にぎやかなレストラン

美月 純

第1話

「今日も暇そうですね。マスター。」

「ん?あ、あー。今何時だ?」


「もうすぐ12時です。」

「そ、そうか・・・。」


この街に来て2年、1年前にようやく念願の「自分の店」を持つことが出来た。

小さいが、味には自信がある洋食屋だ。

しかし、なかなか評判が上がらない。

正直どうすればいいかわからなくなっている。


妻にも、あと半年続けて良い結果が見えなければ、次の仕事を考えて欲しいと最後通告をされている。

当然、生れたばかりの娘のためにも、何とか成果を挙げたいと思っている。


「マスター、今日のランチは予定通りハンバーグランチとチキンカツランチでいいですか?」

バイトの健志たけしが確認してきた。


「あぁ、それでいこう、いい鶏肉も入ったし。」


しかし、平日のランチ時だというのに、いつも客はまばら、近くには結構オフィスもあるのに、客足は遠い。


カラーン


「いらっしゃいませ!お一人様ですか?どうぞこちらのお席へ。」


見るとちょっと暗そうな女が入ってきた。


しばらくして健志が、水を出し「ご注文は?」と尋ねたが、メニューを眺めてるだけで反応がない。

「あ、では、お決まりになりましたら、お呼びください。」

そう言って席を離れたが、それから5分くらいメニューを眺めているだけで、一向に注文をしようとしない。

はっきり言えば、ランチメニューは3点しかないので、選択にそれほど迷うことはないはずだが・・・


もうすぐ10分というところで、ようやく女が片手をあげた。

声は一切発しない。

ランチ時にそんな呼び方じゃ誰も気づかないだろう。

もっともうちはほとんど客がいないから、容易に気づきはするが…それを承知で声を出さないのか。だとしたらかなり馬鹿にされている。


「はい、お待たせしました。ご注文は?」

見ると女は黙ってメニューを指さし、ハンバーグランチを選んだようだ。


戻ってきた健志が「なんだか薄気味悪いですね。もうすぐ夏だというのに、厚手のロングスカートのワンピースで、色もほとんど黒ですもんね。喪服かと思いました。」


確かに健志の言うとおり、季節感をまったく無視していて、パッと見は喪服に見える。

しかも髪の毛も無造作に伸びていて顔の半分以上を隠しているため、暗いところであったら幽霊と勘違いしてもおかしくない身なりだ。


「お待ちどうさまです。」健志が出来上がったハンバーグランチを運んでいくと、その女は黙ってコップを指さした。

見ると、ほとんど空になっていた。確かに気温も高くなってきたし、その恰好ならのども渇くだろう。

健志はカウンターの水差しをとり、すぐに女が座るテーブルに向かった。

その時、店のドアが開いた。


カラーン


「いらっしゃいませ!」


珍しくサラリーマン風の二人組が入ってきた。


「いらっしゃいませ!」


次にOL風の二人組


「いらっしゃいませ!」


「???」


どういうわけか、いつもは見かけないような客が次々入ってくる。

それから15分もたたないうちに満席になった。

さらに10分後には店の外に3、4人だが、待つ人間まで出てきた。


「ちょっとマスター、チラシかなんか入れたんですか?割引とかやってないですよね?」

健志が笑いながら、聞いてきた。やはり客が入れば嬉しいのだろう。

「いや、別に…。」


ふっとさっきの女をみるとゆっくりとランチを食べている。

どうせ客が来ないと思って4人掛けの席に座らせたのは誤算だった。

でも、それなりに一生懸命食べているようなので無下にはできない。


しばらくして、他の客が食べ終わり勘定を払うときに

「いやぁ、うまかった。また来るね。」


「すっごい、おいしかったです。次もチキンカツランチ食べますね。」


口々に「うまかった」ということを言って、それぞれ出て行った。


どうしたことか、急に料理の腕が上がったわけではあるまいに、この好反応はいったい…


午後1時30分を回ったあたりでようやく客足も途絶え、ほとんどの客が出て行ったが、例の女はまだ食事を続けていた。

そして、2時のランチ終了時間ぎりぎりになって、ようやく立ち上がり、会計を済ますと結局は一言も発せずに出て行った。

「ありがとうございました…え!!」


会計を済まし女の座っていたテーブルに皿を下げに向かった健志が大声で叫んだ。


「どうした?!」

カウンター越しに声をかけると、健志が固まっていた。

「おい!健志!大丈夫か?」


しばらくして健志は我に返り

「あ、あぁ、いえ、この皿・・・」

そう言ってこちらに女の食べ終わったあとのハンバーグランチの皿を傾けて見せた。


「?!」


見ると皿には、食べ物の痕跡が全くなく、まさに「なめたように」きれいになっていた。

ハンバーグはもちろん、サラダボウル、スープカップに至るまで、すべて食べ物の跡はなく、本当に舐めなければ、あるいは何かで拭かなければここまできれいにならないというくらいきれいになっていた。


皿を手に取った瞬間震えが来た。

あの女は人間?


本当に幽霊か何かじゃないかと思うほど、不可思議な出来事だった。



その後、夕方の営業を始めたときは、まったくいつものペースで、ほとんど客もなく、用意した食材は翌日のランチに回さなければならなくなった。


「お疲れさまです!」


健志が店を後にすると、最後の火の元の点検をして、俺も店を出た。


いったいなんだったんだろう?あの女はいったい。それと今日に限ってランチの客の盛況ぶり。

とにかく不思議な一日だった。

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