睡眠負債とプロテイン 2019/11/10
雲ひとつ無い晴天。
立冬を過ぎて、もうすっかり冬に切り替わってしまったらしい。
まだ気まぐれに暖かい日も来るだろうと思っていたがそんな事もなく、今朝も冷たい空気が容赦なく肌を刺す。
この間まで開けていたコートの前は閉めざるを得ず、マフラーも手放せない日が続いている。
「こんだけ綺麗に晴れててこの寒さ。もう完全に冬ね。気温が五度を切るのも時間の問題かもしれないわ。肌も乾燥するし、かといって家でこたつを使わないなんて絶対無理だし…冬ってなんで寒いのかしら。もっと暖かくてもいいのに。」
寒さのせいでよくわからない思考に入っている彼女と一緒に、今日も職場に向かう電車に乗っている。
「やっぱりこの時季は堪えるね。ボクも七月生まれだから、暑いのは平気でも寒いのは本当に辛い。もう少し寒くなれば、ボクは全くこたつから出なくなるだろうね。」
家でずっとこたつに入りながら出来る仕事があれば最高だが、残念ながらボクにはそれを可能にするスキルはない。
「七月生まれとか、そういうの関係あるの?」
「生まれた時期によって、暑さや寒さへの適正が変わると思ってるんだけどどうなんだろ。例外もあるけど、大体七割がたは自分の生まれた季節の気温には強いし印象があるかな。ボクは猛暑の中滝のように汗を流しながら長時間歩くなんてのは全然平気なんだけど、寒い環境に長いこと身を置いてると、イライラしたり意識が遠のいたりするよ。」
「随分と極端ねアンタ。ワタシはどっちも過ぎると腹が立ってくるから、なんとも言えないわね。そんな中長時間待たされたりすると、相手をチェーンソーで両断したくなってくるわ。」
どうやら彼女との待ち合わせに遅れた人間は、洋画やゲームに出てくるゾンビと同等の扱いになるらしい。
他人との待ち合わせの時間はちゃんと守ろうと、あらためて自分に戒めることにした。
「それにしてもこういう日の電車の中はやっぱりいいわね。うまいこと座れたら天国だわ。」
いつもは猫のように丸く開かれている目を、これまた猫のように横に細くしながら彼女が言う。
電車の椅子から足に浴びせられるこの暖気はやはり殺人的だ。
疲れている時にこうして椅子に座ってしまったら、瞬く間に意識を奪われてしまうだろう。
「ボク、乗り物の座席ってやつにホントに弱くて、下手に快適だとすぐ寝ちゃうんだよね。電車でもバスでも車でも、五分もすれば意識を保てなくなるんだ。」
「アンタのはただの睡眠負債でしょ。」
目を細くしたまま一蹴された。
「でもこうして日記を書いてる間は大丈夫そうじゃない。しかも昨日寝たのちょっと遅かったでしょ。日記を書くのも割と楽しくなってきたって感じ?」
「いや、最近ビタミン剤やら青汁やらプロテインやらをしっかり摂取しているおかげで、万年貧血気味の体が改善されてきただけな気がする。」
「青汁とビタミン剤はわかるけど、なんでそこにプロテインなのよ。」
彼女の顔にはてなが浮かぶ。
「仕事を変えてから体重が五キロぐらい落ちて、それとともに体力も衰えてきたからね。ここらでまた蓄えておかないと、仕事が辛いし休日も何も出来ないなと思ったんだ。」
何ヶ月か前、街コンで知り合った標準体型の女性にボクの体重を教えたら 『わたしと同じ体重…。』とショックを与えてしまった事がある。
流石に五十を割った数字ではないが、これはあまり健全な状態とも言えない。
「まぁアンタ元が痩せてるから、それから落ちたってなら確かにそうなるわよね。とはいえ、その発言は世の女性を敵に回すわよ?」
「事実だから仕方がないさ。ボクだって好きで痩せてるわけじゃないし。」
そういうところよ、とチョップが飛んでくる。
「でもボクも歳が歳だから、油断するとやっぱり部分的に出てくるところは出てくるんだ。そうならないために日々姿勢や呼吸の仕方に気をつけてたりするんだよ。姿勢が悪かったり呼吸が浅かったりすると、お腹が出てるように見えたり、代謝が悪くなったりする。太りやすいとかにくいとか色々言われるけど、結局は日々の積み重ねだよね。」
「痩せちゃってやばいから肉つけないととか言ってる時点で、大分色んなところに喧嘩売ってるんだから…そろそろやめとかないと自殺行為だと思うわよ。」
「そうだね。そろそろやめよう。今日のノルマもこれで充分だと思うしね。」
いや日記の話じゃなくてという彼女のツッコミを無視して、スマホを閉じる。
車内の暖かさに合わせて緩めていたマフラーを巻き直し、冷たい空気が支配する駅のホームに降りた。
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