>Ⅲ


「まあ、総括するとですね。いいか?バカれいちゃん」

「なんだよ」

 ココアはもう放っておいていいらしい。テーブルに置いたままである。

「ちょっと待って」

 するとそのマグカップをくい、と一口飲んだ。忘れてはいないようだ。

「ずーっと過去の人を引きってきたよね?」

「うん」

「それで今、そから脱却できるかもしれない。だよね?」

「うん」

「脱却したいよね?」

「うん」

「なら、そんな中途半端に考えちゃ駄目だよ。前も中途半端だったからああなった。同じこと繰り返す気?」

「……いや。それは、嫌だな」

 思い出して意気消沈いきしょうちんする僕。

「たかが恋愛とか考えてるなら、絶対違うからね。世の中の人の多くは、そこから家族作るぐらいのすごいことなんだからね。私たちだってそうでしょ」

「…確かに」

 その意見は説得力がある。うちの両親は仕事で出会って恋愛結婚だった。そして僕とめいが生まれたのだ。

「玲ちゃん、ずっと引き摺って一人で生きてくつもりなの?」

「……むう」

「考えたことないだろうけど」

 その通りだ妹よ。そんなこと考えたこともなかった。

「まあ、一緒に生きる人が恋人とか結婚相手だけに限るかっていったらそういうことじゃないけどさ。でも一番普通じゃない?多分それが異性であれ同性であれさ」

「うむ」

「玲ちゃんゲイなの?」

「多分違う。実際女の人に惚れてるわけだし」

「でしょう。まあ、それが絶対的な証拠になるとは限らないけどさ。って話が逸れたな。えっと、じゃあ、なんで私に相談しようと思ってたの?だいぶ黙ってたけど」

「それは、この、山﨑やまざきに対して自分が思っているものがまず最初わからなくて。で、だいぶ時間かかっちゃったけど、ああ、これがそうか、ってなって…」

「うん。自分で気付いてるじゃん」

「…そうだな」

「なら、話したいって思ったのはなぜ?相談じゃなく単なる報告?」

「いや、うん。違うな。ああ、どうしたらいいかわかんなかったんだ。このままじゃ、この気持ちをどうしたらいいかわからなくて」

「少なくともその気持ちはどこかに働きかけなきゃいけないっていうのは理解してるのね?」

「だと思う」

「ふむ。じゃあ告っちゃいなよ」

「うん……はぁ!?」

 その提案はリハビリ中の僕にとってはとんでもないぶっ飛んだ提案だった。

「だってそうじゃん。それしか行き場なくない?それとも一人で悶々と好きだけで」

「できるわけないじゃん…今現在、受け入れてもらえる確率なんて万に一つもないんだぞ?」

「わかんないじゃん。玲ちゃんだって、何にも意識してなかった子から告白されたことあるでしょ?」

「一回だけな」

「あるじゃん。予感もしてなかったでしょ?」

「なかったね」

「ほら。それと一緒。他人が自分をどう思ってるかなんて、蓋を開けてみなきゃわからないんだよ。確認、なんて事務的な作業じゃないけど」

 最初から今まで、茗はブレずに一貫してこの調子だ。どれだけ自分に自信があるんだ。我が妹ながらかっこいいわ。

「…そりゃそうだけど、それなら少しでも確率上げる動きを取ってからの方が…」

「ほら、結局そうでしょ?そばにいて欲しいんじゃない」

「……むう」

「むう。じゃない。認めろ。じゃないと、玲ちゃんは前に進めない。自分が他人に対して望んだり、欲望を覚えることから、もういい加減、逃げなくていいんじゃない?もう充分休んだでしょう?」

「…めいはなんでそんなに振り切ってるんだ?」

 頭の中にふと浮かんだ純粋な疑問だった。

「別にれいちゃんがうじうじしている優柔不断だっていうつもりはないよ。けど、うじうじしてるのは、時間の無駄。最初から決定打を打たなくてもいいから、少しでも動いた方がいいよ。今の玲ちゃんなら、軌道修正が可能なレベルでゆっくり動いていくべき。じゃないと反動でまた塞ぎそうだし」

「うう。確かに」

「情けない声出さない!のーのちゃんのこと好きなんでしょう?なら、とり合えずまず、その人に対して恋することができた自分をちゃんと信じろ!のーのちゃんだって、自分のことを好きになってくれた人が、その気持ちに自信がないとか言われたら悲しいと思うよ?少なくとも私はそう。もしのーのちゃんも玲ちゃんのこと好きで、でもこんな自分なんかが好いてしまってすみませんみたいなこと言われたらどう思う」

「そんな風に思われることは絶対にないと思う」

「いいから。現実的な話してるんじゃなくて。仮にだよ」

「…まあ、確かに、そんなことは思わなくていい、って思うな」

「でしょう?程度はあるよ?ストーカーとか粘着質は違うけど、普通に人に好かれるのは誰だってどっかでちゃんと嬉しいんだよ。玲ちゃんは今、のーのちゃんを喜ばせることができる要素を一個持ってるの。それだけは間違いない。だから、ずっと抜けたかったトンネルをやっと抜けて獲得したその気持ちだけにでも、ちゃんと胸張れバカ。私の兄だろお前」

 …はー。

「なんか…」

「何?」

 放っておいてしまったココアを何度かぐるぐると掻き回して、一口つけた茗が聞き返してきた。

「茗、かっこいいな」

「何言ってんの。こんなこともわからない玲ちゃんがダサいだけだよ」

「…キツイわー」

「まったく。とりあえずお昼誘ったり、ノート借りたりして、少しでも話す機会増やせば?読んでる本に興味持ってみるとかさ。連絡先は知らないの?」

「いや、仲間内のグループがあるから、知ってはいる。一対一でやり取りしたことはないけど」

「なら全然いいじゃん。送ったげるからロック解除してスマホ貸して」

「それは駄目だ」

「冗談だよー」

 そのあとはとりあえず、僕の心の負担にならないようにどうコミュニケーションを取るかの作戦会議になった。我ながら、この歳でこんなことを妹に手伝ってもらいながら考えるとはなんとも情けないが、それには、過去の大きな穴が起因しているので、勘弁して欲しい。

 それにしても我が妹よ。いったいどんな経験してきてるんだろう。お兄ちゃんはちょっと心配だぞ。

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