第21話 大天使マナエル、大作家を目指すらしい

「先輩、ちょっといい?」


 部活も終わって、これから涼子さんとの打ち合わせに行こうとしてたら、柚月さんに呼び止められた。


「どうしたの?」


「単刀直入に言うわ、あたしに小説の書き方を教えてくれないかしら?」


「……え? 小説? 書くの?」


「前々から興味はあったんだけど、独学じゃ限界があるから誰かに書き方を教えてもらおうと思っていたところなの」


 柚月さんが小説か……想像力はあるし、学力の方は分からないけど……確実に地頭はいい。


 それなら、ファンタジー系で面白い小説が書けるかも。


「うん、俺で良かったらいいよ。でも、俺ファンタジー系とか書いたことないから、書き方ぐらいしか教えられないよ?」


「十分よ。端から全部頼ろうだなんて思っていないから」


「じゃあ、次の休みにでもどこかに集まるって感じでいい?」


「あたしの家でいいわ。次の休みなら親もいないはずだし」


「分かった、じゃあ次の土曜に。その日は部活無いし、昼からでいいよね?」


「えぇ……ふふふ、感謝なさい? 我が住む天界へと足を踏み入れられるなんて人間には身に余る名誉よ?」


「やけに身近にある天界だな……それじゃ、俺はこれから編集者と打ち合わせだから」


 柚月さんに背中を向けると、目の前に大和と蓮が。

 

 ……この2人もいつの間にか仲良くなってたみたいだ。


「おう、蒼太! 今から僕たちと一緒に飯でも行かねえか?」


「そうそう、偶には男同士で友情を深め合うってのも悪くないだろ?」


「それは楽しそうだけど、ごめん。今から編集者と打ち合わせがあるから……またの機会にってことで」


 通り過ぎようとしたら蓮に肩をガッと掴まれた。

 めっちゃ力強い。


「編集者って……まさか女か?」


「う、うん。そうだけど……顔が怖い、あと肩が痛い」

 

「まさか美人じゃねえだろうな!? 年上美人とかだったら絶対許さねえぞ!?」


 えぇ……? そこまで険しい顔されたら言えるもの言えない。


 これで24歳でスタイルが良くて美人でSっ気が強いって言ったらきっと殴られかねない。


「蒼太の編集者って前写真で見せてくれたあの人だろ? 凄い美人だったよな」


「……水樹さん? そのお方の写真をわたくしにも見せていただけませんか?」


「あの……先輩、怖いです」


 大和が凄い美人って言った瞬間、姫咲先輩が笑顔で近づいてきた。


 ……これが目が笑ってないってことなんだろうね。


「えっと……これが俺の担当編集者の人です」


 スマホに涼子さんが微笑みながらカメラ目線でピースサインをしている写真を見せる。

 

 この写真は花音が涼子さんの顔を見てみたいって言ったから、涼子さんに頼んで撮らせてもらったものだ。

 なんでかノリノリだったけど。


「へぇー!! 確かにとっても美人だね! 蒼太君も隅に置けないなぁ……」


「大人の女性って感じですね……」


 いつの間にか側に来ていた風見さんと火稟さんもスマホを覗き込むようにして、うんうん唸っている。


「そうだね、仕事は出来るし頼りになる人だよ?」


「蒼太ぁ!! お前……お前本当許さないからな!? 個人的にやり取りとかもしてるんだろ!? この男の敵がぁ!!」


「そりゃ担当編集なんだからやり取りぐらいするでしょ……蓮は今日いつにも増してうるさいね。タピオカ不足なんじゃない?」


「カルシウム不足みたいに言うな!! 俺のエネルギー源別にタピオカじゃねえから!!」


「とにかく、俺はもう行くから」


 この後、打ち合わせに少し遅れてしまって、涼子さんの機嫌が悪くなったのは言うまでもない。

 

 あと、姫咲先輩に詰め寄られてたじたじになってる大和は強く生きてくれ。

 あ、元から強かったか。


***


「送られてきた住所ってここだよね……マンション住みかー。駅も近いし、いい物件……えっと、部屋番号は……」


 スマホに送られてきた情報を元にして、柚月家が住んでいる部屋がある階までエレベーターで一気に上がっていく。

 ここの角部屋っぽいな……。


 地味にこういうインターホンを鳴らすのって緊張するんだけど、待っていても始まらないから一思いに押す。


 カメラが付いていて、中から相手の顔が分かるタイプだとなお苦手。

 押したあとも、もし親が出てきたらどうしようってなるから、やっぱりインターホンを押すのは苦手。


『――先輩? どうぞ』


『あ、はい。お邪魔します』


 ガチャリとドアが開いて、中から柚月さんが顔を出した。

 何気に私服を見るのはこれが初めてだったけど、ホットパンツにストッキングを着用して上はT-シャツと随分ラフな格好をしている。


 うわぁ、人の家の匂いがする。

 なんだか甘いような匂いも鼻腔をついてきて、すごく落ち着かない。


「玲奈ー? 先輩来たわよ」


「あ、うん。ごめん今いいところだから」


「火稟さんも来てたんだ……」


 案内された柚月さんの部屋はシンプルにまとめられた部屋だった。

 フローリングに丸めの大きいカーペットの上にテーブル、ソファとベッドと本棚とテレビがいい感じに配置されている。


 ……ゲームの類もかなりある、というか火稟さんがテレビに噛り付くようにゲームをしてる。


 有名キャラクターが題材となったレースゲームで、初心者から上級者、家族や友達などの大人数から1人でも遊べるパーティ用の鉄板ゲームだ。


「玲奈は休日になったらよく来るわよ? 泊まったりもするし」


「そこまで仲良くなったんだ」


「よしっ! 1位! やったね! あ、水樹センパイお待たせしました。ようこそ、柚月家へ」


「まるで自分の家のような言い分だね……」


 いつぞやの大きめな四角いメガネをかけて、ラフな格好をしている火稟さんは置いておいていい、きっとまたゲームをし始めるだろうから。


 今日の本題は柚月さんに小説の書き方を教えること、頼られたからにはちゃんと仕事しないとね。


「物語を書いてみたいって言ってたけど、どこかの賞に応募したりするの?」


「色々と考えてみたんだけど……やっぱり書いたからには人に読んでもらえるのがいいと思うの。それがきっと1番練習になるだろうから」


「あー、つまりウェブ小説?」


「そうね、我の天使の力がネットの世界にどれほど通用するのか……楽しみね」


「天使もネットをする時代かー……。まぁ、昔と比べたら小説は随分と書きやすくなったし、色んな人に気軽に読んでもらえるようになったよね」


 昔は賞に応募して、デビューをするのが当たり前だったけど、今は自分で出版したり、それこそウェブ小説で人気に火が着けばそのまま書籍化して、商業作家になれるわけだから。


「いいんじゃないかな? ……とりあえず、作家には2種類のタイプがあるのは知ってる?」


「2種類ですか? ……売れるか、売れないか?」


「それはちょっと極端すぎるよ……」


 可愛いらしい顔をして、言うことはハッキリと言うタイプな火稟さんはなんか心に闇を抱えてるんじゃないかって思う時がある……。


「感性で物を書く天才タイプと計算や流行の分析でヒットを飛ばす職人タイプって言われてる」


「……天才、ふっ。この大天使マナエルに相応しい呼び名ね」


「話を続けてもいいかな?」


「スルー!? 人間の癖に、生意気な!」


「一般的には職人タイプの方が安定してるって言われてるんだよ。スランプになりにくいし、ヒットも安定して飛ばせるから」


「職人もカッコいいわね……」


 大天使ブレブレだけどそれで天界の使いが務まるんだろうか?


「けど、爆発的なヒットを飛ばせるのは天才タイプ。もし、書いてる作品が人気になったら流行になれる。移り変わるのが早い流行を作り出せるかもしれない」


「つまり、何が言いたいの?」


「まぁ、書き方を覚えるには書いて書いて書きまくるしかないんだよ。柚月さんの場合だとどっちのタイプなのかも分からないし、上手くなることに近道なんてないから」


「そうね、とりあえず書いてみようと思うわ」


 黒いノートパソコンをテーブルの上に置いて、ウェブ小説投稿サイトを開く柚月さん。


「とりあえずは色々と本を読んで上手い人の書き方を真似るといいよ。どんな天才タイプだって結局は普通に他の人の作品を分析したりしてるわけだし」


「それって、完全な天才タイプも職人タイプも滅多にいないってこと?」


「うん、正解。やっぱり柚月さんは頭の回転が速いね」


「当然よ! 我を誰だと思っているの?」


「「柚月真那(さん)でしょ?」」


「ノリが悪い!! これだから人間は!!」


 大天使様的には今の返しはお気に召さなかったようだ。


「あとは、ちゃんとプロットを書いて、詳細設定をしっかりメモしておくことだね。そこがしっかりしてれば滅多なことではブレないから」


「プロットってなんですか?」


「プロットっていうのは、物語の設計図みたいなものだよ。章の構成だったりとか、今回はこういう話を書こうだとか、そういう時に話の流れだけでも書いておけば全然違うからね」


「それ絶対書かないといけないの?」


「絶対ってわけじゃないけど……例えば、家を建築する時に設計図がないと困るよね? プロットは小説にとっての設計図、骨組みになる部分だから、有る無しじゃ全く話のクオリティが違ってくると思うよ」


 まぁ、俺プロット書いたりするの苦手なんだけどね……でも、出来るだけ書いておいた方がいいのは事実だ。


「プロットってどう書けばいいの?」


「箇条書きでもいいから、話の流れを決めておくんだよ。町を出て、次の目的地に向かう。だとか、町に着く前にモンスターと戦闘になる、とか」


「そのプロットに沿って会話文を入れていけばいいってわけね」


「え? どういうこと、真那は今ので分かったの?」


「まあ、大体はね。プロットで着地点が決まってるんだから、あとはそこに辿り着けるように物語を書いていけばいいってことよ」


 頭の回転が速いとは思ってたけど、飲み込みも速い。

 これならすぐにいい物語が書けるようになれそうだ。


「早速プロットから書いてみるわ。ありがとう先輩」


「ん、柚月さんの小説楽しみにしてるよ……ん?」


 スマホにメッセージが届いたのか。


『――今日蒼太の家でお泊り会兼男子会をしようぜ! 蓮も誘ったらOKだって言ってた!』


「お泊り会……あの癖の強いメンツでか……すごい疲れそうだけど、偶にはこういうのも大事だよね」


「あ、真那。私たちもお泊り会しない? 女子も親睦を深めていきたいし……晴恋センパイはちょっとうるさそうだけど」


「いいんじゃない? 姫咲先輩のお家ならあたしたち3人ぐらい大丈夫でしょ。ちょっと連絡してみるわ」


 女子も女子会かー……姫咲先輩の家とか凄そう、写真を撮ってきてもらいたい。

 あ、花音と詩音に連絡してから、大和に返信しないとな。


 今日は長い夜になりそうだね。

 想像したら、自然に口角が上がってしまった。

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