。漫画のデータをページ順にアップして、どきどきしながら投稿ボタンをクリックした。
作品画面を開くと、達成感が体中からあふれ出るみたいだった。
——ついにやったぞ、オレ!
妙にじーんとしながら、しばらくそのページを表示しておいた。
早速、スマートフォンで親友に漫画のURLを知らせる。何分か経つと、返信が来た。
早くもツイッテルで紹介してくれたらしい。そのスクリーンショットも付いていた。
『このオリジナル百合漫画、めっちゃ萌える! 女子高生と美人美容師のなれそめ最高!』
そんな直球のコメントと一緒に、漫画のリンクどころか、序盤四ページ分の画像まで貼ってくれている。
パソコンのブラウザの更新ボタンを押してみると、もうブックマークが付いていた。お互いのピカリアアカウントは元々教え合っていたから、ブックマーク数アイコンからユーザー名を見れば、親友本人だってわかる。
『ちょ、おまえ、ブクマも早すぎ! でも助かる、マジありがとな!』
思わず噴き出したオレは、すぐコミュニケーションアプリ『サクル』で礼を言った。
——そういや、ツイッテルにはリスト機能もあるんだよな。あいつを直接フォローしなくても、非公開リストに登録して、こっそり眺めりゃいいか。
自分のタイムラインは、これからも荏原先生のつぶやきだけにしておきたい。大げさな言い方をすれば、『聖域』みたいなもんだ。
——荏原先生……オレ、先生みたいに、女の子たちにときめいてもらえる百合漫画が描けるようにがんばりますッ!
改めて胸に誓い、満足してピカリアからログアウトした。
▼
事件は、その翌日に起きた。
学校の昼休み、ふとスマホからピカリアにログインしたオレが見たものは。
「んなッ!?」
あと少しで四桁に突入しそうな、自作百合漫画のブックマーク数だった。
教室で裏返った声を上げちまったせいで、近くにいた女子から怪しまれる。
「ちょっと、
「あ、や、悪い。なんでもねえよ」
とっさに愛想笑いでごまかして、ブラウザをいったん閉じた。
オレは百合好きってことは公言してるけど、自分で百合漫画を描いていることは隠している。知っているのは、家族と親友くらいだ。
——マジかよ……たった一晩でこんなにブクマされるもんなのか……!?
オレの向かいでカレーパンを食っている親友が、にやっと笑みを浮かべた。
「伸びてるだろ」
「ああ、自分のページとは思えんくらいにな……」
「おれの昨日のつぶやき、ちょっとバズったんだよなぁ」
「マジか……」
確かに、こいつのアカウントを非公開リストに入れた時、チラ見したフォロワー数は三〇〇以上だった。フォロワーがツイッテルに多くログインしている時間帯を狙ったのかもしれないけど、それにしてもすごすぎる。こんなに効果があるものだなんて思わなかった。
「でも、おれの紹介がなくても、おまえの漫画はウケたと思うぜ。絵も女子に好かれそうな感じだし」
「そうかな。まあ、銀河一かわいいオレの妹もほめてくれてるけどな!」
「出たよ、超絶シスコン。しっかし、このままどこまで伸びるか、楽しみだよな。コメント欄にも感想とかスタンプとか付いてるし」
「えっ、帰ったらガン見するわ」
そして、放課後のバイトも終えて家に着くと、すぐにスマホでピカリアとツイッテルにログインした。
自作百合漫画のコメント欄には、確かに読者からの反応がけっこう付いていた。
『すごくかわいいお話でした! 続きはないんですか?』
『この二人の話、もっと読みたいです!』
なんていうありがたい感想から、ハートマークが飛び交うスタンプまで。
スマホを握る自分の指に、力がこもる。
——オレが好きなものを全部詰め込んだ百合が、こんなにたくさんの人に楽しんでもらえてる……!
荏原先生からリプライがもらえた時と同じくらいに、世界がきらきら光って見えた。
幸せな気分に浸ったまま、ツイッテルにもログインする。
「んなッ!?」
タイムラインをちょっと遡ってみた瞬間、また声が裏返っちまった。スマホをうっかり落としそうになる。
なんと、荏原先生までもが、親友の例のつぶやきを拡散してくれていた。
——えぇぇぇぇ!? まさか、荏原先生もオレの漫画を読んでくださったのか!? てか、どんだけ拡散されてんだよ、あいつ!
猛烈に気になって、漫画のタイトルでツイッテル内検索してみた。人生初のエゴサーチだ。
「……って、おい! 無断転載とかパクツイとかもされちまってんじゃねえかッ!」
危うく、スマホを床に思いきり叩きつけちまうとこだった。
親友の紹介文をまんまコピペしたつぶやきとか、オレの漫画を数ページ分勝手に載せたつぶやきとかもたくさん出てきて。
自分の作品を好きになってもらえるのは、そりゃあめちゃくちゃうれしいけど。こういうのは無性に腹立つな。何のために、ペンネームのサインを一ページずつ隅っこに入れてると思ってんだ。
親友に相談して、対策を練らないとな。
悲喜交々って言葉は、きっとこういうときに使うんだろう。
苦笑いを顔に張りつけたまま、オレはスマホでサクルを起動した。
絶対バズらない方法、その2。
自作漫画の宣伝を画像付きでしないこと。
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