第290話 最後の言葉

「ローシュ...」


 その声に俺は振り向いた。


「親父...!」


 死の間際になって口を開く剣聖。


「喋るなって!、力使ったら余計に...」


 俺がそこまで言いかけると、母さんが静止してきた。


「ローシュ...、夫の最後の言葉です、ちゃんと聞いてあげましょう...」


「最後って...」


 口がふるふると震えている母さんの様子を見て、不安なのは俺だけではない事を悟った。


 どんどん冷たくなって行く親父の手を握りしめながら、俺は最後の言葉を聞く事にしたのだが...。


「ローシュ...、お前は本当に良くやってくれた...、私の息子として恥ずかしくないどころか、誇りにさえ思う仕事ぶりには何度も驚かされたものだ...」


「るせぇ...」


「...、お前にも恋人が出来たんだったな...、ちゃんと幸せにしてやるんだぞ...」


「るせぇよ...」


「娘と妻のことは頼んだぞ...、なぜならお前は私の見込んだ唯一の剣聖候補だったのだからな...」


「うるせぇよ!!!」


 黙って聞くつもりだったのだが、やはり感情が爆発してしまった。


 怒りと不安と後悔の念が一斉に湧き出した証でもあった...。


「死ぬなんて許さないからな!!、親父!!」


「ローシュ...?」


 不審がる親父の手を握りしめて俺は親父の良いところを言葉にして行く。


「親父はな!自分が思っているよりもずっとかっけぇ!んだ!!、そりゃたま〜に気落ちする事もあったけど、基本的に強大な相手を前にしても一歩も引かず頭を動かし必ず打ち勝つその姿は、俺の心にしっかりと残り続けている!!」


 俺は空いた手で自分の胸を叩いて鼓舞した。


「だからそんな親父が死ぬなんて絶対にありえねぇ!!!、生きろ!!」


 力強く発言したのですが、自然の摂理には敵いません。


 徐々に冷たくはなって行くのですが、微かに笑みを浮かべた親父。


「ふっ...生きろ...か、こんな時にまでお前という奴は...」


「なんだよ...、悪いか?」


「いいや...、実にいい言葉だ...、横で泣きわめかれるよりずっと逝きやすい...」


 そう呟いた彼は、静かに目を閉じて最後の時を待つ。


 その表情は先ほどよりも幸福を体現しているように思えた。


「...さよならは言わないからな...」


「ありがとうローシュ...、お前という息子を持った私は...、幸福だった...」


 その言葉を最後に親父は息を引き取った。


 偉大なる剣聖の死は、瞬く間に王国中に知れ渡った。

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