百合、三輪。

姫草ユリ子

1.美化委員と、屋上の先輩

 西濱その、15歳。4月に進学したばかりの高等部の制服は、両親がまだまだ成長することを期待したのか少し丈が余っている。

 特に目立つところもなく、容姿も成績も人並み。これといった才能もない。それが私。


 やりたいことも特にないから6月になる今もどの部活にも入っていない。しいて言えば流されてクラスの美化委員になったくらい。

 それだって、2週間に一度教室や、廊下、トイレなど自分のクラスが担当している場所の清掃報告書(チェックシートみたいなもの)を回収して生徒会室に出しに行くだけ。自分で書くわけではないから行事でもなければ本当に暇な仕事だ。


 終礼が終わり、今日もいつも通りすることもないしさっさと帰ろう…と鞄に教科書を詰めていたら、隣の席の佐川さんに声をかけられた。


「西濱さん、たしか美化委員だったよね? 今日ってほら、清掃報告書出しに行く日じゃなかったっけ」


「あ……!」


 うっかり頭から抜けていた。完全に即時帰宅モードだった。

 

 そういえば前回報告書を提出しに行ってからもう2週間経っている。


「忘れてた……ありがと、佐川さん。助かった」


「なんのなんの。中間テスト終わったばっかりだし、わりとみんなぼーっとしてるからね。西濱さんだって、いつもはしっかりしてるわけだし」


 しょうがないよ、と笑う佐川さんにお礼を言って、私は早足で教室を後にした。


 私が今日のことを忘れていたのは、佐川さんが言うようにテスト疲れでうっかりしていたからというのももちろんある。けれど、それだけではなかった。

 

 生徒会書記、高等部2年の真島紗枝先輩。成績優秀で、正統派美少女の先輩は、現在の生徒会長、副会長に並ぶ有名人。


 生徒会長はもちろん全生徒の人望を一身に集めるカリスマだ。ほとんど全ての生徒の信任票によって就任し、会長になった後も生徒たちから絶大な信頼を得ている。

 

 副会長は会長直々に指名された3年の生徒で、噂によると会長の幼なじみだとか、そうではないとか。カリスマの右腕とのことで、信頼されている反面一部の会長ファンの後輩たちからは羨望と嫉妬のまなざしを浴びている。


 そして、真島先輩。頭脳明晰、容姿端麗。「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」を体現している。綺麗で頭がよく有能で、人格者ということもあって、先輩後輩同級生関係なく信頼されている。たぶん、次の生徒会長は彼女なんじゃなかろうか。いや、私だけじゃなくみんな思ってると思うんだけど……。


 話が逸れた。


 とにかく、その生徒会書記の真島紗枝先輩がいるのだけど、私は彼女とは対して面識が無い。だって有名人と一般市民だもの。


 ひとつだけある接点が、私が所属している美化委員の仕事。報告書は生徒会室に提出するのだが、その時居るのがいつも会長というわけではなくて、半々くらいの割合で真島先輩が書類をまとめている。

 

 真島先輩とは基本的に余計なことは喋らない。ただ報告書を出して確認して判を捺して受け取ってもらうだけ。その間に会話は一切無し。


 15秒くらい無言の「間」が続き、真島先輩が報告書を最後にもう一度確認して、


「はい、お疲れさまでした。次もよろしくね」


と言うだけ。毎回。

 

 友達から噂で聞いたり、時々見かける廊下で囲まれている真島先輩はさすがにいろいろそれは人格者だ、素敵だ……と言いたくなるような言動を多々されている。


 が、私が知っている真島先輩はお疲れさま、次もよろしくを2週間おきに聞きに行くだけの存在である。見た目も声もめちゃくちゃ綺麗だし、上品さがオーラとしてにじみ出ているけど、やっぱり雲の上の人だから知り合いになろうなんておこがましいこと微塵も考えていない。


 でもこうも毎回同じ台詞だと、私が見ている先輩ってもしかしたらそういうロボットなんじゃなかろうかとかそんなことを考えてしまう。馬鹿げた妄想だとはわかっているから誰にも言わないけど。


 それに、私は生徒会室以外では噂と時々見かけるくらいでしか先輩を知らないが、時々どうも先輩が人と深く関わるのを避けているんじゃないかと思ってしまうことがある。


 もちろん、ファンの後輩たちや見知らぬ先輩方に抱きつかれたりするのは真島先輩だけじゃなくあの生徒会長でも嫌がるだろうが(それ以前に会長の場合は常にそばにいる副会長に叩きのめされて終わりだろう)、小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあるという、かなり仲がいいはずの瀧山玲香先輩でさえ必要以上に近づくと嫌がるという。


 三咲女子学院は「女子」学院だ。女子校なのだ。女子校というのは女の子同士多少スキンシップが激しかったりしても別にそれは普通のこととみなされる、そういう場所だ。


 私は引っ付かれたりするのが得意な方ではないが、中等部の3年間で友達がいきなり寄ってきて腕を組んできたりするくらいは慣れた。これでも私はそこそこ潔癖な方だ。


 だが、真島先輩はそれすら受け付けないらしい。最も仲のいい瀧山先輩とすら手を繋いだこともないという。それは「姉妹契約」をしていた卒業生の先輩に対しても同じだったらしい。


 補足すると、今言った「姉妹契約」という制度が代々この学院で受け継がれている。上級生が下級生を「妹」に指名し、指名された下級生はその上級生を「姉」と慕う。「姉妹」になるきっかけは様々だが、とにかくそういう制度があるのだ。


 高等部に入った同級生たちはみんな、めいめいの憧れの先輩の「妹」になりたい! なんて話をお昼休みにしていたり、先輩の追っかけをしたりいろいろと熱心だが、いくら有名で人気の真島先輩でも、さすがにそういうところがあるのなら、とみんな取り巻いて騒ぎはしても「姉妹」に立候補はしないようだった。


 そんな真島先輩に、今日も私は報告書を出しに行く。大抵2週目が先輩、4週が会員で、今日は6月2週目の火曜日。真島先輩の日だ。


 適当に掃除場所のチェックを終えて報告書にチェックを入れ、生徒会室に向かう。1年の教室と生徒会室は同じ階だ。


 ところが。いろいろ考えた後で複雑な頭のなかをなんとか整理して向かったのに、先輩はいなかった。というか、生徒会室に誰もいなかった。


 いなきゃ困るのか、と言われそうだが、困る。生徒会長を探して提出しようにも今日はお昼から会長たちは他校との交流だか何かで学校にはいない。だが真島先輩を探そうにも、どこにいてもすぐ情報が回ってくる会長と違って、さすがに書記だから位置情報までは伝わってこない。


 諦めて提出を明日にしたら生徒会や担任から「残念です」というお叱りのようなものが飛んでくるのでできれば今日中に出してしまいたい。


 困りはてた私が向かったのは職員室。真島先輩の所属している2年A組の担任に聞けば、大体の居場所はわかるかもしれないと思ってのことだった。


 職員室に入ろうとしたところで、生徒とぶつかった。


「ごめんなさい、大丈夫?」


 わりと派手にひっくり返った私を心配して覗き込んできたのは、タイの色から判断するにおそらく2年生。名札に目をやると、「瀧山」と書いてあった……瀧山?! 真島先輩と仲のいい瀧山先輩?


「あのう……大丈夫?」


いつまでも何も言わない私が頭でも打ったのかと勘違いしたらしい瀧山先輩が再び声をかけてくる。


「……あっ、ごめんなさい……瀧山先輩、ですよね、書記の真島先輩と仲いい……」


思わず口をついて出た質問は、どう考えても真島先輩のファンの子がしそうな必死感あふれるものだった。


「そうだけど……紗枝のファンの子かしら」


「いや、そういうわけじゃなくて」


慌てて訂正する。よく知りもしない先輩のファンだと勘違いされては困る。

 

 美化委員で云々と事情を説明すると、瀧山先輩はあぁ、と頷き、


「なんだ、そういうことね。貴女のことよく紗枝が話してたわよ、今年の1年の美化委員でえらく凛々しい子がいるって」


「それは……どうも」


それなりにある身長と、男っぽい顔つきのせいか中等部3年の頃はちょっとした王子様扱いを受けたこともあった。まさか高等部では……と思っていたが、自分の見た目というのは自分が思っているより少しだけ特徴的なのかもしれない。


「で、探してるんでしょう、紗枝のこと。多分屋上よ」


「でも屋上は、普段立ち入り禁止のはずじゃ」


「普段はね。鍵は生徒会が管理してるでしょう? 紗枝、よくあそこで何かしてるのよね、よく知らないけど。鍵は閉めてないだろうから行ってきたら?」


 真島先輩は一体屋上で何をしているのだろう。気になるし、何より当初の目的の報告書を出さないと帰れない。


「ありがとうございます、ちょっと行ってきます!」


「はーい……ちょっと、廊下は走らない! 紗枝が怒るわよー!」


 先輩のありがたい忠告は申し訳ないけど無視して(早く帰りたいから)、屋上まで階段を駆け上がる。果たして、鍵は。


 屋上の扉は開け放たれていた。もしかしたら内側からは開かないのかもしれない。消火器がストッパー代わりに置かれていた。そもそも屋上には人が来ないから、開けておいても平気なのかもしれない(そこに先輩がいるならの話だが)。


 屋上のフェンスに寄りかかって立つ、夕日に透けた彫刻が、そこにいた。彫刻__真島先輩の頬を、涙がひとすじ、伝った。


「誰__」

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百合、三輪。 姫草ユリ子 @Yuritica0609

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