第2話「幼馴染との再会」

 学校行事が終わり、博を野球部の練習に行くのを見送ってから俺は自転車置き場へと向かう。元々、俺自身自転車通いなので、呼び出しをくらわなくてもどっちにしろ自転車置き場には行かないと帰れないから、他の所に呼び出しをくらうよりは全然助かる。にしても、まさか彩華の方から行動してくれるとは思わなかった。むしろ俺のことを避けると思っていたので、こっちから放課後誘おうと思ってたぐらいだ。

 そんなこんなで自転車置き場につくと、数人の生徒が自分の自転車の鍵を開けていたり、自分の自転車を探したりなどしている中、ただ一人自転車に寄りかかって誰かを待っているような雰囲気の女学生がいた。最初は遠目だったので誰かわからなかったが、近づいていくと段々それが彩華だということに気が付き、ゆっくりと彩華に近づく。そしてある程度近くなったところで、歩いている間に俯いてしまった彩華に、声をかける。

「よお、久しぶり」

 俺の声を聴いた彩華は顔を上げると、少し上目遣いになり俺と目が合った。クリっとした大きい目に整った眉。柔らかそうなほっぺたと唇。成長した彩華の顔を初めて正面から見ると年相応に美しく綺麗で可愛い学生になっていた。お互い見つめあってほんの数秒無言になっていると、少し強め風が吹いて彩華のサラサラそうな髪がたなびく。風が吹き終わると、彩華は髪を抑えていた手を下ろす。

「久しぶりね、紘。元気にしてた?」

「ああ、ご覧の通り元気さ」

「そう。それなら良かった」

 彩華はあの時のことを心配していたからなのか、すごく安心した声をしながら胸を撫で下ろした。

「彩華は自転車なのか?」

「そうよ。これが私の自転車」

 そういうと彩華は寄りかかっている自転車をさする。そりゃ他人の自転車に寄りかかるほどの非常識な人間に育つわけがないか。

「紘も自転車でしょ?」

「まあそりゃあ家の場所変わってないしな」

「だろうと思ってたよ。それじゃあ行こっか」

 そういうと彩華は寄りかかっていた自転車から降りて、鍵をポケットから取り出す。俺は一体どこに行くのかわからないし、ここになんで呼び出されたのか疑問に思ったので問いかけることにする。

「一体どこに行くんだ?というか呼び出した理由は?」

「んー。ここで立ち話もなんだし、近くのファミレスに行こうと思って。呼び出したのも連絡先知らないし、ここでずっと紘のこと待ってるのもよかったんだけど、先に帰られたら困るから、呼び出したって訳よ」

「な、なるほど」

「まあ、積もる話もお互いあるでしょうし、ちゃっちゃと行きましょ」

 そういうと彩華はすでに開錠した自転車のストッパーを蹴り、移動を始める。

「ほら、紘も早く」

「あいよ、わかった」

 いつも勝手に一人で先に行こうとするところは変わらないなあ…と思いながら、でもまだ俺を待ってくれる辺り、前よりも柔らかくなったなとも思った。そして俺も自転車の鍵を開錠しストッパーをあげ、待っている彩華の所へと自転車を押して移動させる。

「来たわね。それじゃあ出発ー」

「あいよー」

 俺が来たのを確認すると彩華は自転車に跨り、漕ぎ始める。とりあえず俺は少し先に行っている彩華の後ろを追走する感じでついていくことにした。


 彩華についていくと、彩華は家の近くにあるファミレスの駐輪場に自転車を止めたので、隣に自転車を止める。

「ここか?」

「そう。ここなら家から近いしいいかなって思って」

「なーるほど。じゃあいくか」

 自転車を降りて、前のかごにいれてた鞄を取り出しファミレスの中へと入る。

「いらっしゃいませー。お客様は何名様でしょうか?」

「二人です」

「二名様ですね。そちらの空いてる席にどうぞ」

 アルバイトっぽい女性の方に席を促され、俺と彩華は四人席のところに対面で腰掛ける。俺は鞄を窓側に置いてメニュー表を取り出し机に広げる。

「ありがと。とりあえず私はポテトとドリンクバーがあればいいや」

「おけ、じゃあ呼んじゃうわ」

 俺は呼び出しボタンを押して店員さんを呼ぶ。

「ごめんちょっとお手洗い」

「あいよ、いってらっしゃい」

 店員さんが来る間に彩華が席を立つ。それと入れ替わりで店員さんがやってきた。

「お待たせいたしました。ご注文どうぞ」

「えーっと、このフライドポテト1つとシーザーサラダ1つにドリンクバー2つで」

「はい、フライドポテト1つにシーザーサラダ1つにドリンクバーがお二つでよろしいですか?」

「はい」

「ドリンクバーはあちらにございますので、ご利用くださいませ」

 店員はそういうと下がっていった。俺はとりあえず彩華が帰ってくるまで携帯をいじって待つことにした。

 数分後携帯をいじって待っていると人影が近づいてくる。

「お待たせ。注文してくれてありがと」

「おかえり。ドリンク何がいい?」

「んーオレンジ系ならなんでもいいかな」

「おっけ」

 俺は席を立ってドリンクを取りに行き、彩華の分と俺の分のドリンクを注いで席へと戻る。

「ありがと」

「あいよ」

 彩華は俺からコップを受けとると一口だけドリンクを飲む。その間に俺は席に座る。そして俺も一口入れてきたメロンソーダを飲みコップを置くと彩華と目があった。

「それじゃあ改めて。久しぶり紘。5年ぶりかな」

 彩華は優しく微笑んでこっちを見ていた。その表情からは暖かさを感じた。

「久しぶり彩華。そうだね、5年ぶりぐらいかな」

「まああれから…だもんね」

「そうだね。もうあれから五年か」

 二人の間に交わされているあれとは、多分俺の予想が正しかったら彩華が急に引っ越して俺の前からいなくなってしまったことだと思う。それ以外の出来事だったらわからないのでむしろ教えて欲しいぐらいだ。

「実は…さ、紘にまず会ったら言いたいことがあったんだよね」

 すると、急に彩華が神妙な面持ちでそういってきた。さっきとは雰囲気が一変して俺も身構えてしまう。

 出会って初日にこれからは金輪際関わらないでとか、過去のこと掘り返して『あなたのこと振り回してたのよねーあはは!』とか言われたらさすがにメンタルブレイクしてしまうのでやめてもらいたいのだが…。さすがに彩華に限ってそんなことはないと信じたい。

「お、おうどうした…?」

「あの時のこと謝りたくて…。その…急にいなくなってごめんなさい!」

 彩華が机に頭をぶつけるぐらいの勢いで頭を下げてきた。俺は彩華が急にそんな行動をしたことにびっくりしたと同時に困惑してしまう。

「お、おい顔をあげてくれよ!」

「いや!紘が許してくれるまでは顔をあげられない」

「もうあの時のことは大丈夫だから!もう許すから、本当に顔を上げてくれ…頼む…」

「ほんと?」

「ああ、許すから。あの時何があったのか教えてくれないか?」

「わかった」

 そう言うと彩華は顔をあげる。その顔は少しだけ泣きそうな顔な所をみると、彩華は彩華で苦しんでいたんだなということに気づかされる。

「お待たせしました。こちらフライドポテトとシーザーサラダになります」

 するといいタイミングで店員が注文したものを持ってきてくれた。一息つくのにもタイミングがよくて正直助かった。

「ごゆっくりどうぞ」

 そして店員が下がると、彩華はシーザーサラダの方に視線を向けていた。

「ああ、それ彩華も食べていいぞ」

「ほんと?じゃあ紘もポテト食べていいよ」

 彩華はお皿とフォークを俺に渡しながらそう言ってきた。

「お、さんきゅ。助かる」

 俺はそれを受け取るとフォークでポテトを食べ始める。

「それじゃあ話の続きだけど」

「うん」

「私ね、親が転勤することを夏休みに入ってから知らされたの。みんなとお別れするのがつらくなるだろうからって。両親なりの配慮だったみたい。でも、私は最後に紘に挨拶だけはしたかった。したかったんだけど、知らせれてから数日後には転勤だったからそれも叶わなかった。あの時、自分で紘の自宅の連絡先を控えてなかったことをすごく後悔した」

 そういう彩華の顔は悔しそうで、あの時のことを後悔しているのが目に見えて分かった。そして彩華の話は続く。

「その後あっちでの生活が少し落ち着いた頃、両親同士は仲が良かったのを知っていたから電話させて欲しいって掛け合ったこともあったんだけど、携帯変えて連絡先わからなくなっちゃったってはぐらかされた。だからあの時から私の中で紘と連絡とることは諦めた」

 彩華の表情は変わらず悔しそうだが、落ち込んでいるようにも見えた。多分俺にあの頃のことを話していて、色々と思い出したことがあるのだろう。だが、途端に彩華の表情は明るくなる。

「でもね、受験期のちょっと前にまた親がこの町に戻ることが決まったの。それで私は高校選びをこっちの高校にした。ちょっと紘に会えるかもって期待してね。それで私は今通っている高校に合格して、この町に高校入学のちょっと前に戻ってきた。その頃はすぐにでも紘に会いたかったけど、急に行って迷惑にならないかな、私のこと忘れてたらどうしよう。とか色々考えたら一歩を踏み出すことが出来なかった。それで高校に入って紘がいることを期待したけど、一年間紘を見かけることはなかった。でもまさか、一年経って同じクラスで、しかも隣の席で再開できるなんて思わなかったよー」

 彩華は嬉しそうな顔で少しだけ笑う。その顔につられて俺も少しだけくすっと笑ってしまう。

「ああ。俺もまさか隣の席に彩華がいるとは思わなかったよ」

「だよねーすごくびっくりしたもん」

「俺もした。彩華の名前呼ばれた時慌てて隣みたら彩華が立ってたんだもん。そりゃあびっくりするよ」

「ねー。私も紘の名前呼ばれた時思わず紘の顔まじまじと見ちゃったもん。え?本当に紘?一年も見かけなかったのに?って思ったし」

「まあなあ…この学校広いからなあ…。クラスも8ぐらいあるし」

「よくよく考えたらその中から同じクラスになって隣の席になったのは奇跡かもね」

「ははっ。奇跡に違いねえわ」

 俺と彩華は笑いあいながら奇跡の再会をしたことを喜んだ。そしてお互い飲み物を飲むと、俺は話を少し戻すことにする。

「んで、話を少し戻すけど、あの時は彩華一人じゃどうしようもなくて、俺の前から逃げたわけじゃないって認識でおーけ?」

「うん!それは絶対にそう!私が望んだことじゃないってことは事実」

「わかった。もうその言葉が聞けただけで十分だ」

 俺はそう言うと心から安心して、背もたれに寄りかかって目を瞑る。過去のあの出来事が起こった時、彩華がどういう感情を持っていたのか知れて、俺の心の底にあったしがらみが少しずつなくなっていく。ちょっとだけ思い出して泣きそうになるが、ここは必死にこらえる。あの時俺は決して彩華の意思で逃げられたわけじゃないってことがわかった。もうこれで俺は大丈夫だ前を向ける。

 俺は心の整理が済んだので、目を開けて体を起こす。

「大丈夫?」

「うん、もう大丈夫。話してくれてありがとな彩華」

「いいっていいって。私も誤解が解けてよかったし」

「なら良かった」

「ん」

「どうした?手なんか出して」

「握手」

「ああ、そういうことね」

 俺は彩華の意図を理解して手を伸ばす。きっとこれで喧嘩したわけではないけど仲直りしようってことなんだろうなと思った。

「これからまた改めてよろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 こうして俺らの五年間に渡るわだかまりが解け、二人にとっての新しい一歩を踏み出すこととなった。

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