ヘンリー王子と結婚三秒前

 ソフィアがリリアと接触してから二ヶ月が過ぎた。ソフィアが言うには計画は順調そのもの。王城に忍び込むための資金も物資も整ったらしい。結婚式で警備が手薄になった頃に助けにいくという話だった。


 ソフィアが助けに来るまでの間もヘンリーの手作りクッキーを食べさせられたり入れ替わる前のことを聞かれたりしたがはぐらかしておいた。


 ソフィアが助けに来てくれることを心の支えにヘンリーとの息の詰まるような日々をやり過ごし、ついに結婚式当日になった。


 あれよあれよと言う間にウェディングドレスを着させられ、ツインドリルは侍女の涙の出るような努力によって後ろに花飾りを使ってシニヨンに纏められている。


 雲一つない晴天の下、王城の中庭で簡易的な結婚式を行うらしい。


 本来ならば王太子の結婚式は様々な来賓を招待するなど大掛かりらしいが、ヘンリーがそれを嫌がったのだ。

 なんでも『花嫁姿の美しいきみを見て野蛮な連中が騒ぎかねない』とかなんとか。おかげで参列者はヘンリーの知り合い、しかも忠誠心の高い連中しかいない。

 助けが来るとはいえ、憂鬱な気分で空を睨む。


「準備が整いました、ヘンリー殿下」


 ヘンリーの忠実な侍女が恭しく頭を下げる。一度名前を聞いたことがあるが結局教えてはくれなかった。他の連中も必要以上に私に関わろうとしない。

 背中を押され、重い足取りでヴァージンロードを歩く。長い裾は使用人が持ち上げながら後ろを追いてくる。

 ヴェールの向こうでは微笑む神父とヘンリーが通路の奥で私の到着を今かと待っていた。


 こんな形で結婚式に参加したくなかったなあ〜〜!!助けてソフィア〜〜!!


「とても綺麗だよ」


 ゾッとするような気色悪い声で私の腕に自分の腕を絡めてくるヘンリー。最近彼が何をしても気持ち悪く感じてしまう。


 ヴェールに隠された顔の下でひたすらソフィア達の登場を待つが姿気配も感じず、無情にも神父が張り切って結婚式を執り行っていく。


 そして、いよいよ誓いの言葉を残すだけになってしまったのだ!


「ヘンリー殿下、あなたはジュリア公爵令嬢を妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


 結婚式の醍醐味と言える宣誓に、頰を紅潮させながらチラリと新郎を伺う神父。ヘンリーは晴れやかな笑みを浮かべ、凛とした声で「誓います」と即答した。


 満足げに頷いた神父が今度は私の方に向き直って同じ台詞を朗々とした声で告げる。神父の台詞よりもソフィアの影を、この場から逃げるきっかけを掴みたくて視線を彷徨わせる。


 本当に来るよね?もしかしてここに来る途中で見張りの兵士に見つかったりとかしてないかな?不安になってきた……。ソフィアは忠実な部下だとゲームの設定で書いてあったけどどれほど忠実なのかは知らないんだよね。


「ーーその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「…………」

「ジュリア公爵令嬢……?」


 無言でいると神父が私をチラリと見てきた。腕を組んでいるヘンリーも視線を私に向ける。


 ああああ無言の圧がすごいよおおおお!!!『ん?どうしたの?緊張して忘れちゃった?』っていう神父の視線が痛いよ!!!!


 色々な意味で修羅場を迎えているとフッと影が私達を過ぎる。やがて風を切る音と共に何かが私たちに接近してきた。頭上を見上げ、それを視界に捕らえる。


「ジュリア様から離れろおお!!」


 怒号と共に上空からソフィアが落下してきた。ヘンリーがいた場所にはソフィアの踵落としが地面を抉る。クレーターを生み出すほどの威力に腰を抜かした神父が風圧で吹っ飛んだ。


 ソフィアは狙いをヘンリーの首に定め、手に持っていたナイフを振るう。寸前でヘンリーが避けたことで攻撃は失敗したものの、距離を取ることに成功した。


 突然姿を現したソフィアに思わず涙が溢れる。


「ソフィア……!本当に来てくれた……!」

「貴様ァ、よくもジュリア様のウェディングプランを勝手に実行してくれやがったなあ!?お代は貴様の命で支払ってもらうぞ!」


 普段の瀟酒な彼女の罵詈雑言に目を丸くするものの、とりあえずヘンリーから距離を取る。


「君はたしかスチュワード家の使用人……なるほど、手数を揃えてジュリアを取り返しに来たんですね」


 ヘンリーが中庭の入り口に視線を向けるとそこではリリアやアランが見張りの兵士と斬り合っていた。


 ヘンリーはどこからともなく取り出したレイピアを抜剣し、切り掛かってきたソフィアをいなす。


「ハハハッ、どうやら僕たちの愛は困難を伴うようですね!晴れ舞台にふさわしく華やかに葬って差し上げましょう!」

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