ヘンリー王子は生かしちゃおけない!
貴族に仕える使用人は当主に忠誠を誓う。賃金も休みも当主が支払うのだから当然だ。スチュワード家に仕える使用人も殆どがジュリアではなく当主に忠誠を誓っている。ジュリアの令嬢らしからぬ行動に眉を顰める者が多いなか、一人だけ例外がいた。
ソフィアだけはジュリアに対して絶対の忠誠を誓っていた。その理由はシンプルでありきたりなものである。自身のミスを水に流されたからというよくある体験からだった。ソフィアが忠誠を誓い、心酔するにはたったそれだけで充分だった。
ジュリアが王城に呼ばれた際も追従しようとしたソフィアを兵士が押しとどめる。兵士の言い分では入城の許可が下りているのはジュリアだけだという。
敬愛する主の異常事態に対応できるようになるべく、ソフィアは自身の適性のあった魔法を惜しみなく使った。
物陰に隠れて遠隔透視魔法を使い、ジュリアの様子を確認する。狭い部屋に押し込められた主の姿に心を痛め、魔法でこっそりと情報を交換した。
驚いた表情のジュリアへ溢れる忠誠心とヘンリーへの純粋な殺意を悟られることなく、気落ちした主人を慰める。
『必ずやこのソフィアがジュリア様をお救い致します』と告げた時の安心したようなジュリアの顔を思い出すだけでソフィアの心は湧き立つようだった。
ジュリアの平穏な人生のためにもヘンリー王子はこの世に存在してはいけないのだ。婚約しているから仕方ないとジュリアが言っていたから大人しくしていたものを、ソフィアはヘンリーが嫌いだった。そんなやつが、今ジュリアを苦しめているのだ。彼が生きていること自体が信じられない。もはや彼を殺さない理由がないのだ。
叶うならば今すぐヘンリーを殺して救出したいところだが、単独でジュリアを助けに行っても失敗する確率が高い。仮に成功したとしても王太子のヘンリーに再度閉じ込められるかもしれない。
とにかく協力者を集めなければいけない。その結論に至ったソフィアはとある人物と接触を測った。念の為に尾行されていないことを確認しながら宿屋に入る。
目当ての人物が丁度宿泊手続きを済ませ、階段に登っていくところだった。閉じようとする部屋の扉に足を挟み、体を滑り込ませる。
「失礼します、リリア様。少々お時間、よろしいでしょうか?」
「あなたはたしかジュリア様の……」
「ソフィア、とお呼びください」
ズカズカと部屋に入り込み、備え付けの椅子を引いてリリアを座らせる。リリアは怪訝な顔をしながらも大人しくソフィアに従った。
他に椅子はなく、使用人としての経歴の長いソフィアは当然のようにリリアから少し離れた正面の位置に背筋を伸ばして立つ。
「本日伺ったのは他でもありません。ヘンリー殺害にあなたのお力添えをお願いします」
「ソフィアさん、でしたっけ?冗談でも王太子の殺害なんて計画しないことね」
呆れたように腕を組み、窓の外に視線を向けるリリア。その視線は鋭く、瞳には憎悪が灯っていた。長年貴族に仕えたことのあるソフィアにしか気づけないそれを軸に揺さぶりをかける。
「冗談でも寝言でもありません。リリア様、このままで良いんですか?」
ソフィアの発言にリリアが僅かに拳を握る手に力が入る。埃っぽい空気を深く吸った後、彼女がようやく振り返った。
「動機を教えてもらえるかしら?」
「我が主、ジュリア様が不当にも監禁されました」
「そう……。やはり彼女も貴族社会の被害者、というわけね」
リリアがごそごそと胸ポケットを探り、一枚の紙を取り出してソフィアに投げる。受け取った紙には何処かの住所が書いてあった。
「その場所に私の仲間がいるわ。来週の夜、合言葉は『茄子は焼くに限る』。この情報を兵士に渡したらどうなるか、分かってるわね?」
「来週の夜ですね、かしこまりました」
◇◆◇◆
月もない深夜、外套を羽織って人目を忍びながら紙に書いてあった住所に向かう。閑散とした道路にポツンと古びた建物が建っていた。窓ガラスは割れ、風にさらわれたのか破片すら残っていない。
建物の影から一人の男が姿を現す。腰の剣に手をかけながら近づいてきた。ソフィアも隠し持っていた短剣に手を伸ばしながら相手の様子を伺う。
「ここは女性が一人で来るような場所じゃない」
「ご心配いただきありがとうございます。どうか私にお構いなく、用が済んだら帰ります」
「……念の為に聞こうか。合言葉は?」
「『茄子は焼くに限る』」
合言葉をスラスラ答えると男は剣に掛けた手を離し、鉄の扉をノックした。フードを外すと手に持ったランプに照らされた赤い目がソフィアを見据える。
「成る程、あなたがリリアの言っていた協力者か。俺の名前はアラン。さあ、中に入れ」
建物の中は外から入り込んだ土が部屋の隅に積もり、歩くたびに砂利が音を立てる。アランの先導に従い、階段を降りていく。やがてボソボソと話し合う声が聞こえてきた。
扉もない部屋にはリリアと見慣れぬ人物達がテーブルの上に広げた地図を囲んでいた。質素な服に身を包んでいるものの手入れされた髪は少なくとも彼らの身分が平民以上のものだ。ジロリと警戒するような視線がソフィアに向かう。
「来てくれたんですね。みんな、紹介するわ。私たちの新たな協力者、ソフィアよ」
紹介を受けたソフィアがペコリと頭を下げる。警戒から好奇に変わった視線を受けても平然と受け流す。
「ここにいる者はみなヘンリー王子に虐げられた過去があるわ。私は母を脅しに使われ、アランは王宮から追放された」
リリアがチラリと視線を隣にいる赤毛の女に向ける。彼女は歯を食いしばりながらヘンリーにされたことを話し始めた。
「私は特に理由も明かされず、家ごと取り潰されたわ。折角あのツインドリルに媚び売ってたのに……!」
赤毛の女の恨みがましい声に他の連中もポツポツと喋りだす。
「俺はリリアに告白したからって理由で学園追放。理不尽ですな」
「依頼されたから害獣駆除しただけなのに『命を粗末にするな』って……クソッ」
「ちょっと平民をいじめただけなのぉ……!」
「王太子だからって好き勝手しやがって……!!」
リリアが手を叩き、衆目を集める。地図に書き込まれた赤丸のついた部分、王都の中でも最大の商会を指差す。
「ヘンリーを確実に殺す。その為にまず金が必要だというのはみんな分かってますね?」
チラリと周りを見回し、異論がないことを確認するリリア。リリアの言葉を継いでアランが口を開けた。
「金を集めた後、王太子の結婚式で警備が緩んだところを襲撃するというのが計画だ」
「しかし城の見取り図も見張りの交代時間も分からないのは不安ですな」
計画の脆弱性をついた恰幅の良い男の発言にその場の空気が重くなる。その後も見張りを買収するなどのリスクの多い案しか出ず、話し合いは停滞した。恐る恐る手をあげるソフィアにリリアが気付く。
「紙とペンを貸して頂いても?」
ソフィアの突拍子もない発言にそれぞれ顔を見合わせる。リリアから紙とペンを受け取ったソフィアは地図の上にそれを置く。スラスラとペンを走らせ、直線を組み合わせていく光景をアランが覗き込んだ。
「それはまさか、王城の見取り図か?」
「ええ。簡易的なものでありますが」
描き終わった物をリリアに渡すと彼女はそれを食い入るように見つめた。アランにも見せ、彼がうなづいたのを見る。
「どうして城の見取り図を掛けたんだ?」
「少々魔法に心得がありまして」
平然と答えるソフィアに笑顔を浮かべたリリアが手を握った。
「魔法が使えるなら心強いわ!是非とも協力してヘンリーを殺しましょう!!」
「ええ、必ずヘンリーを殺しましょう」
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