第1話「隣の席は幼馴染」

 隣に立っていた三城彩華は、かつての俺が知っている三城彩華よりも年相応に成長していて、肩まで伸びた綺麗な髪が日に照らされて輝いて見える。横顔を見ると昔の彩華にそっくりで、心の底で違う人ではなかったのだと安心している自分がいた。

「私の名前は三城彩華と言います。出身中学は荒西中という、埼玉県の南部の方の中学校に通っていて、高校になってからこの町に帰ってきました。趣味は野球観戦で好きな球団は西武です。部活は特に入ってません。一年間楽しく過ごせればいいなと思っています。よろしくお願いします」

 彩華は席に座るとクラスメイトから拍手を浴びる。それとは対照的に俺は隣の席にかつての幼馴染であり、初恋の相手でもある三城彩華がいたことに驚きを隠せず、間抜けにも口が開きっぱなしになってしまっていた。それに気づいた俺は慌てて口を閉じ、彩華に動揺している顔を見られたくなかったので、バレないように顔をすぐに外に向けた。

 なんで彩華がここに居るのか俺には理解が出来なかった。過去、彩華は何の連絡もなしに俺の目の前から姿を消した。突然いなくなった理由もわからず、俺はそのことを知った夜、泣きじゃくり、彩華が俺にとってすごく大事な存在なんだと気が付いたのはいなくなってからで、あれが初恋だったんだなとその時気が付いてしまった。ただ、気づいた時にはもう遅く、彩華に想いを伝えられることはなく、その後は心のどこかに大きく穴が空いた状態で日々の生活を過ごした。なので、もう彩華に会えないと思っていただけに動揺も大きかった。

「次が最後ね…。結城紘君、お願いします」

「あ、はい!」

 俺は心を落ち着かせるために意識を外に向けていたので、危うく先生の声を聞き逃すところだったが、最後という発言が聞こえたので、なんとかギリギリ反応することが出来た。そして、慌てて席を立つと、隣に座っている彩華がこっちを見上げているのが視線の端に見えた気がした。もしかすると、彩華も俺の名前を聞いて驚いてるんじゃないかなっと少しだけ思った。

「名前は結城紘って言います。出身中学は大湊中で、趣味は野球に関する動画をみることと、読書です。部活には特に所属していません。一年間という短い期間ですが、皆さんよろしくお願いします」

 俺が軽くお辞儀をするとクラスメイトが拍手をする。顔を上げ席に座る時にちらっと隣を見ると、彩華は頬杖を突きながら俺とは反対方向に俯いていた。

 ま、まあ俺も顔反らしてたし顔合わせづらいよなあ…。後で話しかけてみるか…。などを思いながらゆっくりと席に座る。

「はい。これで皆さんの自己紹介はおしまいですね。今、あなた方の周りに座っている生徒たちは、これから一年間色々な行事を共にする仲間です。なので、みんな仲良く過ごしてもらえると先生はすごく嬉しいです。さて、これからの予定ですが…」

 先生が締めの言葉を言い、この後の予定を言っている間、俺は彩華のことが気になりながらも窓の外を見ていた。何故か景色はさっきよりも綺麗に見えた。


 授業終了のチャイムが鳴り、休み時間となった。次の時間が始業式のため周りのクラスメイト達は、各々友達と話しながら体育館に移動を始めている。俺は隣の席の彩華に声をかけようとしたのだが、授業が終わった瞬間すぐに席を立って教室を出て行ってしまったので声をかけることが出来なかった。なので、ゆっくりと博の席へと向かう。

「博ー。体育館行こうぜー」

「おーう、行くか―」

 博が席を立って一緒に体育館へと向かう。そしてある程度廊下を歩いて、同じクラスの人がいなくなった辺りで博に話しかける。

「そういえばさ博、お前わかってたな?」

「そーらそうよ。じゃなかったらあんなことわざわざ言わねーよ」

 博は笑いながら言ってくる。正直これは博の忠告を聞かなかった俺も悪いけど、もう少し念を押して言ってほしかったなあと思った。

「まあ、そりゃそうだろうけどさあ」

「いやあ、あのやられた!って顔面白かったわ」

「くっ…。今回に限っては完全に自分に落ち度があるから何も言えねえ…」

 俺が肩を落として落ち込んでいると、博は高笑いをして俺の肩を軽く叩いてくる。

「あっはっは!まあ、これからは俺の忠告を軽視しないことだなー」

「そうすることにするよ…。そういやさ、隣の席に幼馴染いたわ」

「え、まじ?あの可愛い子?」

「そう可愛い…って!博が可愛いって言った!?あの博が!?」

「え、お、おう?普通に可愛い子だなって思ったけど?」

「ま、まじかよ…。女の子には全く目がないあの博が…」

 この大野博光という男。実はかなりモテるのである。博は昔から野球一筋で、中学の頃からエースで四番をはり、高校に入ってからも夏は1年生で唯一のベンチ入りをし、秋大会では一年生でエースを勝ち取るほどの野球センスがある。そのため博のことを好きな女の子は後を絶たず、毎月一人以上には告白されるというほどのモテっぷりである。だがしかし、博は根っからの野球馬鹿で去年までは女子には全く興味がない感じだったから、彩華のことを可愛いといったことにびっくりしたのだった。

「いや紘、勘違いしてると思うけど、俺は別に普通に可愛いと思った女子はかわいいと思うし、興味がないわけではないぞ?」

「え、そうなの…?」

「そうだぞ」

「でも中学校の時から去年まで博に興味を持った女の子全員振ったじゃん」

「そりゃあ中学校は野球漬けの毎日だったから女の子にその邪魔されたくなかったし、去年も基本的には野球のことで頭いっぱいだったからな…。それに紘の連れてきた女の子そこまで可愛いって思えなかったし、基本的に紘とは野球の話しかしなかったからなあ…」

「あ、あー…。よくよく考えたらそうかも」

 中学校の時は彩華のことを引きずって野球漬けの毎日で、基本的には日々博と一緒に研究をしながら毎日野球のことしか話してなかった。けど、博が校内で有名になってきた頃、博との仲を取り持って欲しいって女の子が俺に群がって来て、博との間を取り持ってた時期もあった。最初の頃は手伝っていたのだが、段々野球よりもそっちに時間が割かれ始めて、博に怒られたんだっけか。懐かしいなあ…そういやあれから博とは女の子の話しなくなったな。通りでそういう話を博から聞かなくなったわけだ。それに去年は去年で俺がプロ野球の話や、博の野球に関する近況ばかり聞いてるだけで、博本人が誰のこと可愛いだの、好きだのなんて一切合切聞いてなかったことに博に言われて今、気が付いた。

「な?そうだろ?」

「確かに思い出したらその通りだったわ。ごめんな」

「いや、そのことは別に気にしてないからいいんだけど。勘違いして欲しくないのは俺だって普通に女の子に対して可愛いだとか、綺麗だとかって思うこと。別にホモとかではないぞ」

「あ、そうなんだ。てっきりそっちの線だとずっと思ってた」

「はあ!?ちげーから!ほんと勝手に勘違いすんなよなー」

「わりい、わりい。ちなみに今気になる子とかは?いるの?」

「いねーよ。時たま可愛いなって子がいるぐらいで、気になるような子なんていなーよ。ていうかそもそも恋ってのがよくわかんねえわ」

「そうだなあ…俺が思うに、一緒にいると心が落ち着いて心の底から一緒にいて楽しい!って思える人かな」

「ふーん。聞いてもよくわかんねえわ」

「まあ、恋っていうのは気づいた時には落ちてるもんだって聞くけどな」

「なるほどな。さて、うちのクラスはどの辺りかねー」

 体育館につくと全校生徒がここに集まっているため人でごった返していた。うちの学校は壇上から見て右から学年ごとに1.2.3年生の順で並んでいて、一番右から1組が並んでいる感じだ。うちのクラスは3組なので多分真ん中から左の方だろうと思い、適当に指をさす。

「うーん。多分あの辺りじゃね?」

「おーそうだな。知り合いが隣のクラスだったからあそこだな」

 まさかの的中していたびっくりしたが、博の顔の広さにもびっくりした。まあ、部員数が多い野球部のエースでもあるから、おかしくない話ではあるけど。

「んじゃ、また後でなー」

「あいよーまたな」

 博はそういうと列の前の方へと消えていった。先生に元々、いきなり身長順ってのは難しいだろうから、とりあえず男女別で名前の順で並んでほしいと言われたためだ。なので、俺は列の一番後ろで式の始まりを待つこととなった。

 列についてから少しして、前の人はもうひとつ前のやつと知り合いっぽくて仲良く話している中、俺は途方に暮れていた。すると誰かに左肩を軽く叩かれたので、振り向こうとすると、開いていた左手に紙っぽいようなものが握られる。

「また後でね」

 周りには聞こえないぐらいの小さな声で囁いた女の子は列に紛れていった。その声の主は、昔よく隣で聞いていたあの声からちょっとだけ低くなっていたあの子の声そのもので、俺は懐かしさを感じた。少しだけ感傷に浸り、手の中に入っているものを確認すると、小さいメモ用紙だった。そして中身を確認するために紙を開く。そこには『放課後自転車置き場で待ってる』とだけ、昔と変わらない可愛らしい字で書いてあった。

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