第5話 スマホ
S.
図書館から戻った
人差し指を唇に当てています。奏太くん、同じ仕草をしてみせながら抜き足差し足忍び足。
「ただいま」
「お帰り。絶対にママのこと起こさないでよ」
「……それって何してんの?」
「見れば分かるでしょ」
お姉ちゃんがリビングの飾り付けをしていることは、確かに見れば分かりました。
問題はその内容です。輪飾り星飾り網飾り、提灯飾りに吹き流し。華やかに祝ってあげたい気持ちは伝わってくるものの、どう見ても一ヶ月遅れの七夕祭りという風情。
「笹がないのがかえって不思議」
「何か言った?」
奏太くんは首を振りました。ここ数日、遥さんが勉強の合間を縫って夜中まで作業していたことはよく知っています。母親譲りの不器用さを押してこれだけのものを準備した苦労を思えば、センスがないだの時季外れだの軽々しく文句は言えません。
「僕もやる」
「こら、勝手に触らないの。いいから私が呼ぶまで部屋でじっとしてて」
拒絶されました。担任の先生からは『歳の割にとても落ち着いている』と評されるクラス委員も、お姉ちゃんにかかると形無し。無愛想で鈍臭い弟という不本意な扱いです。
奏太くん、飾り付けは諦めてキッチンへ向かいました。手に取った
さっきまでいた図書館の掲示板に、食中毒への注意を促すポスターが貼ってあったのを覚えていたのでした。『見えない脅威! 夏場は雑菌が繁殖しやすいので気を付けましょう』
テーブルの上、椅子の肘置き、テレビのリモコン。拭き始めると止まりません。
あちこちきれいにしながら、奏太くんは肝心なことを思い出しました。
座敷へ続く襖を静かに開けると、そこには寝ているお母さん、佳澄さんの姿が。
「ちょっと奏太!」
お姉ちゃんの鋭い囁きを無視してそっとお母さんに近付きます。案の定、枕元にスマホ。
誰もが日々何気なく使っている携帯端末は、その表面に雑菌が繁殖しやすいのだそうです。どうかするとトイレ並に。ポスターで知った驚愕の事実でした。
ママはいつだって家族のこと優先で自分を後回しにしがち。奏太くんは常々そう感じています。
――僕がこうして見えない脅威から守ってあげないと。
スマホを手に取って、裏も表も念入りに拭き上げました。
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