第133話 私の初舞台
...、ついにこの日がやってきたのです。
私の学校が終り帰ってみると、エルシーさんが家の前で待っていたので不思議に思っていると、こんな事を言われました。
「カリン、ようやく帰ってきてくれたか、さあギルドに行くぞ、歌う人がいなくちゃ私も踊りがいがないってもんだからな!」
「えっ...、今日の今からですか?」
あまりにも突然のことだったのでびっくりしていたのだが、有無を言わさずギルドへと連行されました。
〜冒険者ギルド〜
私は歌手用の衣装を配られそれに着替えさせられました。
こんなに派手で綺麗な服を着たことはないので、ちょっと嬉しいです。
(なんか緊張してきたな...)
エルシーさんから歌の歌詞を貰ったのですが、正直なところ覚える時間はないので台本を見ながら歌うことにしました。
最初なのでそれでもいいと言われたのは、不幸中の幸いとでも言うべきでしょう。
私が発声練習をしていると、踊り子用の衣装に着替えた彼女が更衣室から現れたので、思わず目を擦りました。
いつもは旅人用の服を身に纏っている彼女ですが、今は派手な色の服を着ているので目立ちまくっています。
お腹や腕をあんなに露出させ、太ももまで丸見えになっているのは見ているこっちが恥ずかしいと思うのですが、彼女は平気なのでしょうか?。
だが、そんな格好にも慣れているであろう彼女は涼しい表情で私に声をかけてくれました。
「大丈夫か?始めての舞台だから緊張しているのはわかるけどリラックスして深呼吸しなさい」
彼女の言われた通りに大きく息を吸って吐きました。
「そうそう、その調子、カリンならきっとできるから頑張って行こうぜ!」
私の肩を掴みながら目線を合わせてくれるので、少し安心します。
にひひと笑う彼女の笑みを見ていると、緊張感が和らいで行く気がしました。
「さてと...、じゃあそろそろ行くよ!」
私と彼女は舞台へと上がった瞬間に盛大な歓声が聞こえたので気圧されました。
「エルシーちゃ〜ん!!」
「今日も良い踊りを期待しているぜ!」
こんな感じの声援が聞こえてくる中、彼女は笑顔で答えられるのが凄いと思います。
「皆ありがとう!!、今日は精一杯踊らせてもらうからめい一杯楽しんでいってくれよな!、そして今日は相方がいるんだ!、カリンって言ってまだ子供だけど凄い歌唱力で盛り上げて行くから期待してくれよな!」
そう言った彼女は私に体を密着させ、私が言うべき台詞を代わりに言ってくれました。
今の一瞬で客を沸かせるように誘導し、私の自己紹介の部分を上手いこと削って負担を軽くする様はまさしくプロの姿だと思えます。
ここまでして貰っておいて失敗するわけにはいかない。
私は呼吸を整えて覚悟を決めました。
これだけ大勢の前で歌うのは恥ずかしいですが、それでも彼女の名前に泥を塗るわけには行かないので、とにかく全力で歌うことにします。
「私はカリンって言います!、皆さんを楽しませるよう頑張りますのでよろしくお願いします!」
そう言って深々と頭を下げお辞儀をすると何故か客側は盛り上がっているのでびっくりしました。
そうしていると、彼女が私の耳元でこう囁いてきます。
「ほら、客もカリンに期待しているぞ、あの時のような歌声で歌えば問題ない、それじゃあ頼むぞ、私の可愛い歌姫さん」
そう言いながら私にウィンクをした彼女は、指を鳴らした後に踊り始めました。
彼女が踊り始めると同時に音楽隊が彼女の踊り方に合った音楽を流し始めるのですが、私の歌が聞こえるようにちゃんと音声を調整しているあたり彼らもプロの集団なのだと思います。
私が舞台に上がる前に渡されたマイクを口の前に持って行き、私は歌い始めました。
まずは落ち着いた声質で周囲を和ませます。
台本を見た限りでは最初は落ち着いた感じの踊りが展開されていたので、そう言う風なイメージで声を出し続けました。
お客さんの心境が軽くできるような優しい声を発し続けていると、踊りは中盤に入ります。
中盤は激しいターンやスピンを繰り返すので、情熱的なイメージを頭に植え付けながら歌詞を読み上げるように歌いました。
わざと読み上げるように歌うのには理由があります。
中盤付近のダンスは何者かと戦っているような激しい踊りを披露するので、それに合わせると読み上げるように歌うのが1番迫力が伝わると思ったのでした。
彼女の踊りが観客を喜ばせ、会場の熱気はどんどんヒートアップして行きます。
ついに踊りは終盤に入り、汗だくで辛そうになった彼女が力を振り絞りながら踊り続けている姿には感動さえ覚えてしまうのですが、私は真剣な表情で歌に集中します。
長い時間激しい踊りをして辛いはずなのに楽しそうな笑顔を観客に振りまく彼女の姿は、まさに“踊り子”というに相応しいと思いました。
彼女の迸る汗と眩しい笑顔が、観客に夢と希望を与え楽しませているのは明白なのでした。
この会場の異様な熱気を作っているのは他ならぬ彼女であり、私は所詮おまけなのだと思うと少し悔しいです。
転生前の私と同い年くらいの子がここまで他人を楽しませれるほどの才能を持っているというのに、私は今も昔も中身は変わっていないのだと言う現実を思い知らされているようでした。
(私だって...!)
急に対抗心が燃え始めた私は、終盤の部分に全身全霊の声を上げます。
今の私が出来る最高の声質で最後まで歌いきれるように頑張ります。
彼女が最後のフィニッシュを決め、ポーズを決めると一斉に拍手喝采が飛び交いました。
「いいね〜!!」
「エルシーお姉様〜♡!!」
「今日も素晴らしい踊りをありがとう!!」
やっぱりメインである彼女の踊りをを褒め称える声が大きいのですが、私だって頑張ったのですから、少しくらい褒められてもいいのになと思ってしまいます。
当然といえば当然なのですが、私如きがちょっとやる気を出したくらいで、彼女の研鑽された踊りの魅力に打ち勝てるはずもなかったのです。
私が落ち込んだように俯いていると、汗びっしょりになった手で私の顔を上げさせた者がいました。
その手はエルシーさんの物で、荒い息を吐きながら私にこう囁きました。
「おいおい、なにしょげてるのか知らないけど、顔を上げて皆の方に手でも振ってやれよ...」
「えっ...?」
私が顔を上げると、ギルドにいる皆さんが私の事を褒め始めました。
「カリンちゃんいい声だったよ〜!」
「小さい癖にやるじゃねぇか!」
たしかに彼女に送られる声援よりは声が小さいのですが、それでも私の事を見てくれている人がいる事に涙が溢れそうになりました。
私のその様子を見た彼女が笑みを浮かべながら顔の汗を手で拭ってくれます。
私の汗がべったりとついた指を見せながら、静かにこう言いました。
「これを見な...、これはあんたの汗さ、こんなになるまで本気で歌ってたんだって皆は見ていてくれたんだよ、本気で頑張る姿は皆に勇気を与えるんだ、あんたの歌は確かに皆のハートに届いていたんだってこの声援を聞けばわかるだろ?」
私は耳を澄ましながら彼らの声を聞きました。
それ程多くはありませんが確かに聞こえてきます。
それを聞くだけでもこの場で歌った価値があると思い込んでしまうほど、私にとってその声援は価値がある物なのでした。
「私...、今日この場で歌えて良かったです!」
「そうそうその息だ!、これからも頼むぜ相棒!」
にししと笑いながら私の事を相棒と呼んでくれる彼女に私は答えました。
「はいっ!任せて下さい!」
元気のいい声を発しながら、彼女に私なりの有り様を見せます。
全身から汗がダラダラと流れ落ちる中、確かな充実感を得る私なのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます