社交界デビューしました

記憶を取り戻してから何も変わることもなく年月は経ち、気が付けば15歳となっていた。

この国では16の歳から学園に通う決まりになっている為、15で社交界デビューを果たす事となる。

それはアリシアも例外ではなく、お城から届いた社交界の招待状を父であるボース・ヴァスタ公爵から受け取っていた。

その日から礼儀作法の見直しやダンスのレッスン、ドレスの試着と大忙しの毎日を送っていた。

当の本人は記憶を取り戻してからというもの面倒だと思うことが増え、ただ愛想笑いをその場を乗り切ってきた。

・・・願わくば社交界に行かなくても良くなるように。っと願いながら。

それも虚しく社交界の場に立っているアリシアは淡いピンクのドレスに身を包み、ゴールドに輝く美しい髪はリボンという最小限の髪飾りで仕上げられている。

会場にいる誰もが彼女を見つめる中、そんな事には興味がないと言わんばかりにシャンパングラスに口を付けて溜息を誤魔化している。

早く帰りたい。煌びやかな空間なんて息が詰まる。

アリシアが何度目かわからない溜息を吐こうとした時に不意に声を掛けられた。


「失礼ですが、ヴァスタ公爵家ご令嬢アリシア・ヴァスタ嬢で間違いありませんか?」

「ええ、そうで・・・すぅ?」


顔を上げたいアリシアはなんとも気の抜けた声を出した事を自覚していた。


「ああ、それは良かった。私はエスティアール王国第一皇子ユリウェル・エスティアールと申します」


胸に手を当てお辞儀をしている金髪碧眼の宝石の様に美しい少年は誰もが知る王国の第一皇子。

そんな人物から声を掛けられて驚かない人間など居るなら見てみたいものだ。


「え、あ・・・ヴァスタ公爵家令嬢アリシア・ヴァスタです。第一皇子ユリウェル様、お会いできて光栄です」


持っていたシャンパングラスを近くのテーブルに置き、慌ててドレスのスカート部分をつまみ上げてお辞儀を返す。

どういった意図で話しかけてきたのかはわからないが無礼を働くわけには行かない。

体が冷たくなるのをぐっと堪えながら静かに喉を鳴らした。


「ああ、そんなに固くならなくても構わないよ」


「いいえ、そんなわけにはいきません。第一皇子の御前ですので」


腕を組み困った様に笑うユリウェルからでも・・・っと紡がれた言葉にアリシアは遂に全身の血の気が引いていくのがわかった。


”でも、君は私の婚約者だからね。”


皇子の口から紡がれた言葉は予想だにしていなかった言葉だった。

・・・こんにゃくがなんだって?こにゃっくだっけ?こやく?こんやく・・・こん・・・婚約!?

理解し難い状況にアリシアの頭は混乱していた。それこそ、目の前に皇子がいることも忘れて独り言を呟く程には。

頭を抱えるとは正にこのことである。


「どうかされましたか?」


堪らずユリウェルから心配の声かけをされたアリシアは未だ頭は混乱しているが精一杯の笑顔を向けた。


「大丈夫ですわ」

「そう、良かった。ところでアリシア嬢、宜しければ私とダンスを踊っていただけませんか?」


ユリウェルはそう言うとアリシアの手をそっと掬いすく上げ、手の甲に口付けを落とした。

もちろん、これもアリシアにとっては動揺する材料に過ぎないが公爵令嬢として笑って受け入れるほか無い。


「勿論ですわ。ユリウェル様」


アリシアの返答を機に二人は手を取り合い会場の中央へと移動する。

演奏者によって奏でられる優雅な音楽の中、皇子とデビューしたばかりの公爵令嬢が踊っている姿に様々な反応が見えるだろう。

だが、優美にステップを踏む様は息を呑むほどに美しく魅入ってしまうものでもあった。

その日、皇子と踊っていた公爵令嬢は何者なのかと密かに噂された。

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