第2話
翌日、ランチの仕込みを終えた頃に健志が入ってきた。
「おはようございます!」
「おう、おはよう。」
「今日は…ハンバーグランチとオムライス、ナポリタンですね。」
「おう。」
「また、昨日みたいに客が来てくれるといいですね。」
「あぁ。まぁ、ありがたいけど、たぶんないな。」
「マスター、弱気ですね。昨日の客はみんな帰りに『うまい』って言ってくれていたじゃないですか。ひょっとしたらリピーターがあるかもしれませんし。自信持ちましょうよ。」
自分より20歳も年下のバイトに「自信を持て」と言われる俺はいったい…そんなことを考えていると、店のドアが開いた。
「いらっしゃ…!」
見ると昨日の女がまた入ってきた。
驚きでつい言葉が出なくなった。
「いらっしゃいませ!」健志がカバーして声を発した。
見ると女は昨日とほぼ同じようなデザインの服を着ていたが、色は微かにブルーがかっていて、昨日の服とは違うということはかろうじてわかった。
女はこちらが指定する前に、昨日とまったく同じ席に座った。
健志が注文を取りに行くと、昨日同様、メニューを持ったまま、考えだした。
そして、同じように10分近く考えたあげく、昨日と全く同じハンバーグランチを注文した。無論一言も発せず、メニューを指さして。
それから、1分と経たないうちに、次の客が来た。サラリーマンの4人組だ。
続いてOL3人組、大学生風の2人組、また、サラリーマン2人組、と次々に客が入ってきて、10分としないうちに20数席の店内は満席になった。
もっとも女の座る席だけは3席ほど空いてしまっているが…
そして、これも昨日同様、客は食べ終わると口々に「うまかった。」とお褒めの言葉を残し、「また、来る」といううれしい一言を添えて、出て行った。
よく見ると客は昨日のリピーターではなく、ほとんどが初めて見る顔ぶれだった。
午後2時になろうかという頃、また女はゆっくりと立ち上がり、スッと勘定を払い終わると無言で出て行った。
俺はその後ろ姿を呆然と見送っていた。
そして、昨日同様、皿はそのまま新たに使っても気づかないほどきれいになっていた。
「また、舐めたようにきれいですね。」
「……。」
「お疲れでした。」
汗だくの顔で健志が言ったことばで、我に返った。
「あ、あぁ、忙しかったな。」
「ほんとびっくりですね。ちょっと思ったんですけど、あの女の人、神様なんじゃないですかね。」
「は?」
突飛押しもないことを言う健志にしかめ面でつい答えてしまった。
「いや、マスターは信じないかもしれませんけど、よく民話でも「
そういう
「なにを馬鹿なこと言ってんだ。そんな妖怪だったら俺たち普通の人間にはっきり見えるわけないだろう。」
「それはそうなんですけど…ただ、大学でそういう民話とか民間伝承の中には、あながち迷信とばかりは言えないものもあるって習ったとこだったんですよ。」
「昔ならいざしらず、今の世の中にそんな伝承はないだろう。おまけに店を繁盛させてくれるなんて、そんな都合のいい妖怪がいるわけないだろう。」
「ん~、確かにそうですけど、今までこんなにぎわった店はこの2日が初めてですからね。」
確かに健志の言うとおり、俺の料理の腕が上がったわけでもなく、店のPRをしたわけでもないのだから、他に客が来る理由が見当たらない。
でも、心のどこかで、1年以上頑張ってきたのだから、そろそろ口コミができて良いうわさが広がってくれたんじゃないか、
と思いたかったこともあって、健志の言う「座敷童」的な発想をつい否定してしまった。いや否定したかった。
そんなことを考えているうちに夕刻になり、夜の部の看板を掲げたが、こちらは相変わらず、独りきりの冴えない大学生風の男が入ったきり、一向に客足は途絶えたままだ。
「ほらね。やっぱあの女の人はうちの店の幸運の女神なんですよ。」
「幸運の女神…」そういう表現なら、「座敷童」よりは納得できる気がした。しかし、あの女の身なりはどう見ても女神というより死神だ。
結局その日の夜も閑古鳥がないたまま閉店の時間を迎え、健志が帰った後に火元を点検し、店を出た。
鍵を閉めシャッターを下ろし、振り返って帰ろうとした、ふと前を見た視線の先に、あの女が立っていた気がした。
気がしたというのは、見えたのがほんの一瞬で、車が通り過ぎた瞬間に消えてしまったからだ。
「そんなばかな…」声に出して呟いてしまったが、あえて否定することで、自分の正常さを保った。
帰り道つい後ろが気になったが、家にたどり着くまで特に変わったことはなかった。
「ただいま。」
「お帰りなさい。今日もお店は閑古鳥?」
「ん?あぁ。」不機嫌に応えると妻はため息を一つつき、
「本気で次のこと考えてね。」まるで子どもに諭すような口調で言った。
食事をとりながら、さっきの女のことを考えていた。
よほどボーっと見えたのだろう。妻が心配そうに声をかけてきた。
「ちょっとあなた。大丈夫?顔色が優れないわよ。」
「ん、あぁ、疲れてるのかな。」
さすがに妻もさっきの言葉が堪えていると勘違いして、
「ごめんね。一生懸命なのはわかっているよ。でも、このままじゃ、私も美智も生活ができなくなっちゃうんじゃないかって心配なの。私の気持ちもわかってね。」
慰め半分、でも、思っていることははっきり言う。妻はそんな女だ。
「わかってる。」
この一言しか返せなかった。
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