>Ⅵ

 土曜日が来た。

 テラスでの、普段にはないちょっと変わった日常を過ごした後で入浴を済ませてからも、二人でどうしようないことを少し話して、それぞれの部屋に入った。

 僕は眠気に襲われるまでレポートの作業を進め、就寝した時には深夜1時を回っていた。若干翌日に不安があったが、なんとかかんとか目標の7時に起きられた。僕も少なからず、今日が楽しみではあるらしい。そういえば、めいと二人で出かけたのは思い返してみれば結構前だった。彼女の仕事が忙しかったこともあるし、大学の講義の時間が完全にずれているので、平日はなかなかスケジュールが合わない。休みは僕がバイトだったり、彼女の仕事でこれも合わないと言うのが、多分半年近く続いていたのだ。そう考えれば確かに楽しみでもあった。あんなノリの茗と遊んでいる時間を、僕もそれなりにちゃんと楽しんでいられていたことを思えば、密かに楽しみでもおかしいことではなかった。どうでもよかったらきっと昼まで寝ているぐらいの勢いで、のらりくらりと二度寝をかまして茗に叩き起こされていたかもしれない。

 階下に降りると、茗はすでに起床していたらしく、キッチンから音がした。

 水を飲もうと、そのキッチンに向かうと、茗は鼻歌を歌いながら朝食の準備をしているところだった。

「あれ。れいちゃん起きてきた。おはよ」

「おう、おはよ」

「くっそ。フリフリのメイド服着て甘甘モードの茗ちゃんがに起こしに行く作戦だったのに」

「なんだそれやめろテンション下がるだろ」

「ちょっと待てそれはどう言うことだ。仮にもそこそこ人気モデルだぞ私。本屋行けばそこかしこに表紙の雑誌が並んでるんだぞ。その人気モデルが、まあやらないコスプレをカマそうとしていたというチャンスを逃した早起きの玲ちゃんの罪は重い」

「そこかしこは嘘だろ」

 そう返しつつ、食器棚からグラスを取り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し注ぎ込んで一気に飲み干す。

「ま、まあ何冊かは」

「けけけ」

「ふん。全日本の男性ファンを完全に見下したな!貴様!」

 無駄話をしながらも茗の手はちゃきちゃきと動いていて、朝食が着々と準備されていく。今日はトーストらしい。

「元々ファンじゃないからそこと比べるのがまずそもそも違う」

「うるさいなFC会員番号000よ」

「それはお前が勝手にやったことだろう!?」

「ふふん。あの名誉がある限り貴様は私のトップファンなのだよ」

「強制的押し付けられた称号な」

「あ、来月FCイベントやるから参加必須でよろしく。のーのちゃんなら連れてきたら入れたげる」

「そんなの行くわけないだろう」

「なんで!?呼吸するように参加するでしょ!?」

「しねーよ。妹がステージ立ってすげーよそ行きのトーンで話してるのなんてテレビで見るのですら違和感しかないわ」

「気持ちはわからないでもない。ああいうのは自分で見るのですら結構うーんってなる」

「だろ」

「ショー出てる時は可愛いでしょ?」

「ああ、ファッションショーとか?」

「そう」

「あれはわかる。すげーなぁって思ってるよ」

「へへへ。さって、できた。玲ちゃんもう食べる?」

「あ、うん」

「あ、間違えた。朝食お召し上がりにまりますか、ご主人様?」

「やめろ水が戻ってくる」

「水ですら!?」

 バカな話をしながらも、ダイニングテーブルに朝食が二人分セットされた。

 それは素直にいただいて、朝食を終え、後片付けは僕が担当した。出かける準備は女子の方が時間がかかると思ったが、もうほとんど完成しているらしく、昨夜よく見た光景よろしく、リビングのソファでだらけていた。僕も身支度を済ませると8時半を少し回ったところだった。

「少し早いけど、出るか?」

「まあ、遅くなるよりはいいしね。行こっか」

「オーケイ」

 戸締りを確認して、二人で家を出る。

 今更だが、実は僕ら二人はぱっと見あまり似ていない。よくよくみれば確かに兄妹、と言う感じなのだが、言われなければわからない、と言う人が大半だった。そのため、中学の頃に二人で街を歩いていて偶然茗の所属事務所の人間にばったり会ってしまった時に、彼氏だと勘違いされて別れろと騒ぎ立てられ、血縁関係を証明するのに時間がかかったことがある。そんなこともあって、二人で外出すると言うイベントを一時期は控えていたのだけれど、

 そんなのは事実じゃないんだからどうでもいい、実際ほんとに兄妹なんだし。

 という茗の方針で気にしないことにはした。が、なんだかんだで茗はそれなりに顔の知れてる有名人だから街中で声をかけられることも少なくない。巻き込まれるのは最初は勘弁してくれとばかり思っていたが、そのうち必然的に躱し方を覚えなければならなかったりして、僕の対人スキルは向上した気がする。結果として山﨑に対してもまだ自然と居られるようになっていると思うので、結局のところ感謝している。

「なんか久々だねぇ」

「なに…ああ、二人で出かけるのが?」

茗の唐突な言葉を、玄関に鍵をかけながら聴いて、返してみる。

「そう。なんかこのところ、コレクションとかテレビとかやかましいくらい忙しかったからなぁ」

門を出て、茗と並んで歩き出す。

「そんな貴重な休日、このメンツでいいの?」

「良い決まってるじゃん。私が後で後悔するような選択を、顔色窺ってするとでも?」

「お前は楽しみには貪欲だもんな」

「楽しくなきゃ、芸能なんてやってるわけないじゃん。あんな世界。楽しむための努力はするけど、すればするだけ苦しむようなことは絶対にしないよ、私は」

「相変わらず強ええなあ」

「そんなことより、勝負服買いに行くんだからね。昨日お母さんから託された軍資金無駄遣いするなよ_

「わかってるよ。むしろ使わないで返すよ」

「それはお母さん可哀想」

「なら、これで二人にプレゼントでも買う?」

「…玲ちゃんにしてはいい提案。乗った。でも、それは玲ちゃんののーのちゃん攻略アイテムが揃ってからの話しだな」

「….いや待った。来週、二人結婚記念日じゃない?」

「え?あ、嘘。まじだ。」

「「えええ!?」」

「なんつータイミングだよ。本当に」

「うっわ怖い」

「だなぁ」

 そんな会話をしながら、両親へのプレゼントはなにがいいか、と言うテーマで討論が始まり、継続したたまま駅に到着した。電車の待ち時間も、電車内も、その話で持ちきりだ。僕としては、山﨑の話を振られないのが救いだったし、実際本気で何かプレゼントをしようと思っているので、ああ久しぶりに僕の恋愛関係なく有意義な会話ができているなぁとはだった次の瞬間に、

「じゃあ、のーのちゃんには何をプレゼントするの?」

 おっとっとクジラさん?僕の賢い妹はなにを言っているのかな?

「なんでそんな話に?記念日でもなんでもないのに?」

「誕生日いつ」

「知らない」

「ロック解除したスマホを今すぐ私に納めろ年貢だバカタレ」

「お、横暴だ!搾取だ!」

「うっせえ姉ちゃんちんたらしてんじゃねぇよ差し出せば楽にしてやるぜ」

「悪人だな。あと性別」

「そうだね。さ、早く」

「え!?_

「早く。ロック解除した玲ちゃんのスマホ」

 と、言って掌を差し出してくる。

「出すかバカ」

「ちっ。でもさぁ?大好きな女の子の誕生日も知らないのー?」

 わざわざ少しだけ声量を上げる茗。電車内だバカ。

「声が大きい。知らないよ。向こうだって僕の誕生日知らないんだよ多分」

「誰でも知ってる記念日じゃん。元旦1月1日。

「それはそうだけどさ!違くて!」

「よし。今年中に恋人同士になって初詣、3人で行こう!」

「僕と山﨑と…あと誰?」

「お父さん」

「せめて茗で」

「やったー!約束ね!」

「は、はめられた!?」

「つめが甘いぞ玲よ。約束ね」

「そんなん無理だよ。」

「まだ2ヶ月ぐらいあるのに!?どんだけだらだらする気アルかキサマ!?」

「なんでチャイニーズなの」

「ご愛嬌」

「知らんがな」

「あ、次渋谷だ。行くよ、玲ちゃん。気合入れなよ野郎ども!」

「ドーラ!?」

「まぁ、駅は飛行船のお膝下よ」

「よく知ってんな」

「私あそこの公式サポーターやってたことあるから」

「そうだっけ?」

「私の兄なら、すべての記事をスクラップすること。ネットもスクショとること。違法でもなんでもいいから動画を保存しておくこと。わかった?結婚しようがなんだろうが、これ摂理ね」

「……」

「なに?」

「…お前って、本当わがままだな……痛って!」

 無言のままそこそこ厚いヒールで脛を蹴られた。

 さあ渋谷だ。

 久しぶりのこの感じ。

 まぁ、いろいろあるけど、せっかくだから楽しもう。

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