第4話 ストーム
M.
『大丈夫、迷わないで!』
赤黒い闇の中、少女の佳澄さんが手を伸ばしてきます。
『旅に出ましょう。私たちの夢を叶えに行きましょう!』
理想に燃える瞳。溢れるバイタリティ。まるで一個の恒星を見るかのよう。
その勢いにたじろぐ佳澄さん、自分の中で蘇りつつある何かに気が付きました。手放してしまったあの日の夢。CAへの憧れ。ずっと燻り続けていた思いが胸の奥底で再び燃え上がりかけているのです。
『どうして黙ってるの? さあ手を伸ばして!』
若さの熱に炙られた身体から止めどなく汗が噴き出します。熱い。熱い。熱くて仕方ない。
何だか朦朧としてきました。この手を取ることは正しいことなの?
何もかもかなぐり捨てて夢を追い続ければ、いつか今以上の幸せが手に入るの?
そのときでした。どこからともなく、爽やかに香る快い風が吹いてきたのです。
次第に強くなるその風は佳澄さんを猛烈な熱さから救ってくれました。
辺りの闇を白く吹き払い、目前に迫っていたもう一人の彼女を後ずさらせました。
あっという間の出来事でした。昔の自分が風になぶられて消えていきます。鋭い眼差しだけを後に残して。赤黒くて悩ましい暗闇と共に。
後悔しても知らないからね――。最後にそう言われた気がして、佳澄さんは何だかひどく済まない気持ちになりました。
『あーらら、消えちゃった』
陽気な声と複数の気配。振り向いた佳澄さんは度肝を抜かれました。
小野健、相田正樹、佐倉涼、野宮和馬、松木淳。テレビを付ければ顔を見ない日はない、男性アイドルグループ『ストーム』の面々が周囲を取り巻いていたからです。
どこからか流れ出した大音量のJ-POPは彼らのミリオンヒットソングでした。ライブステージさながら、激しく明滅する色鮮やかな照明の中をリーダーの小野君が歩み寄ってきます。
『でも本当、行かなくて正解だったと思うよ』
困惑しきりの佳澄さんを下から覗き込んで笑います。
『だって実際、今からCAなんて無理ゲーでしょ』
『簡単じゃないよね。お姉さん、主婦業しか知らないわけだし』
訳知り顔の人懐っこい微笑み。相田君に左手を取られました。
『いくら旅が好きだからって、今から別の道に進むなんて、ねえ?』
『ンなことより俺らと遊ぼうぜ。探してたんだ。アンタみたいな人を』
『平気平気。みんなしてることなんだから。僕たちに任せておけば大丈夫!』
『貴女じゃなきゃダメなんです。包容力のある大人の女性じゃないと。分かるでしょう?』
佐倉君に肩を抱かれ、三野君には腰に手を回され、逃れようと振り上げた右手は松木君に掴まれました。
年下の美しい青年たちにすっかり身体の自由を奪われてしまった佳澄さんは、ようやく、自分が声も出せないほど怯えていることに気が付きました。
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