むかしの思い出

青山

むかしの思い出

 7月の朝は、涼しかった。太陽が出るまでには雨は止んでいたが、地面は濡れており朝顔には水滴がついて太陽の光を浴びると、まぶしく光っていた。


 立花夏織は目覚まし時計のアラームで目覚めると、学校に行く準備をした。


 ギリギリまで寝ていたかったため、食事をまともにする余裕もなかった。食パン一枚を食べて家を出た。


 若干寝ぼけているせいか、太陽の光で反射する地面がまぶしくて鬱陶しかった。


 もう自分は高校一年生、しかももう7月。最初は学校までの道のりが新鮮だった。だがもうそれも見慣れたものになってきた。


 少し急ぎ足で学校に着いた。教室に入り、自分の椅子に座ると、クラスメイトの桜田六花が声をかけてくる。


「おはよう、お嬢」


 六花はいつも元気そうだった。高校入学した時からの仲であるが、夏織によく親しくしてくれる。


「その呼び方やめてよ」


 夏織は眉にしわを寄せて、嫌な顔をする。


「なんでよ、いいじゃん周りに流されない感じがあって、信念を貫いていそうだよね」


「信念とかないから。ただ周りと付き合うために、周りの空気読んだり合わせたりするのが面倒なだけ」


「そこがお嬢なんだよ」


「もうわかんないわ」


 夏織は机の中に教科書を入れ始める。


 立花は夏織の机に手をついてよく話をしてくる。彼女が何故自分に対して話をしてくるのかよくわからなかった。


 立花は活発で他の誰とでも付き合いがあって、運動も出来る人だと夏織は知っていた。


 そう考えると、自然と自分と比較してしまう。


 夏織は六花を見るだけで、自分の愚かさを思い知らされる。勉強の成績はお互い同じくらい、もしくは自分の方が上であることがそこそこある方だが、他は全部六花に劣ってしまう。


 そんな自分を見て、六花のことを嫉妬してしまう自分が嫌だった。


「まだ部活決めてないの?」


 六花が言ってくる。


「別に興味ないし」


 夏織はいつものように返事をしておく。ずっと前から部活は何にするか聞いてくる。


「もう7月なんだし、一年生も既に活動して周りに馴染んできてることだしさ、そろそろ決めてもいいんじゃない?」


「この学校、部活動参加が強制なわけじゃないし、無理して活動することないんじゃないかな」


「うーん……確かに。でもこの高校生活、過ぎたらもう戻ってこないんだよ?青春しようよ」


「青春とか興味ないし」


 夏織が答えると、六花は参った顔をする。


 それと同時にチャイムがなる。


 六花は大人しく自分の席に戻り、普段と変わりない一日を送った。


 放課後になると、運動部や吹奏楽部が精を出しているのを教室からでも分かる。


 でも夏織には関係なかった。学校が終われば家に帰るだけの毎日。何も変わらない。登校した道を逆に歩くだけ。


 自分でも最初は部活に入ろうと思った。そう思っていた時期があった。


 時間が経つにつれて焦りを覚えた。入学当初、周りには知らない人だらけだった。だが、次第に誰とでも仲良くなれるのだと思っていた。


 だが違った。自分から何かしなければ何も変わらない。夏織の周りだけ、一人を除いて誰も近寄ってこなかった。


 家に帰ると、すぐに自分の部屋に籠る。


 荷物を下して、ベッドに横になる。普段はこうしている間に母親から晩ご飯が出来たから、部屋から出てくるように言われ、ご飯を食べると風呂に入って、その後適当に部屋で時間を潰して、眠くなったら寝るような生活をしていた。


 ふと自分のタンスを開けてみる。


 その中には、写真が詰まったアルバムがあった。その横にはデジタルカメラ。


 そのカメラはもう随分と使っていない。充電すれば使えるが、今は電池が切れている。


 夏織はアルバムを開く。その写真の中には、花や街が写っていた。


 昔から趣味で写真を撮っていた。、小学生の頃に父親に買ってもらったものだ。だが、今は写真を撮ることをやめた。


 気まぐれで写真を少し見たが、見るのをすぐにやめた。なんだか嫌な気持ちになったからだ。昔を思い出したくない。楽しいことはすぐに忘れるのに、嫌なことだけが今でも頭の中から離れないからだ。


 もう寝ようと思っていたが、その時携帯電話から着信音がした。


 何かと思って形態を開いてみると、六花からのメールだった。


『明日学校休みだし、せっかくだからどこか遊びに行こう』


 何がせっかくなのか分からなかった。自分以外に遊ぶ友達はいないのかと夏織は思った。


『別に遊びに行ってもいいよ』


『じゃあ駅前集合ね』


 別に断る理由もなかったので、六花の誘いを了承した。


 休みの日に一日だらだら過ごすだけの未来が見えたので、ここは思い切って外出しようと決心する。


 携帯電話を閉じて、部屋の電気を消して夏織は眠りについた。


 次の日、夏織は日の光で目覚める。休日の時くらいは自分の好きな時間に起きたかった。だが、今日は六花と遊ぶ約束があるからそうのんびりしていられない。


 朝ごはんを食べて、着替えで外出の準備をする。普段休みの時はずっとパジャマのままでいる。


「なに、出掛けるの?」


 母親が聞いてくる。


「うん、友達と一緒に出掛けてくる」


「そう、気をつけていってらっしゃい」


 夏織は家を出ると、既に昼少し手前くらいの時間になっていた。


 駅前に着くと、待ち合わせの場所で既に六花が待っていた。


「遅いよー」


 立花が笑いながら言う。


「時間通りに来たじゃん」


「私は一時間前には既にいたよ」


「はや、そんな早く来ても私はすぐには来ないよ」


 適当な会話をいくつかしながら、時間はもう昼ちょうど。昼食にしようかと六花が言う。


 駅前を歩くと、アーケード街があったり、駅構内にはカフェや土産屋がある。


「あそこのカフェに入ろうよ」


 立花が言う店に、二人は入った。


「私ここの店入るの初めて」


 夏織が言う。初めて入る店は分からないことがあって不安だった。


「私も初めてだよ」


 立花が言う。


 夏織はてっきりこの店を六花は知っているのかと思った。だから分からないことがあったら六花に任せようと思っていたのだが、それも無理そうだ。店員に聞くのも気が引けるし、適当な振る舞いをしておこうと思った。


「初めて入る店苦手なんだよね。安心できない」


店内に入り、店員に案内された席に向かい合って座ると夏織が言った。


「私は探求してる感じあっていいな」


 六花はそういうと、メニュー表を夏織と自分が一緒に見れるように横にした。


「何にする?私これがいい。おいしそう」


 立花は商品の写真が写ったメニュー表を指さしながら言った。


「私は何でもいい」


「え、なにそれつまらない。もっと真剣に考えてよ。もしかしてお腹空いてない?」


「そんなことないけど。でも六花が決めていいよ」


「えーお嬢の好み知らないよ?」


「ちょっと待って」


 夏織が六花のことを指さす


「え、何?」


「私のことお嬢っていう変な名前で呼ぶの禁止」


 六花は驚いた顔をする。


「やっぱりだめ!?」


「うん」


 すると六花は急に大人しくなって笑顔をなくす。


 それを見て、夏織は少ししてから言う。


「やっぱいいわ」


「え……?」


「私のこと好きに呼んで」


「あ、ほんと。じゃあ今まで通りで呼ぶね」


 六花の表情がさっきと同じに戻る。


 メニュー表を見て、六花は指を刺したものを気に入る。


 それは焼いたパンに厚切りベーコンとチーズを挟んだものだった。


「じゃあ私もそれ」


 夏織がそういうと、テーブルに備え付けられているベルを鳴らす。


「もっと見ればよかったのに」


 六花が言った後に店員がすぐにやって来た。


「これをアイスコーヒーのセットで二つください」


 夏織が言うと、店員はかしこまりましたと言って、厨房に向かっていった。


「別に私と同じものじゃなくても良かったのに」


「同じの食べたら、美味しかった時、どう美味しかったかお互い分かりやすいでしょ?」


「まぁ確かに?」


「だから同じで良いの。それに私は何でもいいって話だったし」


 しばらくして注文したものがテーブルの上にやってくる。


 皿の上に厚切りベーコンとチーズがサンドされたパン。しっかりと焼き目が付いており、熱々で出来立てだった。


 六花は携帯電話を取り出して、パンとコーヒーを写真に撮る。


「そういうの流行ってるの?」


 夏織は尋ねる。


「何が?」


「今から食べるものを撮るの」


「だって記録しておきたいじゃん。楽しいこととかさ」


「そうなんだ」


 それ以上、夏織は深く追求しないことにした。


「いただきます」


 そうして二人は同時にパンに食べ始める。


 六花は勢いがあり過ぎたのか、口の中で熱いチーズに耐え切れずに必死に息を吹いている。


「そんなに熱かった?」


「欲張りすぎた!」


「落ち着きなよ」


 夏織は慌てずゆっくり食べて、アイスコーヒーを一口飲む。


 テーブルの上に角砂糖とコーヒー用のミルクが置いてあったが、夏織はそれに手をつけなかった。


 六花はアイスコーヒーで口内を冷まそうと一気に飲もうとする。


 しかし、一口飲んだ後に角砂糖とミルクを大量に入れ始めた。


「そんなに苦いの苦手なの?」


 六花は落ち着きを取り戻し、呼吸を整える。


「苦手ってわけじゃないけど甘いのが好きだから甘くしてる。いやぁこんなに熱いとは思わなかった」


「どうこのパン?」


「美味しいよ。焦らずにゆっくり食べるところお嬢っぽいね」


「私のことをよく知らないでしょ」


 夏織は少し笑っていった。


 学校に急ぐために食パン一枚しか食べないところを見られたらなんて思われるだろうか。


 そのあと二人はゆっくり食事をした。


 基本は六花が喋ってばかりだった。夏織はそれを黙って聞いていたり、時々相槌をしてみせた。


 食事も終わり、店を出ると、アーケード街の一角で写真の展覧会が行われていた。


「ねぇ見てよ。なんか奇麗な景色がいっぱい」


 入場は無料なので、六花は展覧会を少し覗いてみた。夏織もそれに釣られて覗いてみる。


 六花は様々な写真を見て感動的になっていたが、夏織はそれを流してみていた。


「どうやって撮ったんだろう?」


 六花が言う写真を夏織は見る。


 その写真には、色とりどりの花畑が写っていた。しかしピンボケしていい写真とは言い難かった。


「どうやって撮ったっていうか、ただ変なところにピントが合って、写したいところを移せなかったからこうなったんでしょ。特にすごい写真でも何でもないよ。誰がどう見てもダメ。多分景色は良いんだろうけど、これじゃあ見た人に伝わらないよ」


 夏織は言った。


 なんでこんなものを展示しているのか理解できなかった。


 誰がこんなもの写真を撮ったのだろうと思って、写真の下にある投稿者の名前を見てみた。


「井口天音」


 自然と口に出していた。


 確か写真家をしていた気がすると、頭の中で思い出そうとする。


「私でーす!」


 突然女性の声が後ろからする。


「わっ!」


 六花がびっくりする。その声に夏織はびっくりした。


「別に写真を批判しようとしていたわけでないんです。ただなんかこの展覧会の中で何故かこの作品だけ他と違うなぁって思って」


 夏織はすごい早口で言った。まさかダメ出しした写真を撮った人が近くにいるとは思っていなかった。


 天音という女性は見た目からして20代後半といったところだった。


「別に私の撮った写真を見て、どうこう思ってもらっても構わないよ。それにこの展覧会では、自分の撮った写真を投稿すれば、ちゃんと展示してくれるのよ?」


 天音は別に機嫌を損ねることなく、むしろ人に丁寧な説明をするような物言いだった。


「この写真っていつ撮ったんですか?」


 六花が聞く。


「これは私が幼いころに撮った写真かな」


 天音は自分の撮った花畑のピントもあっていない写真を触ろうとしたが、展示物に触らない決まりだったのを思い出して、手を自分の胸に当てて昔の記憶を思い出すようなそぶりをする。


「親のカメラを貸してもらって、初めて撮ったの。でもね、初めて触るものだから奇麗なものなんて撮れなくて、結局こういう風に写っちゃったけど、でも大事なのは奇麗に撮れたかとか、そういう問題じゃないの」


 天音は自分のポケットに、小さなケースに入るカメラを持っていた。


 それはコンパクトカメラだった。


「これは親から貰ったの。もういらないからって。でも私にとっては宝物。今でも大切に使っているわ」


「でもそのカメラ、現像しないとどう写っているか分かりませんよ」


 夏織は言った。


「それでいいの。どう写ったかって、そこまで重要じゃないの。私はね、その時どういった気持ちで撮ったかってことを大事にしたくて、だから今ここだって思った瞬間を写真にしてるの。今は写真を撮る仕事をしているから、そういうわけにはいかない時もあるけど」


 他にも天音の作品はいくつかあった。この写真に比べて写りは断然いい。


「写真は記録じゃなくて、記憶を蘇らせるものだと私は思ってるの。その場所で何があったか、その写真じゃ語れないものを思い出させてくれる」


 天音のいうことに、夏織は少し不満を抱いた。


「そんなの、自己満足です。こんな写真他の人が見たって分かりっこないですよ」


「確かに、そうかもしれないわ」


 天音がほほ笑んだ。夏織には何がおかしいのか分からなかった。


「私だって写真を撮ったことあります。展覧会で展示もしてもらいました」


「そうなの!?」


 夏織が言ったことに六花は驚いた。


「中学の頃、そういう事してた」


「じゃあ今でもそうすればいいのに。部活も立ち上げてさ、私も入部する!」


 六花が楽しそうに言ったが、夏織は首を横に振った。


「もう嫌なの、誰かと比較されるのが!結局人に評価されたいから写真を撮っただけ。自分には写真を撮ること以外やることなかった。でも何もかも嫌なことばかり。評価されたかったから頑張ったけど、でももう疲れたの。最初は自分の気に入ったものを誰かに見せて、褒められるのが嬉しかったから、写真を撮って色んな人に見せた。だけどいつの間にか目的が変わってた。自分が評価されたいからやっていただけなんだって」


 思わず自分の感情をそのまま話してしまったと、夏織は気付いて急に恥ずかしくなって黙り込んだ。


 天音は夏織の肩を触って言った。


「楽しいことを忘れちゃダメ。私もね、一時期ダメな時があった。それで自分が嫌になって、何もかも放り投げようとした。でも思い出したの。カメラを初めて持った時の気持ちってなんだっけって。そうしたら、今の自分がバカに思えて来ちゃって。何を必死になってるんだって」


 天音は外に出ると、二人を手招きした。


 道は真っ直ぐ続いており、その先には階段がある。


「着いてきて」


 そうして階段を上ると、その先には公園があった。


「ここだったんですね」


 夏織は呟く。


 そこには写真に写っていた花畑があったのだ。


「以外に近かったでしょ」


 天音は子供みたいに笑った。


「思い出なんてね、皆忘れているだけで、身近にあるものなのよ」


 風が優しく吹いて、花が波のように揺れている。


「私、写真撮りたい!」


 六花が言う。


「でもカメラ持ってないじゃん」


 夏織は自分のカメラを持ってくれば良かったかもしれないと、少し後悔する。


「私のを使いなよ」


 天音は自分が手に持っている小さなカメラを六花に渡す。


「良いんですか!?これ大切なものじゃ……」


「撮りたい時に撮って、良いなって思ったことは写真に残さなきゃ」


 天音はウインクしてみせる。


「皆一緒に写ろ!」


 公園のテーブルの上に置いて、時間差でシャッターを切ろうするが、六花は操作が分からず、結局天音にやってもらうことにした。


 六花はピースしてポーズを取ろうする。


「お嬢も何かポーズしてよ」


「私はそういうのは……」


「写真撮ってたのに?」


「撮るのと写るのは別の話!」


「ほら、カメラ見て!」


 天音が言って少し間が開いた時、シャッターが切られる。


「どう写ってますかね?」


 六花は楽しそうに天音に聞く。


「さあねぇ」


 天音も楽しそうだった。


 そのあと花畑を見ながら少しお喋りをして、天音は仕事があるからといって戻った。


 撮った写真は後で自宅に送るからと言い、二人は連絡先を教えた。


 夕方にもなり、二人は家に帰ることにした。


「なんだか、変な一日」


 夏織は疲れたように言った。


「そう?楽しい一日だったな、私は」


「もう疲れるのはこれくらいにしてよ?」


「ううん、もっと楽しい思い出作ろうね」


 夏織は、変な友達を持ったなと思い、思わず笑みがこぼれた。


 数日経って、天音から一緒に撮った写真が送られてきた。


 六花は元気そうに写っており、夏織もそれに釣られて笑っていた。自分ではそんな自覚はなかった。そしてそれを天音は見ていて、まるで自分の子どもを見るように微笑んでいた。


 数年ぶりに、デジカメを持ち出してみようと思い、夏織はタンスを開けてカメラの電源を入れようとする。


 しかし、電源が点かなかった。随分と長い間使っていなかったせいで、充電が切れてしまったのである。


 なんだか申し訳ないと思いながらバッテリーを充電する。


 次の休みの日にはカメラを持ち出して外出してみよう。その時は六花も一緒に。


 そう思う夏織だった。

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むかしの思い出 青山 @genocide2501

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