アパレルショップ 2019/11/02

今日は祝日。

仕事が不定休のボクは、平日よりも空いている電車に揺られながら職場に向かっている。

昨日の夜は激しい雨が降ったようだが、今朝は太陽が眩しく光っている。

窓から入ってくる日差しが、車内の椅子に腰掛けるボクの足をじんわりと暖めていた。


「なんかずーっと目を閉じてじっとしてるけど、日記書かないの?」

彼女の少し不満げな声が耳に届く。

「今から書くよ。いや、ちょっと昨日の夜から体の調子が良くなくて、疲労感がすごいんだ。風邪を引いたりとかそういうんじゃなく、殆ど胃もたれに近いものなんだけど。」

「この間の夜たらふく焼肉食べたばっかりなのに、またやんちゃしちゃったの?アンタ、結構食い道楽よね。」

「食い道楽なのは認めるけど、暴飲暴食というか不摂生が原因ってところかな。まぁその内容は今から書くから。」

そういって、ボクはスマホのメモ帳を開いた。


十一月二日、午後四時頃。

ボクは友人と二人で、地元からさほど遠くない行きつけのアパレルショップに来ていた。

そのお店はインポートブランドを扱っているセレクトショップで、この店のおかげで好きになったブランドもあったり、大変お世話になっている。

しかも有難いことに、商品の半分近くを三割から五割引きにして置いていたり、ボク達のような所謂 "お得意様" にはさらなる値引きをしてくれたりと、お財布的にも随分助けてもらっているお店なのだ。

しかも今回はお得意様への特別なシークレットセールという事で、値引き商品の幅もさらに広がっている。

この機会を逃すわけにはいかないと、友人と二人で物色しに来たというわけだ。


「今回はかなり、商品の幅も広げてます。いつもは値引きできないような商品も今回は対象になってますから、サイズが合えばかなりいい買い物が出来ると思いますよ。」と店長。

そう "サイズが合えば" これがミソだ。

セールに出来る商品というのは、基本的にサイズが限られていて、堂々と並べることが出来ない商品ばかりだ。

お客さんがもしその商品を気に入った時、サイズがひとつしかありませんでは話にならない。

モノとしては十分だけれど、サイズ的には売れ残ってしまったもの。そうしたものがセール品として並ぶわけだ。


「そういえば、今だから言える話なんですけど…。」

ベロア生地のジャケットを鏡の前で試しながら店長と世間話をしていると、四ヶ月ほど前に来店した時の話になる。

どうやら母と一緒に来店した時の話をしているらしい。

「いやね、こういっちゃ失礼かもしれませんけど、アナタのお母様を見たとき正直僕、彼女を連れてきたのかと思ったんですよ。最初の方接客ぎこちなかったでしょう?」

そうですねとボクも笑って返す。

これは誰からも言われる事だが、ボクの母は見た目が若くて可愛い系の美人である。

別にボクはマザコンではないけれど、客観的に見てそうなのだから仕方がない。

それにこれは、ボク以外の誰が見てもそうなのだ。


これは弟がまだ小さかった頃、母とボクと弟の三人で通称 "夢の国" と呼ばれるテーマパークに行った時の話だ。

キャストの人に写真をお願いすると、その人はボクに対してこう言った。


『お父さん、もうちょっと寄っていただいていいですか?』


弟とは十歳も離れているし、ボクも同年代よりもすこしばかり落ち着いて見られる。

そしてなにより、ボクと年齢が大差ないと思われるぐらい、ボクの母は本当に若く見られるのだ。

こうした事は、ボクの母と一緒にいると日常茶飯事なのである。


「いやホントに、途中までどうしたらいいかとずっと迷ってまして…彼女さんだったらデートの邪魔しちゃ悪いなーとか色々考えちゃって。でもお母様だとお聞きしてからは、よし、じゃぁガンガン行こうとね!」

なるほど。そうしてガンガンこられた結果、最終的にはTシャツとドレスシャツとジャケットをそれぞれ一着ずつバッチリ買わされてしまったわけだ。

実際気に入った品ではあったし、そういうつもりでは無かったが何故か母が支払ってくれたので、ボクとしては何の問題もないのだが。


結局ボクはジーパン一足と試着したベロア生地のジャケット、友人はコートを購入した。

どれも七割引きぐらいにしてくれたので、とてもいい買い物だったといえる。

財布の風通しを少し気にしながら、ボク達はお店をあとにした。



「と、言うことで今日はここまで。」

「あっ、また後回しにする!」

「一日にこんなに長いこと書いてられないさ。世の中は祝日という事になってるけど、ボクは仕事だしね。」

「不摂生の内容、結局書いてないじゃない。」

「そうだった。まぁそれは明日の日記でもいいでしょ。そのうち書くには書くからさ。」

そう言ってスマホの電源を切り、電車を降りる。

さわやかな朝の空気を感じながら、ボクは職場への道を歩き始めた。

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