第121話 ファッションヤンキー、音楽と戦う

 矢継に浴びせられる音波攻撃に、HPを削られているが、止まらず進み続けたおかげで着実に近づいてはいる。メゾフォルテさん自身に私を吹っ飛ばせるほどの威力のある技がないようで何よりだね。

 待って?メゾフォルテさんこっちをしっかり見ているね?目と目が合ってるね?……"威圧眼"。はい、駄目でした。歯牙にもかけられず演奏を続けてらっしゃる。何だろう、顔見知りだと効きにくいとかあるんだろうか。怖い顔って結構慣れるもんね……


「分かってはいましたが、流石のタフさ。惚れ惚れしてしまいそうですね」

「ハッ!俺に惚れたら火傷するけぇのぉ!」


 そもそも女の子同士なんですけれどね?そんなことよりも、分かっていたことだけど近づくにつれて音大きくなってるね。加えて攻撃力も上がっているようだ。まぁ音での攻撃だもん。近い方がうるさいよね。だけど――射程圏内に入ったよ!私は不動嚙行を構え、突き攻撃を繰り出す。不動嚙行は真っ直ぐメゾフォルテさんへと向かうが、そう易々と喰らってくれるわけもなく。


「くっ!」


 焦ったような声を上げると、メゾフォルテさんはバイオリンの構えを解き、紙一重で攻撃を躱した。

 前にメゾフォルテさんが教えてくれていた。演奏中は無防備になってしまうと。それ故に演奏を止めなければ回避行動をすることも出来ないのだろう。逆に言えば、回避行動を取りながらの攻撃は出来ない。故に責めるなら今でしょう!


「オラオラオラ!どうしたどうした反撃してこんのんかぁ!」

「ちょっ!危なっ!もう……演奏させてくださいませんかっ?」


 文句を言いながらもひょいひょいと回避を成功させる。一発でも当てれば遠距離職であるメゾフォルテさんに痛手を与えることが出来るだけにもどかしさを感じる。――まぁ転ばせばいいんだけどね?"震脚"。


「おわっ!?」


 思っていた通り、回避に夢中で足元の注意が散漫だったようだ。呆気なく転んでくれたよ。


「ハッハッハ、もう逃げられんのぉ……!」

「ひ、ひぇえ……」


 あっれ、転んだら通常状態のメゾフォルテさんに戻ってら。弱弱しく身を縮こませて目には涙を浮かべている。はっはーん、これ完璧に私苛めている図だわ。隔絶された空間で良かった。

 さて、メゾフォルテさんの戦意も喪失したみたいだしそろそろとどめを……うん?何か視界の端に警告マークが?メゾフォルテさんも同様の表示が出たのか、首を傾げている。危険を知らせているのは分かるんだけどそもそも危険な事って?ブォン?今ブォンって聞こえませんでした?何のおt――


 音の原因を知るよりも先に私の体は強い衝撃と共に空へと打ち上げられた。

 あはは、私これ知ってるよ。リノギガイアに吹っ飛ばされた時とおんなじだ―あはは。そっかーそういや、このステージの名前って"道路"だったねぇ……すっかり忘れちゃってたよ。道路だったら走ってこないわけないもんね、車が。そりゃ危険知らせるわな。


「ぐべぁ!」


 仰向けに落下しました。今回の試合で一番のダメージだよ!

 幸い、私を撥ねたのは軽乗用車のようで、リノギガイアのそれに比べたら大したことは無かった。いや、撥ねられたこと自体が不幸だろ何言ってんの私。ふふ、それにしても散々犀繰でモンスターを轢き殺していた私が車に轢かれるとはね。そしてこの後何よりきついのが――バイオリンを構えたメゾフォルテさんが私から距離を取って不敵な笑みを浮かべている。


「やれやれ、形勢逆転ですね」


 アカン、案の定演奏モードに入ってらっしゃる。


「轢かれた相手に追い打ち掛けようとするたぁ卑怯じゃのぉ……」

「ふふ、ご冗談を。逆の立場でもあなたは同じことをするでしょう?」

「酷くない?」

「これは失礼。ですが、千載一遇のチャンスを見逃すわけにもいきませんので」


 それは道理。そして再開されるメゾフォルテさんの演奏会。バイオリンより放たれた音は無慈悲にも私に降り注ぎダメージを確実に与えていく。何とか起き上がったころには、HPも残りわずかしかない。


「ちぃっ!!」


 これは負けたかな?諦めかけ、舌打ちを打ったその時、視界が何かに遮られた。その正体はすぐに判明した。アメリカで見る様な大型トラックが私とメゾフォルテさんの間を通り過ぎているのだ。

 さっきは不幸に見舞われたけど、今度は幸運が舞い降りたようだ。向こう側は見えないけど、恐らくメゾフォルテさんからしても想定外のことだろう。好機と見た私はインベントリから1つのアイテムを取り出した。ポーションとかの回復アイテムじゃないよ。そもそも制限掛かってるから取り出しすらできない。私は取り出したそれをしっかりと握り締め、その機会を待つ。


 場は大型トラックの音だけが響き渡る。メゾフォルテさんが演奏を続けているのかは分からない。そもそも演奏しててもかき消されていることだろう。それだけ、大型トラックの騒音は凄まじいものだ。けど、それも終わる。トラックが過ぎ去りメゾフォルテさんの姿が見えた瞬間、私は野球選手さながらに掴んだアイテム――堅泥団子を投げつけた!

 投擲スキルによって狙いを補正された堅泥団子は真っ直ぐ、バイオリンを降ろし休憩し油断していた頭部にクリティカルヒット!避ける暇も与えなかった。


「まさかっ!!」


 驚愕の声を上げるメゾフォルテさん。気持ちはわかるよ。トラックが去ったらいきなり泥団子投げつけられるんだもん。まさかと思うよ。

 流石に堅泥団子一発でHPを刈り取れるとは思ってはいない。でも、衝撃はかなりのものだっただろう。見事にバランスを崩し尻もちをついていらっしゃる。おまけに何か状態異常を引いたのか立ち上がろうとしているようだけど上手くいっていない様子。おかげで私が近づいても彼女は立てずにいた。そして、傍まで近づいた私を見上げると降参とばかりに両手を上げた。


「参りました。運が私に向いたと思ったんですがね」

「俺の場合は悪運じゃろうな」

「どうします?殴ります?」

「アンタが降参するならそれでええ。無抵抗で知り合いの女の顔殴るのは抵抗があるけぇのぉ」

「おや、男性ならいいと?」

「そがいな訳じゃ……ない」

「断定してくださいよ」


 私の言葉に困ったように笑うメゾフォルテさんは、画面を操作し――サレンダーを選択した。


"プレイヤーメゾフォルテよりサレンダーが選択されました。対戦を終了いたします。『オウカ』WIN!"


 2日目の1戦目はこうして勝利に終わった。やったね!

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